第七十話
除夜の鐘が古都の闇に重く響き渡る頃、吉川は京都府警の庁舎内で、ホテル『雪月花』での目撃情報を課長に叩きつけていた。市会議員・大野春長の身勝手な欲望が引き金となった惨劇。年が明け、令和の元旦、吉川は想子が待つホテルへと車を走らせた。
夜が明け、想子の十六歳の誕生日の朝、二人は「儀式」によって失われていた戦国時代の記憶と力を完全にリンクさせた。**白銀の朝光が差し込む部屋で、重なり合った二人の肌からは火傷しそうなほどの熱気が立ち昇り、結ばれた魂が黄金の磁場を形成する。官能的な陶酔の果て、目覚めた想子の瞳は神々しいまでの知性を宿していた。**二人は決戦の地、京都能楽堂へと向かった。
檜の香りが立ち込める能楽堂の本舞台。将棋盤を挟んで二人の女が対峙していた。
「真女流名人戦、最終局。……始めましょうか、想子さん」
堀尾羅美亜の細い指先が、駒袋から美しく磨かれた駒を取り出す。対する想子は、十六歳になったばかりの瑞々しい身を新春の和服に包み、圧倒的な威圧感を放っていた。吉川と心身ともに深く合わさった想子の体からは、芳醇な少女の香りと共に、時空を歪めるほどの覇気が溢れ出している。
「お願いします」
想子の発声とともに、対局の幕が上がった。想子の『角換わり腰掛け銀』に対し、羅美亜は『右玉』で迎え撃つ。カチリ、カチリと静寂を切り裂く駒音。だが、想子の網膜には黄金のグリッドが走り、数万通りの未来が光の奔流となって見えていた。
中盤、想子が6筋から仕掛けた瞬間、舞台の空気が一変した。
「――そこよ!!」
想子の右手が閃光の速さで銀を叩きつけた。
ドォォォォォン!!
物理的な衝撃音ではない。想子の気迫がスマホの『雷神』パルスと共鳴し、観る者の脳を直接揺さぶったのだ。終盤、羅美亜の王手に対し、想子の瞳は黄金色に発光し、、指先が駒に触れるたび青白い電磁の火花が盤上に散る。
「これで……終わりです。四百三十年前からの、因縁も。……王手ッ!!」
桂馬を叩きつけた瞬間、黄金の爆光が舞台を包んだ。幻視の中、想子の背後で巨大な九尾の狐が咆哮し、羅美亜の王将は完全に逃げ場を失った。
「……ま、負けました」
羅美亜の手から駒がこぼれ落ちる。それは歴史の歪みに抗い続けた「小那姫」の精神が、想子の圧倒的な光に平伏した瞬間だった。
マスコミのフラッシュが止み、静寂が戻ると、想子はゆっくりと顔を上げた。その瞳は、吉川だけを捉えている。
「刑事さん……いえ、吉川さん。終わったわ。……さあ、後の仕事を終わらせて」
吉川は立ち上がった。警察手帳を掲げ、震える大野と妖艶に微笑む羅美亜を見据える。
「逮捕状と家宅捜査令状が出ています。加納月さん殺人と殺人教唆の容疑で、堀尾羅美亜、大野春長……両名とも同行願います」
「何を言う! 名誉毀損だ! 加納など知らん、堀尾が勝手にやったことだ!」
大野が醜く吠える。吉川は冷徹に言い放った。 「この席からは、堀尾さんが加納さんの胸を刺す瞬間が見えていたはずだ。貴方はそれを、ずっと黙って見ていた」
鬼の形相となった大野が非常口へ逃げ出す。羅美亜はそれを見送り、想子を凝視して艶やかに笑った。
「すっきりしたわ。真女流名人戦も戦えたし、やりたいこともやった。性癖が直るかと思ってあんな男と付き合ってみたけれど、男はやっぱりクズね。貴方みたいな女のほうが良かったわ、大橋想子さん」
想子の瞳が、羅美亜の「真の動機」を射抜く。羅美亜は挑発的にウィンクし、狂気を帯びた声で告白を始めた。
「殺したかったから殺したのよ。四百三十年前の恨みが晴らせて最高だわ。浜松城と同じように月の小面を餌に誘き寄せ、正面にしか観客がいない隙に、車椅子の彼女に覆いかぶさって……。偽装用の小刀をそのまま心臓へ突き刺して殺したの。私の前に来るまでは、彼女、まだ生きていたわよ」
羅美亜は胸元からカプセルを取り出し、一気に嚥下した。 「また転生できるから楽しみだわ。本当に転生できたのは、貴方とそこの刑事と、私だけだったみたいね……」
崩れ落ちる羅美亜。逃げ出した大野は出口で警察官に取り押さえられた。吉川は羅美亜を抱き起こし、叫んだ。 「戦国時代の浜松城で、お前の父上に『娘をよろしく頼む』と言われたんだ。こんな所で命を落とさせはしない!」
救急車で運ばれる羅美亜。後の捜査で、彼女の自宅から大野春長の精液の残滓が発見され、加納月の胎児との親子関係が証明された。さらに羅美亜のスマホには、大野からの生々しい殺人教唆の録音が残されていた。
「加納を黙らせてうまく始末してくれ。そうすれば結婚してやる。……君だけが頼りだ」
欲に溺れた男の卑怯な懇願が、皮肉にも事件の幕を引く決定的な証拠となったのである。




