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アウトローの生きざま

 ……闇だ。

 昼間なのにそのフロアには僅かな明かりも差し込んではいない。

 地下で、その上照明が一切ついていないからだ。

 だというのに周囲には何人もの気配がある。

 そしてひそひそ話のような小声が聞こえてくる。


 パチン、と音がしてフロアが急に明るくなった。

 誰かが壁のスイッチを入れて照明を点けた。


「普段、明かりはつけろと言ってあるはずだ」


 その大柄な男は抑揚のない声で言いながら歩いて来る。

 人喰い鮫の異名を持つ男だ。

 所業からの仇名であるはずだが、言われれば容姿まで鮫染みているような気がしてくる。

 全体的に平坦な顔、平べったく低い鼻。突き出た額の下の小さいツリ目。

 そして鋭い牙の並んだアーチ型の大きな口……。


「……すいません、ザインさん。暗くても不自由じゃねえもんで」


 吸血鬼(ヴァンパイア)は完全な闇の中でも昼間と同じようにものを見ることができる。


 毒蛾の羽を意匠された黒い服の男たち。全員が直立の姿勢になり入って来た鮫に似た男……ザインに向かって頭を下げた。

 発言した男をギラリと光る目で睨みつけたザイン。

 それだけで睨まれた男は心臓を氷の手で鷲掴みされたような気分になる。


「そういう事を言ってるんじゃねえんだよ。ヒトと違う部分を普段から晒さねえように気を付けろって言ってんだろうが」


 いきなりザインが右手を伸ばして男の頭部を掴んだ。

 それほど力を入れているようにも見えないのに男の両足は簡単に床から離れて浮き上がる。


「今は大事な時期だと繰り返し言ってるはずだ。余計な面倒に関わってるヒマはねえ。どんなつまらねえ事から不審がられて尻尾を掴まれるかわからねえんだぞ。……テメエらがその程度の事すらわからねえ能無しだから俺が色々考えなきゃいけねえんだろうがよ」


「……が、カッ……す、すいまぜんッ! ザインさ……」


 こめかみにめり込んだ指先が血を飛沫かせる。

 顔面を真っ赤に染めながら必死に男が詫びている。


「騒々しいな」


 ザインの背後から男の声が聞こえた。

 物静かでありながら重厚であり……そしてどこか冷たい響きを持った声だ。

 またもう一人、誰かが室内に入って来たらしい。


「……………」


 手を離すザイン。

 べしゃっと男が床に落ちる。


「あまり出歩かねえように頼んであったはずだが……ヴォルフガング」


「何故私がお前の言う事に従わなければならないんだ? (ヴァイサーハイ)よ」


 ザインが振り返る。

 そこにいたのは和装の初老の男……黒色の王(ノワール)

 端正な顔立ちに、目には冷たい光を湛えて彼はそこに立つ。


 ノワールの前にザインが立ち塞がるように移動した。

 和装の男も長身だが、それでもザインの方が頭半分背が高い。そして横幅もある。

 両者の視線がぶつかりあって空中に冷たい火花を散らす。


白色の王(ブラン)に負けて全部を無くして抜け殻みてえになってたアンタを拾って匿ってやってたのは誰だ? 俺の言う事に文句があんなら今すぐここを出て好きな所にいっちまいな」


「大きな口を利くようになったな」


 フッと冷たく笑ったノワール。

 彼は手にした杖でトンと床を叩いた。

 すると……男の影の中から何かが高速で飛び出しザインに襲い掛かった。


「……………」


 表情を変えずに半歩横にずれてそれを躱すザイン。

 影から伸びたもの……それは真紅の茨だ。

 茨はザインの真横を通り過ぎて背後にいた毒蛾の男の首に巻き付く。


「うヒィッッ!!!??」


 茨が首に巻き付いた男が甲高い悲鳴を上げた。

 そして瞬く間に男は灰色に染まって崩れ落ちる。


「………………」


 後には床の上に灰の山があるだけだ。

 永遠の存在。強大な夜を闊歩する者であるはずの吸血鬼……そのあまりにもあっけない終焉(おわり)

 フロアが地獄のような静けさに包まれた。


「大分……昔の感覚を取り戻したな」


 そう言ってノワールはザインを見て口の端を上げる。


「……お前のおかげだ、鮫よ」


 和装の男が悠々とフロアを出る。

 ドアが閉まり、草履の足音が遠ざかっていく。


「いつまで……」


 ザインが拳を持ち上げるとその横腹を壁に叩きつけた。

 ずん、と八階建てのビルが地震のように揺れた。


「王様気分でいやがるッッ!! とっくの昔に俺たちの国はなくなっちまってるってのによ!!!」


 敗れたとはいえ闇の世界での黒色の王(ノワール)の名の影響力は絶大だった。

 実は生きていると匂わせ、自分が匿っているのだとそれとなく噂を流すだけで兵隊はいくらでも集まってきた。

 だがそれから長い時が流れた。

 今では元公爵たちも個々に名を揚げて王の昔の栄光に縋らずとも組織はやっていける。

 となればいよいよ好き勝手に動き始めたあの男を手元に留めておく意味もない。


 ……だが、黒色の王には最後に大事な役割が残されている。


「これまで散々面倒見てきてやったんだ。最後にいくらかでも貸しを取り戻さねえとな」


 白色の王と対消滅してもらうという、とても大事な役割が。


 ……………。


 人喰い鮫と黒い王様の険悪なやり取りをフロアの外にいて窺っていた者がいる。

 もう一人の元公爵アイザックである。


「チッ、ぶつからねえか。……潰し合いでも始めてくれりゃあ話が早えのによ」


 男は急に表情を苦しげに歪め、胸を押さえて前のめりになった。

 あの夜の戦いの傷が、消耗が癒えていない。

 身体が重く、時折軋んで全身に痛みが走る。


(くそッ! このザマじゃあまだしばらくは俺は思い切ったことはできねぇ。あの狡賢いザインの野郎が今の俺の体調を正確に把握すりゃどう動きやがるか……)


 独りになってしまったアイザックはザインの誘いに乗る形で現在は毒蛾へ身を寄せている。

 しかしそうはいっても元公爵の二人の間には信頼も信用も欠片もない。

 元より黒色の王の下に集った三人の公爵はいつ殺し合いになってもおかしくないほど関係が悪かったのだ。

 結局そうならなかった理由はただ一つ、そうなる前に自分たちの敗色が濃厚になったからだ。


(ザインめ……都合よく俺を使い潰そうとしてるんだろうがそうはいかねえ。逆にてめえとヴォルフガングがいなくなりゃあ毒蛾はまるまる俺のもんだ。見てやがれよ)


 ギラリと光る鋭い牙を覗かせて暗闇で声なく笑うアイザックであった。


 ────────────────────────────


 毒蛾の構成員たちが密かに出入りしている七階建てのビル。

 煌神町の中心部からはやや外れたエリアにあるその建物を遠めに窺う位置に一人の男が大型バイクを停めて煙草を吹かしている。


 金色に染めたセミロングの髪を中分けにして顎先に短い髭を蓄えたワイルドな風貌のサングラスの男……ジョーだ。

 黒いライダースを着込んだ彼は煙草を投げ捨てるとスマホを取り出しどこかへとコールする。


「……パープルさん、俺です。毒蛾(れんちゅう)拠点(ヤサ)を見つけましたよ」


『誰が頼んだのよそんな事。アンタ最近見ないと思ったらンな事してたわけ?』


 溜息と共に聞こえてくる紫の男の呆れ声。

 ジョーがニヤリと口の端を上げる。


「いらなきゃあ無視(スルー)してください。とりあえず住所ですが……」


『ちょっとちょっとちょっとォ。聞いてないでしょぉアタシは。いらないわよ、関わんないわよ』


 勝手に住所を告げるジョーにパープルがうんざりしているようだ。

 しかし、それでもパープルは通話を切ろうとはしない。


「後、すいませんが煌神町繁華街のバイオレットって店に後で顔出してもらえませんかね? 黒麒会(こくきかい)系列の店です」


『アンタほんとに少しはヒトの話聞きなさいよ。黒麒会ぃ? アンタヤクザだったわけ? アタシがヤクザ嫌いなの知ってんでしょ』


 いよいよスマホから聞こえてくるパープルの声のトーンが低くなる。


「知ってますし、俺はヤクザじゃねえです。ただ火倶楽の裏社会で生きていくんだったらどうしても連中と関わらねえわけにもいかねえ。黒麒会はまだマシな組ですよ。悪党だが外道じゃねえ。筋は通す……俺やアンタに少し生き方が似てます」


『勝手に同類にすんじゃないわよォ。……で、何? そこ行ってアタシにどうしろって言いたいの?』


「ちいと厄介な()()()をしちまいましてね。そこに預けてます。俺じゃ扱いが決めらんねえ……アンタに見て欲しいんですよ」


 パープルが少しの間黙った。

 ジョーは詳細を語らなかったが、彼はその「拾い物」が何であるのかを察したようだ。


『……悪党やめて正義のミカタにジョブチェンしたワケ?』


 ふっと紫の男が軽く笑いながら言った。


「別に、俺はろくでなしの悪党ですよ。生き方変えたわけじゃねえです。ただ……ダセえ真似だけはしたくねえ。ビシッと背筋を伸ばしてよ……俺が考えるカッコいい生き方がしてえって、そんだけです」


『古臭いわねぇ。アンタ流行んないわよそういうの。今はね』


 通話が切れる。

 ナナハンの愛車に寄り掛かったジョーが再びタバコを取り出し火を付ける。

 ライダースの袖から覗いた彼の手には真新しい無数の絆創膏と包帯が巻かれていた。


 ────────────────────────────


 古道具屋『のすたるじあ』は間もなく閉店時間。

 ユカリが欠伸を噛み殺しながら店番をしている。

 ルクシエルとエトワールの二人は現在夕食を取っているので店内には彼女が一人だ。


(眠い~。あ~んもー頭がボーっとする~。今日はもうちゃんと寝よ。こんなんで何かしたってどうにもなんないわ)


 半開きの目で店内を見ているユカリ。

 その視界も時折暗くなったり明るくなったり……。

 半分夢の世界を行き来してしまっている。


「……あれ」


 そんな彼女がふと顔を上げた。

 店内にふらふらと飛ぶ小鳥が入り込んできてしまったのだ。


「あららこんな時間に? おっちょこちょいな子ですね~」


 よれよれと蛇行する小鳥を優しくキャッチするユカリ。


「なんて鳥だろ? 可愛いわね。ジュウシマツ? カドマツ?」


『ユカ……リ……』


 ふと、聞き覚えのある声が聞こえた気がしてユカリは周囲を見回した。

 低い男の声だ。途切れがちで掠れていたが……。


「え、まさか……」


 恐る恐る手の中の小鳥を見る。


『私だ……ユカリ……。急に姿を消してしまって……すまなかった……』


「デューク……」


 呆然とするユカリ。

 小鳥から聞こえてくる微かな男の声は紛れもなく、現在行方不明になっているデューク……ジェイムズのものであった。

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