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前を向こう

 ……常人であれば即座に吹き飛ばされてズタボロになってしまうだろう。

 現にその圧倒的な暴威に晒された星辰館学園の体育館は倒壊しかかっている。


 大嵐の中のような激しい魔力流の中で吹き飛ばされないように必死に耐えているユカリ。

 その全身は傷だらけで血まみれだ。

 ミレイは感情のままに力を暴走させている。

 これまでに彼女がため込んできたマイナスの感情が怒涛の奔流となって溢れ出ているのだ。


(このままじゃ、私や周りがどうのっていうより先にミレイさま自身が持たない……!!)


 顎まで伝ってきている血を手の甲で拭うユカリ。

 既にミレイの身体は徐々に崩壊が始まってしまっている。


 しかし、どうすればいいのだろう。

 今の彼女なら全身がバラバラになろうがお構いなしにMAXの出力で魔力を放出し続けてしまう。

 冷静さを取り戻させなければならない。

 だがその為には彼女がこれまでに溜め込んできた絶望を乗り越えなければいけないわけで……。


(結局のとこ、私に彼女の心の痛みを理解してあげることはできない。想像はできるけど……)


 だから人は他人を救う事はできないのだ。

 最後には自分の足で立ち上がらなくてはならない。

 余人のできる事は寄り添う事だけだ。


 吹き付けてくる膨大な目に見えない魔力流の中をユカリが進み始める。

 その様子を見たミレイは怯えるように表情を歪ませた。


「構わないでよ! 私にッッ!! もう私は誰も傷つけずに独りきりで壊れて消えていきたいの!! 邪魔しないで……ユカリぃぃッッ!!!」


「ダメです! 認めません……許しませんからそんなの!!」


 床が剝がれる。壁が崩れる。柱が歪む。

 天井は捲れ上がり夜空が頭上に覗く。


 一たまりもなく崩れていく体育館。

 その跡地となった瓦礫の散らばる窪みでユカリとミレイが対峙する。


「どうして!!? 私がいいって言ってるのに!! 私がそうしたいって言ってるのに……!!!」


「私がイヤだからに決まってんじゃないですか!! ミレイさまにいなくなってほしくないからに決まってんじゃないですかー!! 全力で邪魔しちゃいますからね!! 覚悟して下さいね!!」


 遂にユカリが凄まじい魔力の暴風の中、ミレイに手が触れられる位置まで辿り着いた。


「ミレイさま、私と……」


 ミレイの肩にそっと手を触れるユカリ。

 だがその手が次の瞬間イヤな音を立てて前腕部でへし折れた。


 流石に中心部……!!

 暴走魔力の圧が桁違いだ。


「~~~ッッ!!!」


「ユカリッッッ!!!」


 悲鳴を上げたミレイが零した涙の雫も一瞬で暴走する魔力が蒸発させてしまう。


「見てよ……!! 私、こんななのに……!!いるだけで、いるだけで皆に迷惑を掛けてしまうのに……」


「いいんですよ! それで! 迷惑掛けちゃっていいんです! 誰だってそうなんだから!! 誰にも迷惑掛けずに生きていける人なんていませんってば!!」


 左手は折れてしまったが右手を伸ばす。

 怯えるミレイの手首を優しく掴む。


「私だって周りの人に迷惑掛けまくってますよ! それでも悪いなんて思ってないです!! ……いや、ウソです。流石にちょっとは悪いなって思ってます。……それはさておいて!!!」


「何よそれ!! 説得ド下手なの……!!!?」


 裏返った声を上げるミレイ。


「やめて、やめてよ……私に優しくしないで……」


 子供のように泣きじゃくるミレイをユカリが優しく抱きしめた。

 ミレイは軽く身をよじったがそれ以上強く離れようとはしなかった。


「だめでーっす。ドロドロに甘やかしちゃいますね。前から……思ってたんです。ちょっと私、ミレイさまを甘やかすのが足りてなかったかなって。お屋敷を出てからはあんまり連絡も貰っていなかったから、私てっきりミレイさまが毎日を健やかに過ごされてるものだとばっかり」


「それは、ユカリに手のかかる子だと思われたくなかったから……」


 泣きながらミレイはユカリの背中に両手を回す。

 初めは恐る恐る……だがその手に徐々に力が入ってしっかりと彼女が抱き着いてくる。


「……いや、死にたくない」


 ……ついに彼女は硬い心の殻を破った。

 か細く震える事で本心を吐露した。


「消えてしまいたくない。……ユカリが好き。ユカリとずっと一緒にいたい……!!!」


「本当ですか? うれっし~! 落ち着いたら一杯デートしましょうね~」


 腕の中で泣きじゃくる少女の頭を優しくユカリが撫でる。

 周囲に吹き荒れていた魔力の奔流が徐々に収まっていく。


 嵐が収まる。

 夜が静けさを取り戻していく。


 絶望は……哀しみは消えてなくなってしまったわけではないけど。

 それでも自分にはそれを乗り越えてでも生きていきたいと思える大切なものがあったという事を比良坂ミレイは思い出すことができたのだ。


 いつの間にか雲は晴れて頭上にはきれいな月が覗いていた。


 ──────────────────────────────────────


 ……ミレイの暴走は収まった。


 ユカリとミレイは今、体育館のあった場所にできたクレーター状の窪みの中心部に腰を下ろしている。

 安心したのかミレイはユカリの肩に頭を持たれかけさせて眠ってしまっていた。

 ユカリもすぐに動く気にはなれずに少々放心状態である。


 周囲がだんだん騒がしくなってくる。

 複数の車両が直接敷地内に乗り込んできた。

 統治局治安課の装甲車両だ。

 その内の一台から降りてきたのは全身を隙なくビシッと決めたスーツ姿の気取ったナイスミドルである。

 胸の一輪の薔薇が場違い感ハンパないが……。


(なんか、またえらく濃いイケメンが来たな……)


 銀髪の男を見るユカリがなんとなく半眼になる。


「統治局治安課のテオドール・フランシスだ。君とはお初だな……壬弥社(ミヤノモリ)ユカリ」


 気障な仕草で名乗るテオドール。

 動作の一つ一つが芝居がかって大仰な男だ。


「悪いがお嬢さんは回収させてもらう。こちらへ引き渡してもらおう」


「この子はもう安定している。暴走の心配はないわ。……ヘンなことしない?」


 ユカリは訝し気に眉を顰める。

 シズクやキョウコは自分にとって親友だが統治局自体は無条件で信用できる相手ではない。


「彼女の意に添わぬ拘束はしない。危害を加える気もない。……彼女は覚醒者だ。然るべき検査と手続きが必要になる。そこは説明するまでもないだろう」


 そこはテオドールの言う通りだ。

 常人を遥かに超える力を持つ超人(オーバード)……彼らの存在は意思を持った人型の大量破壊兵器が人に交じって生活しているようなもので統治者、施政者としては放置しておけるものではないのだ。

 その為形ばかりでも「私はキケンな存在じゃありませんよ」という誓約を立ててその地を統治している機関に登録処理を行う必要がある。


 ……最も、生真面目にそのルールに従っているのは極一部の超人(オーバード)であって、ユカリのように大半の超人(オーバード)は自らがそうである事を隠しているかバレても堂々とぶっちぎっているかのどちらかだ。


「まだ未成年なんだからね。……くれぐれもよろしく」


「最大限の配慮はする」


 まだ声が硬いユカリにテオドールは鷹揚に肯く。


 ユカリはいざとなれば逃亡(とんずら)すればいいや! で申請やら登録やらあれこれをぶっちぎっているが色々と複雑な背景を持ち、しかもまだ学生のミレイはそういうわけにもいかないだろう。

 実際に登録も悪いことばかりではないのだ。

 何かトラブルがあればある程度のところまでは庇ってもらえるし……ある程度のところまでは。


 担架に乗せられたミレイが収容されている車が遠ざかっていくのを見送ってユカリは大きく息を吐いた。


「……君も送ろうか?」


「大丈夫~。お気持ちだけありがとう」


 自分を連れていくつもりはないらしいテオドール。

 仮にそういう話になったとしても「疲れているので後日にしてくれ」とユカリは言うつもりだったのだが。


 指揮官も現場を検分するスタッフだけを残して引き上げていく。

 ユカリは自由の身となった。

 さて帰りましょうか、と思ったユカリであったがその時になって思い出したように左腕が痛み始める。


(……うぅっ! そういば折ってたんだった! いってぇ~!! ちゃんとくっつくまでまだ……数時間はかかるかなぁ……)


 この左腕で運転するのはきつい。

 テオドールの言葉に甘えるべきだったかとも思うがあまり統治局に貸しを作りたくもない。


 校門付近まで戻ってきたユカリが欅の木を見る。


(流石にもういないか……)


 ズキズキと痛む左手に顔をしかめつつユカリが嘆息すると……。


「どなたかをお探しのご様子じゃねえかよ~」


 背後から声が掛かった。

 振り返ると煙草を吹かしながらニヤニヤと笑っているショウセイがいる。


「よかった! まだ帰ってなかったのね……。ちょっとさ、腕折っちゃって運転がキツいのよ。お店まで私の車で連れて帰って、ハイドライド」


 右手だけで拝むポーズをするユカリ。


「はァ? オメーなぁ~、そんなもん運転代行(ダイコー)呼べよ~。……って言いてえとこだがよ。なかなかにイイモン見せてもらった事だしなぁ~。しょうがねぇ今回だきゃ言う通りにしてやるとすっかぁ~」


 一瞬だけ嫌がるそぶりを見せたものの意外とすんなりOKするショウセイであった。


 ……………。


 深夜の車道をライトバンが走る。

 ユカリの愛車はさっきの暴走の余波でちょっとボロっちくなっている。


「いやぁ~、感動したぜぇ。俺はあーゆーのに弱えんだよ。ドラマだよなぁ~」


 ハンドルを握って車を走らせながら感じ入った様子でショウセイが一人肯いている。


「そんなにドラマが好きならテレビ見てればいいのに」


「わかってねぇなぁ、オメーはよ~。俺ぁ創作(つくりもん)じゃ燃えねえんだよ~。現実(リアル)じゃねえとな~」


 何やらご高説を垂れているショウセイであるがユカリはどうでもいいやといった風に窓から外を見ている。

 するとそんな彼女の視界になにやら白いものがヒラヒラと揺れる。

 ショウセイが出した二つ折りのメモ紙だ。


「……ん、何よこれ?」


「そいつぁショーセーさんからの『頑張ったで賞』だぜぇ」


 思わせぶりにニヤリと笑うショウセイ。

 怪訝そうな表情でメモを受け取り開いてみるユカリ。


 並んだ数字……どうやら電話番号のようだ。


「おかしいと思わねぇのかよ~。あんな大事に大事に育てられてる足が悪い学生のお嬢ちゃんがよ~。何でいきなり『壁の向こう側』なんてモンが関わってくるような大事件に首突っ込んじゃってんだよ~」


「……………」


 おかしいと思わないではないがそれを確認している暇もなかったユカリである。

 しかし改まってそう言われてみると全身の血がスーッと冷えていくような感覚に襲われる。

 ミレイは……誰かに陥れられたということか。


「掛けてみろよ~。そいつが全部のシナリオ書いてたヤツだ~」


 徐々に表情が硬くなっていくユカリを見て楽し気に笑うショウセイであった。


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