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仲間に非ず

 ゼウス・カグラ医療センター。

 ここは火倶楽でも有数の大病院である。ゼウス社の関係者のみを診療し一般の外来は存在しない。

 その最高機密エリアの病室に一人の見舞客がやってきた。

 特殊合金製の銀色の小型のスーツケースを提げている。

 病室入り口に立つガードマンに身分証を掲示し、更には扉のカードキーと指紋照合を経て見舞客が入室する。


 室内のベッドには若い男が横たわっている。

 久我峰カイ……寝顔は穏やかで寝息は規則正しい。

 先日、緒仁原トウガとの戦闘に敗れてから彼は眠り続けている。

 容体は安定しており目覚めも間もなくであると主治医は診断している。


「……………」


 何者かは無言でベッドの脇に立ちスーツケースを開く。

 そこには機械に接続された大き目の注射器のシリンダーのようなものが収められている。


 装置を取り出し、その何者かは無言で冷たく笑うのだった。


 ─────────────────────────────────────────


 カイが意識を取り戻したという連絡を受けた鷲塚ガモンが医療センターへやってきた。

 道中で見舞いの申請は出してある。

 現在のカイの見舞いは申請を出して社長の許可が下りた者にしか許されていない。


 病室の前に立ちチェックを経て……。

 直ぐには入室しようとはせずに何やら扉の前で表情をもごもごと動かしているガモン。

 中にどのような顔で入ってどう声を掛けるかを考えているらしい。


「……よう、お疲れさん。ははっ、災難やったな」


 努めて明るい声を出しつつガモンが病室に入る。


「……………」


 カイは目を覚ましていた。

 ベッドの上で上体を起こし、何やら前方の一点を見つめて動かない。

 表情もなく……茫然自失としているようだ。

 敗北がそれほどショックだったのか。


「なんや、そない深刻そうな面すなや。なんぼでもあるやろこんなん。美味いモンでも食うてはよ忘れ……」


「ガモン」


 ガモンの言葉を遮るようにカイが彼の名を呼んだ。

 酷く真剣な目で。

 病室内は適温なのだが、カイの頬を汗が伝って落ちていく。


 ふとガモンが覚えた違和感。

 これは負けたことで衝撃を受けているのともまた違うような……。


「……どないした?」


 作り笑いを顔から消して問いかけるガモンであった。


 ──────────────────────────────────────


 なんともガラの悪い男二人が顔を突き合わせてソバを啜っている。

 お年寄りの客が多いお蕎麦屋さんの店内では、常連客のご老人たちが不安げにその席を窺っている。


 一人は黒のレザージャケットの胸元を広く開けてそこから分厚い胸板を覗かせている大男……緒仁原トウガ。


「いきなりメシを奢りてえとかどういう風の吹き回しだ? 別に俺と仲良しになりてえわけでもねえだろ?」


 ジロリと向き合って座る男の顔を見るトウガ。

 その相手は日焼けした茶髪のスレた感じの若い男、鷲塚ガモンだ。


「あ~、それなんやけども……」


 ガモンは言葉はどこか歯切れが悪い。

 今日ここへトウガを誘ったのはこの男だ。


「なぁ、(アニ)やん。後生やさかい、うちのリーダーの魔力を返したってくれんか? ワシらもうアンタらに白旗上げとるやろ。返してもろてもおかしな事はさせへん。ワシの首を賭けてもええ」


「あぁん? 何だそりゃ?」


 怪訝そうにトウガが表情を歪め、それからエビの天ぷらを口へ放り込んだ。

 ぶっといエビはぷりぷりしていて実に美味い。


「何って、とぼけんといてや。アンタやろ? 他におらへんやん。リーダーの魔力持ってったん」


「……………」


 ははーん、とトウガはそれで察した。

 どうやらあの男、自分が倒した久我峰カイの魔力が消失してしまっているらしい。

 ガモンはそれを自分の仕業だと思っているようだが……。


 トウガは両手で丼を持つとグイっと傾けて一気につゆを飲み干した。


「おめーなぁ、俺の天凱流は男の中の男の武術! ワケわからん妖術扱いするんじゃねえ。……知るかバカ! んな事俺にできるわけねえだろうが」


「……………」


 トウガの啖呵に硬直するガモン。


「マジか。アンタやないんか」


 徐々にその表情に広がる絶望感。

 トウガの言葉が嘘ではないということを彼は察したらしい。


「何だか知らんが、お前らも大変そうだな。けど約束は約束だ。ここは出して貰うぜ」


 爪楊枝を咥えて立ち上がるトウガ。


「もう敵じゃねえってんなら、困ったことがあんなら報酬次第じゃ相談に乗るぜ」


 ニヤリと笑ってそう言い残すと大男は店を出て行った。

 席にはガモン一人が残される。


「……………」


 目の前の食いかけの天ぷらそばを黙ってみているガモンは動かない。


 彼にしてみれば最悪の展開である。

 現在、カイの魔力量はトウガと戦った時と比べて二割程度まで激減してしまっているのだ。

 つまりは80%近い彼の魔力が失われてしまっている。

 敗北によって多少の魔力が失われたとしても80%はあり得ない。

 だからガモンはそれを勝った側であるトウガの仕業であると思ったのだが……。


 そうでないのだとすれば、身内の何者かの仕業だという事になってしまう。


 何しろ敗れたカイはその場で自分とケイスケによって回収されそのまま治療センターへ運び込まれた。

 そこから先、昏睡しているカイに接触したのは医師と社長に許可された者だけだ。

 本来なら面会謝絶であるがブラッドレインのメンバーにだけは見舞いが許されたと聞いている。


 仲良しグループではない。

 強い絆で結ばれているというわけではないが……。


「ワシらん中にやった奴がおるんか……」


 掠れ声で呟き、暗い顔で天井を見上げるガモンであった。


 ──────────────────────────────────────


 ガモンの話は空振りだったのだが、お陰でトウガはただ飯にありつくことができた。

 奢りとなれば容赦なく一番高いものを頼むのが彼の流儀だ。

 それがご馳走したいという相手を立てるという事であろうと彼は嘯く。


(それにしても……)


 通りを歩きつつ先ほどのガモンの言葉や表情を思い出しているトウガ。

 カイは即座に仲間によって救出されたのだから、魔力を誰かに奪われたとなれば自分でなければ仲間の誰かなのだろう。


(ガタついてやがんな。元々が一枚岩じゃなかったんだろうが)


 結成の経緯を考えればブラッドレインというグループの歴史は浅いことは想像ができる。

 紅い雨が新たな超人(オーバード)を生んだことを察したゼウス・カグラが集めて作った集団か。

 或いは自分から会社に売り込んだ者がいたのか。


 メンバー一人一人の情報が手に入ればもっと突っ込んだ推理もできるはずだ。

 そこは今、舎弟の白木カツノリに調べさせている。


「……ン」


 そんなトウガの前に誰かが立った。あえて進路を塞ぐようにだ。

 知らない顔だ。

 ブラッドレインのメンバーの一人なのだが、トウガはそれを知らない。

 わからないなりにも何となくそうなのかなとは想像している。


 誰か知らない相手に前に立たれている。

 だがその目的だけは言葉にして問うまでもない。

 ……()()()()()でいる者は目付きでわかるからだ。


 季節にしては冷たい風が二人の間を吹き抜けていく。

 まるでこれから始まる流血の時間を予告するように。


「今日はお誘いの多い日だぜ」


 はぁ、と大袈裟にため息を付いて後頭部をがしがしと掻くトウガである。


 ────────────────────────────────────


 どこかの地下にある駐車場。

 そこは今ひどい有様だ。

 床は抉れ、天井は崩れかけ、柱は折れていて周囲には無数の自動車が横倒しになったりひっくり返ったりしている。

 怪獣でも暴れたのかというような惨状。


 誰もいない。

 人影はない。


 そんな静まり返った駐車場の床に不意にどろりと真っ黒い何かが広がっていく。

 コールタールのような黒いドロドロ。

 その中に浮かび上がってきたのは倒れている一人の巨漢。


 ……トウガだ。

 傷だらけの彼は意識を失っており動かない。

 両手も両足も……関節でない部分で折れ曲がってしまっている。


 あの久我峰カイすらをも倒した格闘戦を極めた超人(オーバード)でも屈指の猛者を誰がこのような無残な姿に変えたのか……。


 それをやったものが、手を下したものが……。

 もう一人がドロドロの中から立ち上がる。

 黒いストレートの黒髪にヘアバンドをした眼鏡を掛けた陰気な女性。


「うひ……き、キッツい、ですね。ささ、流石に……強かった、この人」


 へらっと口の端を上げて笑みだか引き攣っているのだかよくわからない表情をする儀仗トモエである。

 チラリと足元を見下ろすトモエ。

 そこには彼女が破壊したトウガが倒れている。


「ごご、ご、ごめんなさい、ね。……この、くらい、やや、やんない、と……あなた、フッカツして、襲ってきそう……なの、で」


 申し訳なさそうにそう言うとトモエは倒れているトウガに向かって両手を合わせて拝みつつ深く頭を下げた。


 そこへコツコツとブーツの足音が近付いてくる。


「トモちんやっほ~、お疲れちゃーん」


 ……天河マキナだ。

 青いハイビスカス柄のシャツに水色のネクタイを締めて、赤いフレームの伊達メガネを掛けている彼女。


「ね? うちの言った通りだったっしょ? トモちんならやれるって」


「そ、そうでした、ね……。今も、生きた心地、してないですけど、こっち……」


 恨みがましいとも言えそうな微妙な表情でマキナを見ているトモエ。


「ま、楽しいコトしたいならさ~。ちょっとは危ない橋も渡んなきゃね~。そんかし、今回のこれはリターンもでっかいぜ~」


 ぶら下げていた銀色の小さなアタッシュケースを開いて見せるマキナ。

 そこには装置の中に組み込まれた小さな赤く光るシリンダーが収められている。


「……よ、よ、よかったんですか、ね……こんな……。リーダーの、ま、魔力ですよね? これ。な、な、仲間なのに……こんな……」


 言いかけてトモエは言葉を切る。


「ああ……マキさんは、仲間でも、なかった、です、よ……ね」


 マキナが笑った。

 楽しそうに、白い歯を見せて。


「うっひっひ、そーそー。うち知らんもん、紅い雨とか。大体が四年前なんてまだ火倶楽(こっち)に来とらんかったしね~」


 上機嫌にトモエに歩み寄って肩を組むマキナ。


「さ~帰ろーぜー、トモちん。なんか食べてこ~。うちハラ減っちったよ」


「は、ハイハイ……肩組まないで、マキさん、お、重い……」


 二人の女性の姿が黒いドロドロの中に沈んで消えていく。


 そうして……後には倒れているトウガだけが残されたのだった。

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