第四十三話
遠江の湊について、宗古は吉川が安宅船に乗り込もうとしたときに前のほうで声がした。
勝吉が家康に報告をしている。
「淀君も江戸に行かれるとの事です。大野修理から伝令を受け取りました。
太閤殿下がまだ肥前名護屋城に留まらないといけないらしく、伏見城に戻ってもしばらく会えないから、気晴らしに江戸に行かれるそうです」
「江戸は気晴らしか。
今のところは秀吉の側室であるし。
分かった。到着するまで出向は待とう。
いずれ借りを返してもらう」
結局、出航は二日後になった。
宗古と吉川は船上で、安宅船の城の形をした客室の下の階で出航まで待っている。
周りで知っている乗組員には、宗桂のおっさんと算砂と勝吉がいる。
家康の兵も同じ階だ。
武士と小那姫は上の階らしい。
「やっと淀君が安宅船に着いたようだ。大野修理も付いてきているらしい」
「江戸でも浜松城と同じメンバーね。
忍びの月も家康様を追って江戸に来るかもね。
淀君と言い、小那姫と言い、忍びの月と言い、いやらしいし性格も悪そうだし、気に入らない女ばかり」
「浜松城で分かったことを整理して、どうやって令和に再転生できるか考えないか」
「そうね。
まず、今回の浜松城で死体と犯人についてなんだけれど、
第一に殺された人は、忍びの月の妹で、絵師の貞さん。
犯人は小那姫。令和なら逮捕よ、逮捕。
戦国時代は武家の姫が絵師を殺しても事件にならないのよね。
殺害方法と凶器は、小那姫が女中を通じてセットしたからくり車いすから発射された小刀。
動機は小那姫が振られた忍びの月を殺そうと仕掛けたら間違って貞さんが車いすにのったため、動機は人間違い」
「次は俺が言うよ。
第二に殺された人は新進能楽師の来電。
犯人は大野修理。殺害方法と凶器は、大野の刀で切り殺される。
動機は大野が仕組んだ月の小面消失で家康を失墜させようとして失敗したことと淀君との奔放な関係を逆に脅されてその口封じ」
「第三に浜松城の小那姫付の女中。名前は知らないわ。
犯人はからくり職人の石山安兵衛。
殺害方法と凶器は、石山安兵衛が貞さんを殺害した小刀を隠し持って刺殺。
動機は内縁の妻になった貞さんを殺したのが女中だと勘違いしたため。本当に殺すべきは小那姫だったのに」
「第四は石山安兵衛。
犯人は大野修理。
殺害方法と凶器は、大野修理の刀で切り殺される。
動機は、城内で刃傷沙汰を起こしたから成敗」
「第五は、大野修理と忍びの月を繋ぐ間諜ね。名前は知らないわ。
犯人は大野修理。
殺害方法と凶器は、大野修理の刀で切り殺された。
動機は忍びの月に家康の殺害を依頼したことが家康の配下に露見することを恐れた口封じね」
「あと殺害ではなく、来電と小那姫は忍びの月を殺そうとした殺人未遂がある。忍びの月も小那姫を突き落とそうとした殺人未遂がある」
「令和では大野修理はシリアルキラーで、小那姫も一人殺害で一人殺人未遂の凶悪犯なのに事件にならないわ。
淀君も令和では殺人教唆に近いよ。
令和ではこの安宅船に乗っている私以外の女は全員逮捕だわ」
宗古はまだ言い足り無さそうだ。
「月の小面も殺害動機になっているはず。
そもそもこれを盗んで悪者が家康を窮地に陥れようとしなければ、みんな死ななくて良かったのよ」
「企んだのは大野修理かも。それとも。
実行犯は来電と、忍びの月。その途中で手段として騙されて実行したのは小那姫だけれど最後に来電と、忍びの月に小面が手に入らないようにしたのも小那姫」
「そして家康に、本物の月の小面を取り返して、戻したのは私たちだね。家康様にはこれで貸しを作ったわ」
「もし大野修理と忍びの月が家康の暗殺に成功したらどうなる。
色々歴史が変わりそうだわ。私に関係するのは、宗桂が将棋の一世名人として扶持も与えられなかった可能性大ね。必然的に子供の宗古も二世名人になれないわ。
私たちが戦国時代に転生した理由もそれをもとに戻すことなのかもしれない。今のままだと宗桂は将棋の一世名人になれない歴史なのかも。もし月の小面が大野修理に渡っていたとすると家康の歴史も変わっていたかもしれないわ」
「俺たちが知っている歴史に戻さないと大変だ。
月の小面は取り返したが、家康の暗殺は絶対食い止めないと。
そうしたら、あの文書のとおり俺たち二人は再転生できるかもしれないな」
「あの文書の王子稲荷神社に行く必要があるわ」
宗古はスマホの画面を吉川に見せた。
『江戸城大火で失われた月の能面は神の使いが導く。伏見と王子を結ぶ真ん中に月が現れる。
伏見と王子の真ん中は遠江。
月を持つ伏見の女と王子の男が合わさるとき、大晦日の夜に伏見から王子への扉が開かれる。
そして新たな王が誕生する』
安宅船は凪にはいったのか動きが非常に遅い。
「このままだと大晦日に伏見に戻れないかもしれないわ」
宗古はスマホのアイコンを操作している。風神を呼んでいる。




