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身の程を知る

 ゼウス・カグラ本社の社長室の扉が突然開け放たれた。

 認証を通していない。自動扉の動力部は破損し、以上を告げるアラームが社長室に鳴り響く。


「……………」


 社長……ヴィルヘルムが無言でデスクから視線を上げる。

 早足で室内に踏み込んできた若い男を見る。

 ……そして、彼はデスクの上のヘッドセットを取り上げマイクを口元へ持ってくる。


「私だ。トラブルがあったが問題はない。警報を切れ」


 社長はいつもの無感情な低い声で淡々と告げてからヘッドセットを置く。


「アポも無しに何の用だ」


 そうして……彼は入ってきた男に向き合った。

 ブラッドレインのリーダー、久我峰カイに。


「俺の他にテンカワとも繋がっていたな、ヴィルヘルム」


 険しい目をしたカイが威圧感のある低い声で詰問した。

 だが鋼の表情の社長は僅かにも揺らぐことはない。


「それが何だというのだ。まさか、自分だけが唯一の私の……ゼウス・カグラ社の取引相手の超人(オーバード)だと思っていたわけでもあるまい」


 社長の答えにカイの額にビシッと皺が刻まれる。

 彼は赤い憤怒のオーラを噴き上げながら社長をより強い視線で射抜く。


「あの女は俺の魔力を奪って持ち去ったぞ! お前の差し金か!?」


「知った事ではない。私と彼女の契約は良質の魔力を持ち込めば買い取り交渉のテーブルには着くというだけのものだ。どこの誰から採取したものであるかは関知していない」


 カイが目を細める。


 察するに……ヴィルヘルムの言葉は嘘ではないが100%の真実でもないだろう。

 少なくとも彼はマキナに昏睡している自分への見舞いの許可を出している。その時点で目的が魔力の奪取である事はわかっていたはずだ。

 それを黙認している。


(この男も初めから俺を切り捨てる算段ではなかったはずだ。契機は……やはり俺の敗北か)


 苦い思いにカイの口元が歪む。

 最強の触れ込みで契約を交わした自分が敗れ去った事でヴィルヘルムの中で取引相手としての重要度が自分からマキナへ傾いたのだ。

 魔力を奪われた自分が使い物にならなくなる事もやむなしと判断したのだろう。


「……だが、そのテンカワも制御不能に陥ってるようじゃないか」


「それは私の判断ミスだ。お前とは関係がない」


 カイはここに詰めかける前に独自に調査をして社長側も現在マキナとは音信不通である事を確認しているのだ。

 彼女は首尾よくカイの魔力を奪いはしたがその後ヴィルヘルムにそれを持ち込まなかった。

 始めから彼には売る気が無かったか……もっと好条件の取引相手を探している途中か。


「……………」


 そこを指摘し一矢報いたつもりであったがやはりヴィルヘルムは揺るがない。

 本当に心まで鋼鉄でできているかのように。


 だが、まだ久我峰カイ(じぶん)も終わったわけではない。

 大半の魔力を奪われても尚、並の超人(オーバード)を凌ぐ魔力を自分は有している。


「……契約を見直せ」


「何?」


 低く押し殺した声で言うカイに初めて社長の表情が僅かに動いた。

 ヴィルヘルムとしてはカイは激怒して立ち去り、自分たちの関係もここまでだろうと推測していたのだが……。


「今後、誰か超人(オーバード)と繋がりを持った時は必ず俺とその情報を共有しろ! それが引き続きゼウスカグラ所属の超人(オーバード)として俺が活動する条件だ! ……今俺を切ってもデメリットしかないぞ。それはお前もわかっているはずだ」


「……………」


 これまではカイの言葉に対して間髪入れずに反応していた社長がここで初めて間隔を空けた。

 どうやらこの男は無下にされた自分との関係を条件付きで継続するつもりであるらしい。

 感情ではなく大きな利を取って行動できる男になっていたという事か。


(戦闘力は見込み違いの部分はあったが……敗北を経て精神的には成長したようだな)


 正直な所、ヴィルヘルムはカイの事を力に溺れた未熟な若僧だとして人物的には重視していなかった。

 しかし今の彼には敗北前にはなかった先見と思慮深さの片鱗を感じさせる。


「少しは大人の世界というものを学んだか」


 確かに今カイと断絶してもゼウス・カグラ社としてはこれ以上の超人(オーバード)を陣営に迎え入れる当てがない。

 どの程度のカリスマがカイにあったのかは掴み切れていないが、彼を切る事で追従する別のメンバーもいるかもしれない。

 ならばこの男の申し出に対する返答は一つだけだ。


「……いいだろう。改めて契約書を交わすとしよう」


 鷹揚に肯いて秘書を呼ぶ為のコールボタンを押すヴィルヘルムであった。


 ────────────────────────────────


 ……お昼を食べていたら突然事務所に踏み込んできたオレ様系ホストみたいな若い男。

 言うまでもなくそれは久我峰カイだ。


「……食事の邪魔をする気はない。食いながら話を聞け」


 慌ててコンビニ弁当を片付け始めたミレイに対して、勧められてもいないソファに腰を下ろしながら言った。そしてガッと足を組んでふんぞり返る。


 ミレイは御茶を飲んで口の中の弁当を強引に喉に流し込む。


「んグッ……き、急に何なの?」


「先日の件で説明があって来た。……儀仗トモエが俺を倒したあの大男に大怪我を負わせたはずだ」


 トモエの名前が出てミレイの表情が少し陰った。


「言っておくがあの女は事件を起こした時点で既にブラッドレイン(俺のチーム)を放逐済みだった。もううちとは一切関係がない」


「だから、停戦破棄には当たらない……そう言いたいのね?」


 ミレイが目を細めるとカイは鷲掴みにした自分の髪を掻き流しながらそうだと肯く。

 ……負けを経ても魔力を奪われても彼のこの仕草は相変わらずのようだ。


 ミレイの箸は完全に止まってしまっている。

 食べながらと言われてもこんな話をしながらコンビニ弁当を突けるほど心臓は太くない。


 カイの話にはいくらでも論破に持っていける綻びはあるが……。

 ミレイとしても向こうに停戦継続の意思があるならあえてそこを突き回そうとは思えない。


「今回はそれで納得するけど。今後は事前に連絡を受けていない場合、その言い分は通らないわ。……その事もあるのでそちらのメンバーリストを渡してください」


 ブラッドレインの所属メンバーに付いては以前ガモンに伏せられているが、こういう事があるのでは知らないままではいられない。

 ……と、言っても実はこの時点で既にミレイは相手方の名簿を入手している。

 隠密諜報に長けた超人(オーバード)、白木カツノリが調べ上げてきたものだ。彼は兄貴分のトウガの指示を受けて二十四時間以内にこの名簿を入手してきた。流石は名うての産業スパイ。


 とはいえ、この場合は相手側からきちんと提出を受けているという事実が大事だ。


「わかった。それは出す」


 カイは言いながら胸のポケットから外付けの携帯メモリを出した。

 予め準備してきたようだ。


「その中の儀仗トモエと天河マキナの二人が造反により追放済みだ。二人とも行方を晦ませている。タイミング的に行動を共にしている可能性が大きい」


 天河マキナ……。

 知らない名前が出てきた。トモエと行動を共にしているらしい?

 ではあの大人しいトモエが妙に過激な行動に出たのは、そのマキナの影響なのだろうか。


「その女どもについての情報があれば知らせてほしい。例はする」


「……………」


 裏切りの報復を考えているのだろうか……。

 そこまであちらの事情に首を突っ込む気はないのだが対象にトモエが含まれているのなら他人事でもいられない。


 それにしても……。

 何があったのかカイの魔力が激減している。

 あの巨大な魔力が見る影もない。

 と、言ってもそれでも現時点でまだミレイは魔力量でカイに負けているのだが。


「報復するつもり?」


「看過できないいくつもの裏切り行為があった。ケジメを取らなければグループのまとめ役として筋が通らない」


 静かなその物言いからは怒気は感じられない。

 だが、その事がかえって彼の怒りを深さを感じさせる。


「お前に……俺は身の程に合った生き方をしたいだけだと言ったな」


「……?」


 ゆっくりとカイがソファから立ち上がる。


「皮肉なことにその身の程について随分と学ぶことになってしまった。この前の件は済まなかったな。個人として詫びておく」


「……………」


 殊勝なことにカイはそう言ってミレイに向かって頭を下げた。

 そして突然のことでどう返事をしてよいのかわからず考え込んでしまったミレイを尻目に彼は帰っていった。


「なんでしょうね? 色々と思うところがあったのかしら」


 ドアが閉まってチリンチリンと鳴るドアベルの音を聞きながらミレイが話しかけたのは黒いセーラー服の少女。

 キリヲもずっとこの場にいたのだ。

 ただ彼女は黙ってカップラーメンを食べていたので会話に加わらなかった。


「ま、えんやおへん? あんなんなら好きにさせといてよろしおすえ」


 カップ麵を食べ終えた彼女がペットボトルの緑茶をキュッと呷る。

 食べている間もキリヲはカイにまったく興味がないかのように視線を向けることすらしていない。


「……あてなら5秒で殺せますよって」


 なんとも物騒なことを言いながら優しく微笑むキリヲであった。


 ─────────────────────────────────────


 ある日の煌神町内某所。

 住宅地の中にポツンとあるオアシスのような緑の空白……緑化公園のベンチでコンビニで買ったサンドイッチを齧っているスーツ姿の男。

 外回り中のサラリーマン……ではない。


 超人(オーバード)集団「紅雨の騎士(ブラッドレイン)」の一人である財津(ザイツ)マナブである。

 彼は最近呼び出しがなければゼウス・カグラ社のビルには寄り付かなくなっていた。


 自分は何もしていない。関わってもいない。

 だというのにグループを取り巻く状況は目まぐるしく変化している。

 無敵だと思っていたリーダーは敗れて脱退者が相次いだ。

 女性陣が二人とも抜けてグループは男だけになってしまった。


 その後、カイは復帰したが魔力量は激減してしまっている。

 その事でまたグループ内の空気が微妙だ。

 特にこれまでにカイに上から目線で接される事が多かった堂丸リキヤが以前にも増して反抗的な態度を取るようになった。

 正直、自分も変わらずに彼がリーダーとして自分の上にいる事には思うところがある。


 と言ってもマナブには表立ってそれを示すほどの気概はない。


(……ワシヅカがリーダー寄りの立場だしな。結局はグループの格が落ちて人数が減り、空気が悪くなっただけじゃないか)


 サンドイッチの最後のひとかけらを口に放り込み、缶コーヒーで流し込んでから嘆息するマナブであった。

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