第六十三話 走馬灯
広間の空気は、爆薬の導火線が放つ焦げた臭いと、妖刀村正が放つ凍てつくような冷気で混濁していた。
「……無駄よ。貴方の思い通りにはさせない」
吉川の背後から、宗古が凛とした声を響かせた。彼女の持つレベル10のスマホが、黄金色の磁場をさらに激しく放出し、広間全体の時間を止めたかのような錯覚を抱かせる。
「吉川さん、私の脳には今、あの爆薬の『からくり』が透けて視えるわ。ぜんまいと火打石を組み合わせた精密な起爆装置……。雷神のパルスで、その回路を焼き切る!」
「月! 撃てッ!」
偽算砂こと望月が絶叫した。忍びの月が引き金に指をかけようとしたその瞬間、吉川は村正を完全に引き抜いた。
キィィィィィィィン!!
空気を切り裂く高周波のような金属音が響き、村正の刀身から禍々しい紫色の燐光が溢れ出す。その殺気は目に見える波動となって忍びの月を直撃した。
「……ぁ、あ……っ」
忍びの月の指先が、村正の放つ圧倒的な「死」の圧力に凍りつき、動かなくなる。吉川は一歩踏み込み、月が構える火縄銃の銃身を、村正の一閃でバターのように斬り落とした。
「しまっ……!」
間髪容れず、宗古がスマホを偽算砂へと向けた。 「電脳介入――雷神、フルパワーッ!!」
スマホから放たれた目に見えぬ電磁の奔流が、望月の胸元に巻き付いた爆薬へと殺到した。バチバチという激しい火花とともに、ぜんまい仕掛けの起爆装置が焼き切れ、煙を上げて沈黙する。
「な、何だと……私の復讐が、こんな得体の知れない『板』に……!」
望月が絶望に顔を歪めた瞬間、勝吉と家臣たちが一斉に飛びかかった。だが、望月と忍びの月は人外の身のこなしでそれをかわすと、西の丸最上階の窓扉を蹴破り、外へと踊り出た。
「逃がすか!」
宗古と吉川が窓に駆け寄り、下を覗き込む。二人の影は闇夜に消えるかと思われたが、次の瞬間、巨大な翼を広げたような大凧が風を孕んで浮上した。二人はその大凧にしがみつき、夜風に乗って悠々と地表へと逃れていく。
「大砲を打て! あの凧を叩き落とせ!」
家康の剛毅な声が響き渡った。勝吉が即座に号令を下し、城壁に備えられた大砲が咆哮を上げる。
ドォォォォォン!!
放たれた砲弾は大凧の芯を正確に射抜いた。凧は無残に引き裂かれ、偽算砂と忍びの月を乗せたまま、城下の運河に向かって真っ逆さまに落ちていく。
「……やったか?」
吉川が目を凝らしたが、二人の体が運河に叩きつけられた瞬間、水しぶき一つ上がらなかった。
二人が水面に触れる直前に、黒い光の渦が現れて闇に溶けて消えたかのような、不気味な幕切れだった。
家康はゆっくりと宗古と吉川に近づき、深く頷いた。放心状態で座り込む淀君の横を通り過ぎ、二人を真っ直ぐに見つめる。
「……見事だ。未来の客人が、徳川の、いやこの国の命運を救ったな」
その言葉を合図にしたかのように、宗古のスマホがこれまでで最大の、天をも貫くような純白の光を放ち始めた。
「吉川さん……! スマホが……王子の鍵が、完全に開いたわ!」
広間の中心に、次元の裂け目のような巨大な光の渦が出現した。それは戦国時代の江戸城と、令和の王子を繋ぐ「扉」だった。
宗古は吉川の手を強く握りしめた。彼女の掌は、戦いの興奮と未来への期待で熱く火照っている。はだけた正装の胸元から覗く、瑞々しく豊かな肌が激しい呼吸に合わせて上下し、吉川の視線を強く惹きつけた。少女の持つ甘い香りが、硝煙の臭いの中に鮮烈に漂う。
「行こう、吉川さん。歴史は正された。家康様は生き残り、父様は一世名人になる。……私たちの帰るべき場所へ!」
「ああ。一緒に行こう、宗古」
吉川は彼女の細い腰を引き寄せ、逃れられぬように強く抱きしめた。二人の肉体が再び密着し、心臓の鼓動が一つに溶け合う。宗古の潤んだ唇が、吸い付くように吉川の唇を求めて重なった。今度は頬ではなく、確かな熱と柔らかさを伴った、本当の『合体』の儀式。
黄金の光の渦が二人を飲み込み、江戸城の景色が急速に遠ざかっていく。




