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公開収録を見に行こう

 煌神町中心部、オフィス街からやや外れた場所にある大きなビル。

 ビルの屋上には大きな日輪を象ったマークと「カグラTV」のロゴがある。

 火倶楽最大のテレビ局、カグラTVの第三スタジオである。


 コメディアン「ハイパーココナッツ」の伊東(イトウ)アキラは今日はこのスタジオに来ていた。

 収録の仕事のためだ。

 ……と言っても彼は撮られる側ではない。


 今日の彼はアルバイト。

 撮影補助のお仕事なのであった。

 ADに交じってツーブロの長い髪を金髪に染めてツートンカラーにして丸い小さなレンズのサングラスを掛け、黄色いアロハシャツ姿のアキラは一際人目を惹く。

 黄色が彼のイメージカラーだ。


 あれやこれやと雑用に走り回ってようやく休憩時間。

 首に掛けたタオルで汗を拭いつつアキラが出された弁当を食べていると……。


「アキラ、おいっ」


 声を掛けられて顔を上げると二十代半ばくらいのパーマの掛かった黒髪の細い目の男が自分を見下ろしている。青いアロハシャツを着た男だ。


「トシキ……! どうしたん!?」


 食べる手を止めてアキラが目を輝かせる。

 ハイパーココナッツの相方、小野寺(オノデラ)トシキがそこにいた。

 お茶の間では「ハイココ」といえばこのトシキの事だ。

 コンビなのにテレビに映らない日がほとんどないトシキと映る日がほとんどないアキラ。


「どうしたじゃねえよお前が来てるっていうから見に来たんだって。何でお前……ADの真似事なんてやってんだよ」


 トシキがムスッとした表情で言う。

 不機嫌なわけではなくこれが彼の素でありキャラでもある。

 一見機嫌が悪いように見える仏頂面からボソッとボケを呟くのが彼のスタイルなのだ。


「ヒマしてんなら手伝ってくれって言われてさ」


 アキラは今日は知り合いのプロデューサーに声を掛けられて臨時のアルバイトとして現場に入っていたのだ。

 ちなみにこういう事はたまにある。初めてではない。


「お前そんなもんヘラヘラ引き受けんなよ。お前芸人だろ? 映らなきゃいけない側だろ? 裏方やっててどうすんだよ」


「イヤ、そうなんだけど……。仕事あったらくれって頼んでるの俺の方だし。家賃払えなくなっちゃうからさ」


 気まずそうに照れ笑いしながら言うアキラにトシキは全身でため息をついた。

 そしてトシキはポケットから二つ折りにした高額紙幣の束を取り出すとアキラに強引に手渡す。


「ホラ、これ……! 貸しじゃねえぞ、返そうとか思うなよ!」


「いや、悪いって!! 受け取れねえよ!!」


 枚数を察して慌てるアキラ。

 しかしその時にはもうトシキは彼に背を向けて歩き出している。


「俺にしてみりゃお前がこんなバイトしてる方がよっぽど悪いっての!! ネタちゃんと考えてんだろうな!!」


 今日の不機嫌さはキャラではないようだ。

 怒りながら行ってしまうトシキに向かってアキラは手を合わせて頭を下げる。


 学生の頃の話だ……アキラは文化祭のステージでちょっとしたコントを披露した。

 それが大層ウケて、それを見て自分に声をかけてきたのがトシキだった。

 一緒にコメディアンを目指そう、とそう言って。


(トシキには悪いことしちゃってるよなぁ。俺だけパッとしなくて)


 自分の不甲斐なさにため息が出る。

 今の自分のうだつの上がらなさにトシキはさぞ腹を立てているだろう。


 ……などとモヤモヤとアキラが考えていると現場が騒がしくなってくる。

 出演者たちがスタジオに入り始めたようだ。


(おっ……ウガちゃんがいる)


 スタジオ入りした出演者たちの中で最年少であろう二十歳前後の奇麗な顔立ちの少女。

 黒髪を濃いめのブルーのリボンでサイドテールに纏めて前髪には一房青いメッシュが入っている。

 あまり派手さのない落ち着いた黒を基調とした衣装の娘。

 やや気が強そうな顔立ちの彼女の名は宇賀神(ウガジン)ナツキ。


 ナツキは一世を風靡したある大人気アイドルグループのメンバーだった。

 一年とちょっと前に二十歳を迎えたことを契機としてそのグループを卒業し、以後はタレントと女優として活動している。


(スッゲーな、また綺麗になってるよ)


 面識のない相手というわけでもないのに、そのオーラに気圧される。

 流石は業界で一度は頂点に立っていた娘だ。

 何もせずとも、自分を知らない相手であろうと問答無用で彼女が主役なのだと認識させるだけの「華」がある。


 ナツキとアキラは以前同じ番組で一度だけ共演したことがあるのだ。

 ……と言ってもその番組内でナツキはメインでアキラはガヤの一人でしかなかった。

 向こうがアキラを覚えているかは相当微妙だ。


 そんなアキラの視線の先でナツキはプロデューサーに丁寧に「よろしくお願いします」と頭を下げている。


(……まあ、裏側じゃかなーり気が強くて扱いが大変らしいけど)


 アキラも一応は業界の隅っこにいる者として噂は耳に入ってくる。

 ナツキはプライベートでは相当にワガママな暴君であるらしくマネージャーは頻繁に脱落して入れ替わっているらしい、とか。

 確かに今彼女に付き従っているスーツ姿の女性マネージャーは以前とは別の人間だ。

 ……それにしてもマネージャーも相当な美女である。

 もしかしたら元タレントかアイドル崩れか。

 そういう風に表側から裏方へ回る者も少なくない業界だ。


 等とあれこれアキラが考えているとナツキがアキラの前までやってきた。

 素通りするだけだ。

 彼女が挨拶をするのは現場でも一定の地位より上にいる者だけ。

 ADになど見向きもしない。彼女にとっては背景も一緒なのだ。


「……だろうね~」


 小声で呟いてアキラは足元を見ながら苦笑する。

 挨拶もなく、自分になど目もくれず。

 以前一度だけ共演した番組のガヤの芸人くずれなど記憶もしていないだろうと……。


「……………」


 床を見つめるアキラが真顔になった。


 今……一瞬。

 ナツキが自分の前を通り過ぎて行った時。

 香水のいい匂いがして……いやそれはどうでもよくて。


 一瞬だけ感じたあの感覚は。

 ミレイやキリヲに感じるそれと同じもので。


 超越者の持つ大きな魔力特有の……。


超人(オーバード)だ……)


 顔を上げて呆然とナツキの後ろ姿を眺めるアキラ。

 恐らくは間違いがない。


 宇賀神ナツキは……超人(オーバード)


 ────────────────────────────────────


 同時刻。

 スタジオ内の廊下。

 ぞろぞろと移動している老若男女混合の人々。

 これから撮影が始まるバラエティー番組のスタジオ観覧の当選者たちである。


 その中に一人、露骨に周囲に興味がなさそうにスカジャンのポケットに両手を突っ込んで斜め上を見上げている少女がいた。

 少し日焼けしているブロンドに猫目の……エトワール・ロードリアスだ。


「アンタね。今はいいけどスタジオ入ったらその興味なさそうな顔やめなさいよ」


 そんな彼女をたしなめたのはパーカーを着た青い髪の美女、ルクシエル。

 彼女はエトワールを横目で睨みつつ軽く肘で小突く。


「サーセン。顔に出さないようにしよーとは思ってたんですけどね~」


 うへへ、と口の端を上げてなんとなく笑顔っぽいものを表情に浮かべたエトワール。


 今日はルクシエルが観覧にエトワールを連れてきたのだ。

 ユカリが一緒に行けなかったからというのもあるが、ルクシエルなりの情操教育の一環でもある……? いや、単に当たったのが二名様だから一人分無駄にするのが勿体なかっただけかもしれない。


(……生の草間(クサマ)ユウジが見れる!)


 ルクシエルは密かに燃えていた。

 彼女が今から撮影する番組の観覧に応募したの理由が往年のアクション俳優草間ユウジが出演するからなのだ。

 草間ユウジは今から四十年近く前、当時大人気だった特撮ヒーロー番組『鋼鉄闘士(メタルファイター)グレイディーン』の主人公役を務めた俳優。その後も順調に俳優としてのキャリアを重ねて今では大御所である。


(さ、サイン貰えるかしら……一応手帳とペンは持ってきたけど。そんなに都合良くはいかないかな……)


 廊下で観覧希望者の列に並びながら悶々と考えているルクシエルであった。


 ─────────────────────────────────────


 スタジオではリハーサルが始まっている。

 演出担当が出演者たちにあれこれ説明している中……皆気付いてはいなかったが天井に小さな何かが張り付いて見下ろしている。


 ……黒いトカゲだ。

 正しくはトカゲを模した使い魔。

 それは彼女の耳であり目。

 遠く離れている本体にこの場の情報を伝える感覚器官である。


 その離れた場所にいる本体、儀仗トモエは現在ある人物とスマホで通話している。

 スタジオの裏手にいる一人の女性。

 キャスケット帽にサングラスを掛けたお洒落な女性用ジャンパーを着た女。

 ……天河マキナだ。


「ンで~……どーなん? やっぱ間違いない感じ?」


『そ、そ、そう……です、ねえ。ほぼ間違いない、かと……。このナツキさん……超人(オーバード)、です、ね。そ、それも……紅い雨、系の』


 スマホから聞こえてくるトモエの声に「ほー」と感心したように吐息を漏らしたマキナ。


「スッゲーじゃん。トモちんそんな違いまでわかるんだ。うちはわかんないわ~そんなん。フツーのと雨系の違いなんて」


『ど、どうするつもり、なんですか……マキさん。な、ナツキさんが……超人(オーバード)、だと、して……』


 トモエは不安げである。

 パートナーとはいえマキナは目を離すと何をやらかすかわからない爆発物のような女だ。


「わっかんな~い、まだ決めてないんだよね。どーしよっかな~、どうすれば一番楽しいと思う? すっごい強いっていうんなら……殺し合ってもよかったんだけど」


 サングラスの奥で細められたマキナの目が氷の輝きを放つ。


「……けどまー、残念だけどそういう感じじゃないかな。まあゲーノージンしてたら能力(チカラ)を磨きこむ時間なんかないよね。拉致っちゃう? でもそれもなー有名人にそれやっちゃうと後々が面倒臭そうだし……」


『そ、それもそうなんです、けど……ちょ、ちょっとマキさん、気を付けて……近く、近くに他の、超人(オーバード)の反応が、あります、ね。そ、そ、そ、それも、複数です……。2,3人……いや、ひょっとしたら、もっと、いるかも……』


 少し慌てた様子のトモエ。

 しかしそれを聞いたマキナはキラリと好物を見つけた猫のように瞳を輝かせるのだった。



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