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富と名声の果てを行け  作者: スクレ


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2話『スラム街の日常』

マイルズがスラムに流れてきたのは3年ほど前だ。以前はそれなりに不自由のない生活をしていた。昼間は両親の仕事を手伝い、合間に本を読んだり母から色んな知識を教わったり、夜には家族で美味しい食卓を囲み早めに寝る。

 そんな少しばかり退屈だが幸せな日々が崩れ去ったのは5年ほど前。


 第三次人魔大戦――歴史上3回目となる人間と魔族の世界中を巻き込んだ大戦が勃発ぼっぱつ

 マイルズたちが住んでいた場所は、スラム街を擁するこの国、〈ミゼルナ王国〉の中でも辺境にある村で、不運にも魔族軍の侵攻ルートと重なった。


 その村はミゼルナ王国へ侵攻するための要所だったらしく、瞬く間に占拠され侵攻のための中継地点になってしまった。村人の中には愚かにも抵抗しようとするもの、抵抗は無意味だと悟り避難する者達に分かれた。


 マイルズの父はその時に抵抗するメンバーに加わり、母とマイルズは避難することになった。それ以来父の姿は見かけてないがおそらく生存は絶望的だろうとマイルズは考えている。


 王都では避難民を可能な限り保護しようとした。しかし戦争中のために金も人的資源も限られており、マイルズとその母は保護の対象からあぶれてしまったのだ。


 そして流れに流れ着いた王国のスラム街。金もなく伝手つてもないその街においてマイルズとその母はあまりにも無力だった。食料を確保する手段は限られており、最初はけっして非合法な手段はとるまいとしていた母だったが、日に日に疲弊していくマイルズを見て体を張ることを決意。


 そしてスラムに流れ着いてから一年もたたずして、マイルズの母は病気を患いこの世を去る。そしてマイルズは学んでしまったのだ、あの家族で過ごした平和な日々がどれほどかけがえのない事だったのかと。


 父を見て圧倒的な暴力の前には成すすべがない事、母を見て生きるためには誇りなど捨てなければならないことを。


「(絶対に金を貯めてこんな生活抜け出してやるっ)」


 自らのアジトに帰還した時、眠りにつく前、目が覚めて一番最初に思考する時。そうして日に何度も自身の目的を再確認し言い聞かせるのが、マイルズにとっての習慣になっていた。


「ったく、今日はろくな物がないな」

 

 朝っぱらからぼやきつつマイルズが漁っているのはいわゆるゴミ溜め。

 マイルズの一日は基本的に二つの行動に分けられる。一つ目が窃盗による食料や金銭確保。

 もう一つが、ゴミ捨て場を漁っての食料や掘り出し物の回収。


 王都でのゴミ処理はいくつかの区画ごとに分かれていて、それぞれに一か所あるゴミ捨て場に人々がごみを集め、一定周期で回収・処分することになっている。

 マイルズが現在漁っている場所は、平民達が住む地域にあるゴミ捨て場だ。


「お、パンの食いかけ見っけ。やっぱ平民街はゴミが贅沢で漁りがいがある」


 マイルズは変色や異常がないか確認した後、持って来た袋に放り込む。

 また少しして今度は骨付き肉の食いかけを見つけたが、これは肉の内部に蛆が蠢いていたので放り捨てる。

 ゴミたちが発するツンとした異臭と集ってくる羽虫の群れを鬱陶うっとうしく思いつつ、しばらく捜索すること数十分。


「飯は少し確保できたし、ちょっとは金になりそうなガラクタが二つ。とりあえずここはこんなもんか」 


 用が済んだとばかりにマイルズはゴミ溜めを後にし、そそくさと歩き出す。

 スラム街の住人はその日暮らしで精一杯、日々の食事だけでもより良くするために休んでいる暇はない。


 マイルズはひとまず路地裏を通ってスラム街に戻ることにした。

 所々で遠目に見える大通りでは、人が忙しなく行き交う。

 馬車や仕事に向かう人々で活気づき、子連れの家族は楽しそうに会話をしている。


「……ま、関係ないか」


 それらを遠い世界のように流し見つつも、マイルズは歩みを止めることはなかった。


 ◇


 その日は月に何度かあるファミリーからのお使いだった。ファミリーとは、スラム街を根城にするコミュニティの一つで、主に10代から20代の若者を集めて非合法な商売をしたりその手伝いをさせたりする。お使いを命じられる者はその末端も末端であり、マイルズはこのお使いをいつも渋々と言った気持ちで行っていた。


「トカゲのしっぽ切りで超低賃金、断ると碌な目に合わないとはいえ割に合わないな」


 やり過ぎれば当然王国の衛兵や民兵たちが黙っていない。復興中で中々手が回らない今だからこそギリギリのラインを責める必要があり、そのラインを超えた時のしっぽ切りで若者が捕まることはままあることだった。


 それでもいずれもっとファミリーの中枢に潜り込み大金を手にするのだ、とマイルズは覚悟を決めつつ目の前の建物の戸を二回叩く。


「家族の絆は?」


「泥よりも濃い」


 合言葉の後に5秒ほど経って扉が開く。中に入るとマイルズと同年代くらいの若者が20人ほど、そして今回の取りまとめである大人が4人いた。いつもはこの半分ぐらいの人数しか集まらないのに今回は少し多いんだな、とマイルズは少し緊張感を高めた。


 人数の多さはそれだけお使いのリスクの高さの表れでもあるからだ。このうちの若者の何人かは捕まるかも知れないが自分だけはそうなるまいと、覚悟を決めつつ大人たちの話に耳を傾ける。


「今回はこれだけ人数がいれば十分だろう、それじゃあお使いの内容について説明するぞ」


 4人の大人の中でも一番年長らしき男が前に出て話し始めた。


「お前らにやってもらうのは今晩の炊き出しにやってきたボランティアの襲撃だ。配給時のどさくさに紛れて盗めるものをあらかた盗む」


 スラム街には食事も満足に取れない貧困層のために、炊き出しのボランティアが定期的にやってくる。人員は主に王国に在住する教会関係者や民間人の有志達で構成されており、彼らは教義や信仰心も相まって快く行っている者が大半だ。


 王国としても民衆の貧困悪化は見過ごせないので、積極的に王族や貴族たちが資金を出して行われている。にもかかわらず恩をあだで返すようなこのお使いに、マイルズははなはだ疑問を感じずにはいられない。


「(正気なのか。下手に襲撃なんてして炊き出しが長期間中止されたら、ファミリーの士気の低下にだってつながるんだぞ。っていうか俺も炊き出しの世話になってるから困るんだけど)」


 内心でファミリーに悪態をつきつつも話はしっかり聞く。それなりの功績をあげてファミリーに取り入ることが出来るのなら、それこそが一番良い結果だからだ。


「いいか、お前らは4グループに分かれてそれぞれ俺たち大人が1人ずつリーダに着く。タイミングはリーダーが指示するから、それまで待機だ。合図があったら、リーダーが指示したボランティアにまとわりついて、どさくさに金目のものを盗め」


 何とも穴の多そうなお使いだとマイルズは思った。いくらボランティアとはいえ警戒はしてるだろう、金目のものなんてそうそう持ち歩いてはいないと思うが言われたとおりにするしかない。


「あのぅ、ちょっと質問が」


 若者の中の一人が恐る恐る手を上げる。あ〜あ、あいつ新参なのかとマイルズが内心呆れている次の瞬間、手を上げた男の首が先ほど説明していた大人の手によって掴まれ壁に押し付けられる。


「どうやらお前はお使いが初めてみたいだな。つまりお前はファミリーの中でも末っ子ってことだが、年上の許可なく年下が質問していいわけないだろう」


 そう発した後に大人は手を放し、質問した若者はせき込み地面にうずくまった。


「お前らも再度認識しておけ、年上から許可が下りた時だけ年下には発言権が貰える。ファミリーは年長者を敬う組織だ、お前たちはただ上の指示に従うだけでいい」


 本当にファミリーが聞いて呆れるよ、とマイルズはこれまで何度も抱いてきた感想を再度抱かされる。マイルズも初めてお使いに参加した時に質問をしようとして、似たような折檻せっかんを受けたことがあったし、これまでも同じような目にあう人を何度も見てきたからだ。


 それから数分ほど説明の続きをされた後、ようやく話の締めくくりが見えてきた。


「それでは一度解散とする。再集合は夕暮れ時、場所は炊き出しが行われる広場の入り口だ。さっき振り分けたグループのリーダーが、それぞれ別々の入り口に立っているから見つけて声をかけろ。以上だ、質問は?」


 マイルズはどうしても聞いておかなければならないことがあり、一番に手を上げた。


「はい、俺たちは今晩の炊き出しにありつけるのでしょうか?」


 腹が減っては戦は出来ぬ。せっかくのただ飯を逃すのは惜しいと思い聞いてみたが――。


「残念だが今日は我慢してもらう。事前に小腹を満たしておけ」


 絶望的なしらせに、マイルズを含めた若者全員は内心でこのお使いに対するモチベーションを下げざるを得なかった。

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