第四十一話
風がゆっくり東から西へ流れている。
いつの間にか、格子が外れた換気孔にいる吉川の元に宗古が駆け上がっている。
「凧が西に流れているわ。凧の先は林の中のようね。
林にはかなりな人がいて凧の糸を引っ張っているわ。
忍びの月の仲間かしら」
「ここは危ないぞ。落ちたら助からない」
「ぶら下がっている小那姫が上に登っているわ。
忍びの月の足首くらいまで登ってきている。
小那姫が手に小刀を持っているわ」
小那姫が、忍びの月の下半身くらいまで登ってくると小刀を忍びの月の胸目掛けて振りかざした。
忍びの月は小那姫から小刀をもぎ取ると、足を蹴って、小那姫を突き落とそうとしている。
バランスを崩した小那姫はずり下がり再び宙吊り状態になった。
忍びの月は奪った小刀で小那姫を絡めた糸のような紐を切り落そうとしている。
「小那姫が落ちたら助からないぞ」
「これを足に履いて。時間がない」
宗古が持っているものは大きなかんじきのようなものだった。ただかんじきの下にインペラのようなものが付いている。
忍者が水の上を移動するときに使うのを映画で見たような気がする。これは空を飛べるのか。
「空中水蜘蛛というものよ」
宗古はスマホのアイコンから風神を選んで起動させた。
「私が足元で下に風神を向けるの。そうすると強い風でこの空中水蜘蛛がドローンのように浮かび上がるはずよ。微妙にスマホの向きを変えれば上下左右動くはずよ」
「落ちたら命が無い。大丈夫なのか」
「時間が無いわ。出発」
空中水蜘蛛を両足に履いた吉川の足に宗古が後ろから捕まってスマホを下に向けた。
突然宗古と吉川の下へ強い風が吹き付け、二人の体がふわりと空中に浮いた。
まるで人間ドローンのようだ。
そのまま恐る恐る前傾姿勢を取ると、空中水蜘蛛に乗った二人は前に進み始めた。
「行くわよ。小那姫のところに」
忍びの月は小刀で小那姫を宙吊りにしている糸を切り始めた。
小那姫はそのたびに宙吊りされたままクルクルと体が回っている。
糸が細くなって今にも切れそうだ。
小那姫の下では兵が右往左往している。
大凧は、井戸に近づいてきた。
「殺してやる。私の心を踏みにじった。許さない」
小那姫は凄まじい形相で、忍びの月を睨んでいる。
「小那姫、さらば」
糸が切れた。
小那姫は気を失っているのか静かに井戸に落ちていく。
堀尾吉晴は叫んだ。
「誰か救ってくれ。頼む」
「あそこよ」
落ちていく小那姫に空中水蜘蛛に乗った吉川が急行する。
吉川の手に何かが触れた。
間一髪で小那姫の着衣の帯を掴んだようだ。宗古は吉川に捕まってスマホの風神を操作している。
吉川はもう一つの手で小那姫を引き寄せた。
小那姫を切り捨てた忍びの月は大凧に乗ってゆっくり西へ流れていく。
吉川が小那姫の体を掴んだまま、宗古がスマホをゆっくりと傾けると空中水蜘蛛に乗った吉川たちはゆっくりと地上に降り立った。
「何とか小那姫を救えたようね」
胸元が開けて大人の熟れた双丘が見えていた小那姫の小袖を吉川はそっと手繰り寄せて着衣を整えた。
「本当に男なのか。それでもいいから私の女中にならないか。女装すれば私の体を味わってもいい」
小那姫も意識が戻ったようだ。
「ご無事で何よりです」
宗古に気づかれないように小那姫に声をかけた。
地上に降り立った吉川は忍びの月の腕を目掛けて短筒型の火縄銃を発射した。
忍びの月の手から能の小面が離れた。能の小面はゆっくりと地上に落下し始めた。弾は忍びの月の腕をかすったようだ。
大凧は西に傾く速度を上げて林の中に落ちて行った。
宗古と吉川に、堀尾吉晴と家康の兵を引き連れた勝吉が林の中に走って行った。
夜盗らしき者たちが散っていく。逃げ遅れた夜盗を兵が捕まえた。
吉川は途中で能の小面を拾い上げ、宗古と林の中に向って走っていた。
先に林に着いた勝吉が宗古たちを出迎えて言った。
「忍びの月は居ない。逃げたようだ。
血の跡があったが途中からそれも消えている。負傷した腕を何かで縛って逃げたようだ」
兵が勝吉に報告した。
「夜盗を一人捕まえました。
夜盗は金で雇われたようです。
城の外から合図したら大凧につながる紐を引っ張って大凧をこの林に着地させるように女に言われたようです。
成功したら金子を与えると前の夜に言われたようです。
その女には、以前にも浜松城に向う馬に乗った二人組を襲うように雇われたそうです。
金は気前が良かったので今回もやったと言っています」
「逃げられたか。夜なのでこれ以上追えないな。一旦城に引き上げるぞ」
城に戻った宗古と吉川は、堀尾吉晴に感謝された。
「小那姫はどうですか」
「女中を一晩中つけている。意識が戻り今は落ち着いている。
この度は危険を顧みず小那姫を救ってくれた。感謝してもしきれないくらいだ。褒美は何でも言ってくれ」
家康が小声で呟いた。
「さすが未来の人。新しい武器だな。
わたしも欲しいが使いこなせないだろう。
明日は江戸に向け出発する。江戸城で堀尾吉晴の分まで礼をするぞ」
宗古も家康に小声で返した。
「さきほど忍びの月から取り返した能面は月の小面の写しです。本物は無事ですか」
「大丈夫。ほら、私自身が懐で大事に保管している。周りは私を守る兵だらけなのだ。私が持っていることが一番安全」
「この写しの小面はどうしましょう」
「勝吉に渡しておく。そのあとは江戸城で相談させてくれ」
勝吉が戻ってきた。
「夜盗は数人捕まえましたが、忍びの月の行方は誰も知らないようです。
それから算砂殿から聞いたのですが、忍びの月に騙されて勝手口の鍵を開けてしまった上に、薬で眠らされた間に持っていた金子を全部忍びの月に奪われたそうです」
明日は浜松城を出発していよいよ江戸に向けて出発だ。
珍しく宗桂のおっさんは端っこでいびきをかいて寝ている。
宗古は弾力のある膨らみを吉川の背中にくっついて寝息を立てている。




