第二十四話
津島湊から馬で陸路を移動し、家康一行は浜松城に到着した。陸路の道中は雨が降り続いていて風も強いままだった。
城門の前で一行を堀尾吉晴が出迎えてくれた。
「家康殿、お疲れでしょう。浜松城でゆっくりしてください」
「父上戻りました」
小那姫が堀尾吉晴に元に駆け寄った。
堀尾吉晴は娘の小那姫と抱き合った後で、宗古のほうを向いて言った。
「勝吉殿、宗古殿、客人が待っている」
天気は依然回復せず、南のほうから黒い雲がゆっくりと近づいている。
勝吉と宗古について城の中に入ると、客人ということで石山安兵衛が座っていた。
月の小面消失のからくり木箱をつくった職人のはず。
何故石山安兵衛がいるのだ。確か尾張から肥前に引っ越しをしていたはず。
「肥前で会いました。石山安兵衛でございます。誠に失礼とは存じますが他に頼る者もおらずどうか助けてください」
勝吉が石山安兵衛に先を促した。
「私は、貞を守りたいのです。貞も同じ気持ちです。貞は例のからくり箱を作るときに依頼主に照会されたのですが、いっしょに生活をして仕事をするうちに私は貞に惚れたのです。
貞もそれを受け入れてくれました」
勝吉は石山安兵衛に続きを促した。
「私は貞に夢中になり貞の心も若い体も年柄にもなく愛しました。
貞には月という双子の姉がおり、貞の本名は雪花ということを初めて知ったのです。
貞は甲斐で生まれ、駿河と遠江で育ったそうです。
両親は早くに亡くなり姉妹は来電という男に、歩き巫女の忍びの者として育成されたのだそうです。
貞が言うには、からくり木箱の注文した依頼主は来電という男だそうです。来電の先祖の望月家というのは昔に武田信玄公の一族で、徳川家康殿の家臣に滅ぼされたそうです。
そういう経緯で来電は家康殿に恨みがあり、豊臣家に近づいたと言っておりました。
もともと貞は絵が好きで、忍びの活動には否定的だったそうですが、姉が来電に心酔していて家康殿に与するものを排除しなければならないと思っているようです。
姉に言われるまま、浜松城近くで、夜盗を殺めた忍びの者を始末したり、城内に忍び込んで間諜のようなこともしたりしたことがあると貞は私に正直に話をしてくれました。
そんな私でもいいの、と貞は言いましたが、私は全く気にはならず貞を守りたいと思いました。
貞は私に心も体も開いてくれて、今の忍びの仕事を引退して私に尽くしてくれると誓ったのです」
浜松城で夜盗を捕まえたが忍びの者に殺され、更に忍びの者も何者かによって殺されたが、その犯人が貞だったということなのか。
石山安兵衛は涙を流していた。
「肥前名護屋城に近くに職人の店を構えて貞といっしょに静かに暮らしていこうと決めたのです。そのときに勝吉殿や宗古殿に会いました。
貞は宗古殿を見て、家康殿の屋敷で絵師としてあったことがあるので忍びの者を見破られるのではないかと恐れて逃げたと言っておりました。
そしてそのあとに、からくり木箱の依頼主の来電がやってきたのです。
来電と貞は長く話をしていました。
来電が帰ると貞は私に言ったのです。
『遠江に行って、あるものを手に入れられれば私は自由の身になれる。平戸から大きな安宅船で浜松に移動するがしばらくここで待っていてほしい。あなたといっしょになるための最後の仕事』と。
私は貞に遠江なら私も付いて行くと言いました」
吉川は忍びの者をそんな簡単に抜けられるのかと思い石山安兵衛の顔を見た。
「すぐに二人で平戸を目指して夜中、馬で駆けました。
平戸の安宅船では、漕ぎ手を募集していたので私は漕ぎ手として採用され船に乗り込んだのです。
途中嵐にあいましたが九死に一生を得ました。漕ぎ手は重労働でした。
津島の湊で、貞は来電と月に、私のことを話して遠江に一緒に移動できることになりました。
浜松城の近くについて、来電は浜松城からでてきた女中と話をしていました。そのあとに遠江分器稲荷神社に行くと来電は言っておりました。
貞が私のところに来て囁いたのです。
安兵衛様は浜松城に行き家康様の家来に会って、遠江分器稲荷神社に家来と来てほしい、そして神社にいる私を救ってほしいと」
宗古は急に立ち上がり、城の女中を探しに行った。
女中が宗古といっしょにやってきた。
小那姫も後ろに居た。
「月の知り合いなの。私も月のところに案内しなさい」
宗古が女中と話をしたあと急に叫んだ。
「遠江分器稲荷神社に行かないと。急がないと」




