43.嘘よりも怖かったもの
俺は、胸の奥が、きしむように痛むのを感じていた。
リリーが嘘をついていたことには――
正直、薄々、気づいていた。
言葉の端々。
視線の揺れ。
時折見せる、過剰な遠慮。
だから、この告白を受けて――
予想外の事実に驚きはしたが、
傷つくことも、怒りが湧くこともなかった。
それよりも――
彼女が、自分で自分を責めていること。
その姿に、
どうしようもない、もどかしさを覚えていた。
リリスが、ゆっくりと顔を上げる。
「もう、嘘をつきたくない。
嘘のままでは、あなたの前に立っていられない。
……そう、思いました」
沈黙が落ちる。
俺は、しばらく黙り込んだあと、
静かに息を吐いて、口を開いた。
「……リリス」
名前を呼ぶと、
彼女の視線が、ゆっくりとこちらに向いた。
金色の瞳が、不安そうに揺れている。
「ありがとう」
「……え?」
「本当のことを、話してくれて」
取り繕いでも、
綺麗事でもない。
安心させようとしたわけでもなかった。
ただ――そう思った。
だが、その言葉を聞いた瞬間、
リリスの顔が、くしゃりと歪んだ。
「なに、言ってるんですか……?
私は……フェルンさんを、騙してたんですよ」 「うん」
「そこは、怒るところでしょ!? なのに……お礼を言うなんて……っ」
「――フェルン」
静かな声だった。
それまで黙っていた男――魔王が、卓に肘をついたまま、ぽつりと呟く。
リリスの肩が、びくりと揺れた。
「お前」
赤い瞳が、ゆっくりと俺を捉える。
「リリスが嘘をついていることに、気がついていたんだろ?」
短い沈黙。
だが、俺が何も言わないことが、それ自体が答えになってしまった。
「……なんで、いつから……?」
驚きと、困惑と、それから――言葉にできない感情を滲ませた視線が、リリスから向けられる。
一方で、魔王はすべてを見透かしたように、静かに俺を見ていた。
俺は意を決して、息を吐く。
「はっきりと違和感を覚えたのは……
『鰤出刃が“伝説の剣”ではないか』と、
リリーから聞かされた時だ」
「えええ!? それって、出会った翌日よね?」 「ああ。プリンを食べた夜のことだ」
「そんな……前から……?」
リリスの小さな呟きが、耳に届く。
あの夜、眠りに落ちる直前、ふと、引っかかった。
――リリーは、
あの階層をほとんど動いていない
と、言っていたはずだ。
それなのに、鰤出刃が台座に刺さっていたことを知っていた。
その違和感が、胸の奥に、静かに残り続けていた。
「……なんで?」
リリスが、かすれた声で続ける。
「なんで、私を問い詰めなかったんですか?」
震える声だった。
しばらく、言葉が出なかった。
問い詰めなかった理由。
それは――
俺は、ゆっくりと視線を上げた。
リリスは、逃げなかった。
震えながらも、じっと、俺の言葉を待っている。
……覚悟を決めたのは、その姿を見た瞬間だった。
「問い詰めたら」
俺は、ゆっくりと口を開く。
「リリーは、いなくなると思ったからだ」
リリスの瞳が、はっきりと見開かれる。
「……え?」
「俺は、怖かったんだ。リリーを失うのが」
その言葉を口にして、初めて、はっきりと自覚した。
彼女の指先が、わずかに震える。
「……私は……」
「俺も同じだよ」
被せるように言った。
「俺も、リリーに嫌われるのが怖くて……
ひとりになるのが怖くて、本当のことを言えなかった」
情けないことに、そのことを口にしてから、
ようやく自分の弱さを受け入れられた。




