先輩はお友達
ベッドの上の男は想像していたよりも随分元気そうであった。
「……お、何だわざわざ来てくれたのかよ。悪ぃな手間かけさせちまってよ」
上体を起こして漫画雑誌を読んでいたトウガ。
彼は病室に入ってきたミレイを見て軽く片手を上げた。
「大怪我して意識がないって聞かされて……」
とりあえず大事はなさそうなトウガの姿に大きく安堵の息を吐いたミレイ。
「大体が入院がどうのって話じゃねえんだよ。転がしといてくれりゃ勝手に回復したんだがな。まあ、のびてる間に見つかっちまったのが運の尽きってやつか。救急車呼んでくれた人は善意でやってくれたわけだからな」
額に包帯を巻いたトウガはガハハと豪快に笑っている。
手足の骨折を一晩寝たら自己回復で治してしまったこの男。
基本的に頑丈で自己回復能力に優れている超人でも特にそのあたりに秀でた男だ。
そこへ眼付きの悪い女医……リュアンサが顔を出した。
「オラもういいってんならとっとと帰りやがれデカブツ。面倒掛けやがってよォ、このゴリラが」
……相変わらず容赦がない。
とにかく口が悪い女性なのだ。
「やれやれ、そんじゃお迎えも来てくれたこったし出るとすっか。警察にも顔出さなきゃいけねえしなぁ」
ボリボリと頭を掻きながらトウガがベッドから出てくる。
昨日の騒ぎについて目を覚ましたら説明するようにと警察に言われているのだ。
自主的に来て話してくれればいい、というのは所轄の警察にトウガがそれなりに顔が利くからである。
「何が……あったんですか?」
誰かにやられたらしい、とは聞いている。
しかし誰にだ……? この豪傑が戦闘で敗北したと聞かされてもミレイはピンとこない。
つい先日、彼はあのとんでもない魔力を持った久我峰カイすら倒してしまっているのに。
「昨日の夜に若え姉ちゃんが来てよ。面を貸せっつーんで付いてったんだわ。そしたらよ……」
……………。
昨夜のこと……何処かの地下駐車場。
待ち伏せを受けた緒仁原トウガはその相手、儀仗トモエに連れられてこの場所へやってきた。
「今更何の用事だとか聞く気はねえがよ。これは俺がお前らの頭をボコった事への仕返しってことでいいのか?」
前を行く後ろ姿に歩きながら声を掛けるトウガ。
それにしても猫背の女だ。
トウガはトモエがブラッドレインのメンバーである事は知らないのだが、そうだと決めつけて話をする。実際に目の前の女はそれを否定はしなかった。
「……は、はぁ、まあ、そんな感じ……で、よろしいかと、思われます」
覇気のない返事を返すトモエ。
(暗い姉ちゃんだなぁ)
こっちも数分後には始まるであろうケンカに向けてテンションを上げていきたいシーンであるというのに、なんとも肩透かしを食らったような気分のトウガ。
「俺は構わんがよ。黒羽とお前らの間じゃもう手打ちは済んでるだろ。手打ち破りってことでいいんだな? 大金払い損になるぞ?」
「ま、まぁ、その辺の解釈も……ご、ご自由、に」
のらりくらりと会話をかわすトモエ。
一枚岩ではなさそうだ……先ほどの自身の考えを再度確認する。
何となくこの襲撃にはガモンは関わっていない気がする。
……そして、両者が薄暗い地下の駐車場で対峙する。
「断っとくがよ……俺はこういう時は男女平等だぜ。大怪我しても後から文句言うんじゃねえぞ」
全身に爆発力を充填しながらトウガが構えを取る。
彼の使う天凱流はカラテをベースとした武術だ。その為各種の型もカラテによく似ている。
「わ、わ、私は……何かされても、基本泣き寝入り……するタイプです、ので……ご、ご、ご心配、なく」
……またも気が抜ける返事が返ってきた。
だがそう言いつつもトモエは黒いドロドロから一体の人型を形成して自分とドウガの間に立ち上がらせる。
顔もなくのっぺりと丸い頭部に指もない手足。
非常口のマークの人のようなシンプルなデザインの真っ黒い人型。
(魔力で使い魔を生み出してくタイプの超人かよ)
踏み込みながら黒い人型に向けて拳を突き出すトウガ。
大気を抉るかのような剛拳。
その一撃が人型のボディを貫き大きな穴を開ける。
すると人型はぐねぐねと踊るように蠢いて崩壊し溶け落ちていった。
目を細めたトウガが人型の脅威度を推し量る。
(一体なら余裕、四、五体でちょい面倒か? ってレベルだな)
この手の能力者との戦闘経験もトウガは豊富である。
自分の勝ち筋は二つ。
使い魔を倒しまくって相手の魔力切れを誘うか、或いは処理速度を速めて新手を作り出すよりも早く本体を叩いてしまうか。
自分に対してある程度の戦力となるレベルの使い魔を一体創造するにはかなりの魔力を消費するはずだ。
そして高性能の使い魔を創造するのには相応の時間もいる。
時間か魔力か……どちらかで限界が来る。
そこを叩く。
新たに二体の黒い使い魔が立ち上がってきた。
「おッとぉ……思ったより早えな」
呟きながら処理の速度を上げるべく更に攻撃を加速するトウガ。
彼が新手の二体目を崩壊させるのと同時に周囲に立ち上がった人影は……五つ。
トモエの使い魔の精製速度が上がっている。
しかも……。
「おらぁッッッ!!!!」
一体に拳を突き込む。
……崩れない。
逆にその腕にドロリと絡みついてきて拳を引き抜けなくなる。
上がっていたのは生み出す速度だけではなく、耐久性や戦闘能力もだ……。
「……………」
絶句するトウガ。
……いつの間にか、周囲を数十体の黒い人型に取り囲まれている。
「『B級ホラーはお好きですか?』」
「……!!」
自分を見ている眼鏡の女がへらっと口の端を上げた。
そして……。
一呼吸を置いて全ての黒い人型が一斉に襲い掛かってきた。
……………。
「……ってワケで後はもうボッコボコよ。久しぶりにガチで真正面からやり合って完敗したぜ」
中々に壮絶な話だというのに、それを語ったトウガはカラカラと豪快に笑っている。
そして聞いている方のミレイが顔面蒼白だ。
「おいおいそうドン引きすんじゃねえって。こういう時だってあらぁな。俺もまだ修業が足りねえってこった」
「す、すいません……ちょっと失礼します」
そう言い残してフラフラと病室を出て行ってしまうミレイ。
残されたトウガとリュアンサが「なんだ?」というように顔を見合わせる。
……………。
……ミレイがトウガの話にショックを受けたのは相手に心当たりがあったからだ。
建物を出てスマホをポケットから取り出す。
何かの間違いであってほしいと願いながらトモエの番号にコールする。
『……あ、は、ハイ。何事、で、ございましょう……か』
数コールですんなりとトモエは通話に出た。
「突然すいません、先輩。……その」
そこまで言って言葉に詰まってしまうミレイ。
なんと言えばよいのか。
素直に「あなたはブラッドレインのメンバーで昨晩うちの所員を半殺しにしませんでしたか?」と尋ねればいいのか。
ひょっとしたら「黒髪で陰気な感じの女で黒いドロドロから使い魔を創造する超人」が他にもいるかもしれない……いや、それはちょっと苦しいか……。
『あぁ、もう、バレちゃってるんです、ね。……や、やっぱり悪い事は、でで、できないって、いうか』
「……!!」
黙り込んでしまったミレイに代わってトモエが口を開いた。
俯くミレイ。
「やっぱり……先輩が」
『そ、そ、そうです……。わたっ、私、ぶぶぶ、ブラッドレインだったワケでして……いっ、言えなくて、ごめんなさい』
自分はブラッドレインのメンバーである女に向かってブラッドレインに気を付けろと注意をしていたわけか……。いや、その事は今はいい。
「停戦の約束を交わしたはずじゃないですか、それなのに、どうして……」
『い、いやぁ、それを言われちゃうと、かか、重ねてゴメンなさいなんです、が。ななな、なんと、ビックリ……ワタシ、ブラッドレイン、ぬ、ぬ、ぬけっ、ぬけぬけと抜けてまして、と、というか……。辞表を出した、わけじゃ、な、ないんですけど……やらかしていられなくなったと、言いましょうか……と、とにかく、独立っていうか、追放というか……そ、そんな感じ、で』
確かにそれはびっくりである。
ブラッドレインのメンバーであるという事で驚いていたら既に脱退済みだとか……急転過ぎだ。
『そ、それで、ただ抜けてバイバイというのでは、タイミング的に……ボスがやられたんで、とっとと逃げ出した、みたいな……なんか、そんな感じに見えちゃうじゃないですか。そそ、それだと、私も、私の、今後の活動にも……支障をきたしますし……。で、デモンストレーション、って言えばいいんですか、ね……』
「デモン……ストレーション……」
呆然としてしまうミレイ。
トウガを叩きのめしたことが自分の実力を見せつけるための実演行為であったとそういうのか。
とてもあの儀仗トモエの言葉とは思えない。
彼女は好きなことにだけ饒舌になる気弱な大人しい女性だったはずなのに……。
「その見せつけた力で……暴力で物事を思い通りに進めたいって、そういう事なんですか?」
『ひ、ひぇッ!? ぎゃ、逆……逆です、それ。わわわ、私は、むしろ……来ないで、欲しいので、それで、先に向かってくるならどうなるか、って、いうのを……わかりやすく、示した、わけで』
なるほど……とミレイが納得する。
トモエは自分の力を抑止力として作用させたいと考えているらしい。
その為にカイを倒したトウガを自分が倒して見せた、と。
そこまでは理解できなくもない。ただ……。
「抑止になるんでしょうか。逆効果な気も……」
『あっ、そ、そうなんですか、やっぱり……。ど、ど、どうにも、世紀末な、世界観には、な、馴染みがなくて……ですね』
はぁ、とスマホの向こう側でトモエが疲れた息を吐いている。
『わ、私はもう、手を出しちゃってる……ので、今更……許して欲しい、だとか、虫のいい事は……言わないです、けど。信じて……貰えないでしょう、けど、ヒラサカさんの事は……お、お友達、だと……思って、いる、ので……で、できましたら、わ、私の事はもう、忘れて、頂いて、ですね。ぶつかりあう、ことだけは……ないよう、に……』
「いいえ」
キッパリと言い切った。
それは彼女が愛する壬弥社ユカリが物事をこうだと決めた時と同じ目で。
「私も先輩の事お友達だと思っていますから。戦うかそうでないかはまだわかりませんけど、近い内に必ずもう一度先輩にお目にかかります。そのおつもりで」
『……………』
少しの沈黙。そして。
『あ、あ、相変わらず……ヒラサカさん、は……キラキラしてます、ね。……ふひっ』
最後にそう小さく笑い声が聞こえ、通話は切れたのだった。




