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伝説の剣は鰤出刃でした ~元料理人がダンジョンで覚醒し魔王を餌付けしてしまった話~  作者: よつ葉あき


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29.鑑定結果


「……くそ……っ!」

 

 それは、喉の奥を引き裂くように、無理やり絞り出された声だった。

 ほんの数瞬前までその男の顔に浮かんでいた狂喜は、俺の目の前で跡形もなく消え失せている。

 そこに残っていたのは――噛み殺しきれない、どうしようもない悔恨だけだった。

 

「どうしたのよ?」

 

 リリーが、不思議そうに首を傾げる。

 

「すごいお肉なんでしょ? だったら、良かったじゃない」

 

 男は、しばらく何も答えなかった。

 そして、まるで重たい鎖を一本ずつ引きずり上げるように、ゆっくりと顔を上げる。

 赤い瞳は、なおもオークキングの肉を映している。

 だがその奥にあるのは、喜びとは程遠い、濃く沈んだ影だった。

 

「……ああ。そうだ」

 

 一度、短く息を吐き、言葉を切る。

 

「だが――だからこそ、だ」

 

 低く、喉の奥で転がすような声。

 

「こんな素材が、目の前にあるというのに……!」 「「……?」」

 

 俺とリリーは、ほぼ同時に言葉を失った。

 思わず互いの顔を見るが、どちらにも答えは浮かんでいない。

 男は再び、オークキングの肉へと視線を落とす。

 その眼差しは、宝石を前にした職人のようで――同時に、触れれば壊してしまいそうな危うさを孕んでいた。

 

「この肉はな……」

 

 声は静かだった。

 だが、不思議なほど場の空気を支配する。

 

「ただ焼けばいい、煮ればいい。

 そんな安い扱いで済ませていい代物じゃない」

 

 一言一言が、慎重に選び抜かれているのがわかる。

 

「火入れ一つで、旨味は死ぬ。

 刃の入れ方一つで、本来あるべき価値は、簡単に失われる」

 

 その声音に宿っているのは、怒りではない。

 ――痛みだ。

 素材を理解している者だけが抱く、どうしようもない苦しみ。

 

「最高の素材には、最高の技が要る」

 

 男は、ぎり、と拳を握り締めた。

 爪が食い込むほど、強く。

 

「だが……」

 

 噛みしめた唇の隙間から、言葉が零れ落ちる。

 

「ここには、この肉を“正しく”料理できる人間が、いない」

「……そんなに?」

 

 リリーの声は、いつの間にか小さくなっていた。

 男は、ゆっくりと彼女を見据える。

 

「いると思うか?」

 

 鋭く、逃げ道のない問い。

 

「このオークキングの肉を前にして、『食えればいい』で済ませず、本気でその価値と向き合える料理人が」

 

 そして、吐き捨てるように続けた。

 

「料理を作るのは平民だというのに、その平民に『肉を食うな』と命じた――こんな、正気とは思えない、この国で!」

 

 赤い瞳が、怒りに燃え上がる。

 それは個人への怒りではない。

 歪んだ世界そのものへの憤りだった。

 沈黙が落ちる。

 しばらくして、リリーがぽつりと呟いた。

 

「……いるわよ。料理ができる人」

「……なんだと?」

 

 信じられないものを見る男とは対照的に、リリーはふふんと、どこか誇らしげに笑う。

 その瞬間、男の表情が変わった。

 はっとしたように、勢いよくこちらを振り向く。

「まさか……!」

 

 赤い瞳が、俺を射抜く。

 

「――っ!」

 

 目を逸らせない。

 次の瞬間、鈍く光るその瞳を見た途端、全身がぞくりと粟立った。

 まるで、見えない視線が、内側までなぞるような感覚。

 触れられているわけでもないのに、確かに“見られている”。

 逃れたい。

 そう思うのに、金縛りに遭ったかのように、身体は一切言うことをきかない。

 やがて、その異様な感覚は、嘘のようにふっと消えた。

 俺は、堪えていた息を思わず吐き出す。

 男は、先ほどオークキングの肉を前にした時と同じ――

 いや、それ以上に目を輝かせて、俺を見ていた。

 

「お前……元、料理人かっ!?」

 

 誰にも。

 ――リリーにさえ、打ち明けていなかったことを、易々と言い当てられる。

 俺は、完全に言葉を失った。

 横から「……元、料理人?」というリリーの声が聞こえたが、反応する余裕はない。

 男を見返し、どうにか口を開く。

 

「……どうして、そんな……」

 

 本当は、否定する言葉を続けるつもりだった。

 だが、喉の奥に何かが詰まったようで、それ以上は何も出てこない。

 代わりに、男が口を開いた。

 

「……と言っても、フェルンが、じゃない」

 

 そこで一度言葉を切り、男はにやりと笑って俺を見つめる。

 心臓が、嫌な音を立てた。

 俺が沈黙したままでいると、男はさらに続ける。

 

「こいつは、生まれる前――

 この世界とは、別の世界に居たんだよ」

 

 心臓が、どくん、と大きく跳ねた。

 否定しなければ。

 そんなはずはないと、笑い飛ばさなければ。

 なのに――

 何も言えず立ち尽くす俺を見て、男は楽しそうに笑う。

 

「隠しても、無駄だぜ?」

 

 赤い瞳が、細くなる。

 男は目元に指を添え、当たり前の事実を告げるように言った。

 

「俺の鑑定スキルで見た、お前のステータス。

 それを見て、すぐにわかった」

 

 一拍置き、はっきりと言い切る。

 

「――“異世界からの転生者”だってな」

 

 胸の奥が、どくん、と重く鳴る。

 否定する言葉も、誤魔化す笑いも浮かばなかった。

 俺は、ただ――

 その場に、立ち尽くしていた。


 

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