第六十一話
うっすらと白み始めた夜明け前、吉川は隣で規則正しい寝息を立てる宗古に、そっと布団をかけ直した。
二人の間には、もはや遮るものは何もない。一糸まとわぬ姿で重なり合った情事の温もりは、凍てつく冬の朝の空気から二人を熱く守っていた。吉川は、指先に残る彼女の吸い付くような肌の感触と、激しい情愛の余韻に身を任せ、心地よい疲労感とともに再び深い眠りへと落ちていった。
「……おはよう。ねえ、起きて。もう行かなきゃ」
意識を浮上させたのは、鼻孔をくすぐる甘い香りと、視界を塞ぐ豊かな肉の感触だった。吉川の顔の上に、宗古の瑞々しくふっくらとした双丘が、彼女の呼吸に合わせてゆったりと揺れている。吉川が目を開けると、はだけた布団から溢れ出した彼女の白い肢体が、朝日を浴びて発光しているかのように輝いていた。
宗古が吉川の首筋に腕を回し、潤んだ瞳で顔を近づける。その瞬間、枕元に置かれたスマホが、これまでにない異様な輝きを放ち始めた。
「見て、吉川さん……! 私たちが『合わさった』ことで、ついに封印が解かれたわ!」
その言葉とともに、スマホの画面から凄まじい黄金の光が溢れ出した。眩い閃光は寝室を昼間のように照らし出し、空中に幾何学的な電脳の回路がバチバチと火花を散らしながら浮かび上がる。二人の周囲を、巨大な霊狐のシルエットが咆哮しながら駆け抜け、その金色の尾が空気を震わせた。
『LEVEL 10 / 10 ―― 真・覚醒:鍵の解放』
鼓膜を揺さぶるようなデジタルな重低音が響き、宗古の体に目に見えるほどの膨大なエネルギーが流れ込んでいく。彼女の白い肌を青白い電磁パルスが走り、その瞳は神々しいまでの知性の光を宿して発光した。 二人が肌を重ね、鼓動を一つにしたことで、時空を繋ぐ最終システムがついに完成したのだ。
「……最高の朝だな。これでお前は、本当の意味で無敵になったわけだ」
「ええ、脳から指先まで、世界中のすべてを見通せる気がする。……大晦日の夜のおかげね、うふふ。あとは黒幕を暴き、家康様が天下人への道筋を作れば…」
宗古は吉川の唇に軽く口づけを残すと、しなやかな体をもたげ、戦いへと向かう準備を始めた。
一五九三年、元旦。江戸城西の丸、最上階の広間では、家康による新年の祝宴が華々しく執り行われていた。
上座には家康と、その横に寄り添う茶阿局。貴賓席には淀君と、修理の名を継いだ大野春氏が並んでいる。家康の正面という重用された位置に算砂が座していたが、その和服の着こなしはどこか落ち着かず、額には季節外れの汗が滲んでいる。
末席に控える宗古と吉川も、今日は凛とした正装に身を包んでいた。宗古が吉川の耳元に、熱い吐息とともに囁く。
「……今は、何にでも勝てる気がするわ。脳がフル回転して、盤面の未来が何千通りも視えるの」
宴は勝吉による能楽『高砂』で幕を開けた。
続いて、家康の命により算砂と宗古の御前対局が始まった。まずは将棋。
宗古は『坂田流向かい飛車』を繰り出し、電光石火の攻めで算砂を圧倒し、程なくして算砂は投了した。
「……くっ。どうも風邪が長引いておるようで、調子が出ぬな」 算砂は狼狽し、震える指先で汗を拭う。
続いて、囲碁の対局が始まった。
算砂が実利を稼ぐのに対し、宗古は中央に巨大な厚みを築き上げる。盤上は一気に、出口のないねじり合いへと突入した。
算砂の黒石が中央へと勢力を伸ばそうとするが、覚醒した宗古の打つ一手一手が、まるで獲物の心臓を正確に射抜く矢のように、黒の息の根を冷酷に止めていく。
「……ぐぬぅっ。厠へ……」 算砂が唸り声を上げ、盤面から逃れるように中座した。
その隙に、宗古は素早く勝吉のもとへ歩み寄り、何事かを耳打ちした。勝吉の表情に瞬時に鋭い緊張が走り、周囲の家臣たちに無言で合図を送った。
算砂が席に戻ってきた。その顔色は土色に近い。 「……負けるわけにはいかん。どうしても……!」
盤上の殺気が最高潮に達したその時、家康が「ほう、どれ」と腰を浮かせ、上座から降りてきた。家臣たちが制止するのも聞かず、家康は宗古の真後ろに立ち、その盤面をじっと覗き込んだ。
家康の逞しい体躯が宗古の背中を包むように迫り、広間には、歴史を動かす一局の終焉へと向かう、張り詰めた沈黙が流れた。




