第十四話
徳川家康の屋敷を出て、宗古と吉川の二人は、伏見稲荷大社に来ていた。
「あの文書を見たとき心臓が止まるかと思ったわ。あの文書は家康がしゃべっているときこっそりスマホに写真を撮ったの。
これ見て」
宗古はスマホの画面を吉川に見せた。
『江戸城大火で失われた月の能面は神の使いが導く。伏見と王子を結ぶ真ん中に月が現れる。
伏見と王子の真ん中は遠江。
月を持つ伏見の女と王子の男が合わさるとき、大晦日の夜に伏見から王子への扉が開かれる。
そして新たな王が誕生する』
吉川は宗古に向って言った。
「文書は最初の二行は、令和の京都能楽堂で刺された加納月さんの自宅パソコンにあった古文書の写真と同じだな」
「最初の二行の解釈で、本当の月の能面は神の使いが導く、というのは、神の使いである狐の恰好をした眷属、いわゆるお稲荷さんが知っているということかしら。
稲荷神社のどこかに隠されているという意味ね」
「間違いない。どこかの稲荷神社に月の小面はありそうだ」
「次に、伏見と王子を結ぶ真ん中に月が現れるというのは2行しかない文面のときよくわからなかったけれど今回は三行目に答えがあるわ。
伏見と王子の真ん中は遠江という文章よ。
丁度伏見稲荷大社と王子稲荷神社を線で結んで距離的に半分くらいのころが遠江ね。遠江は令和の時代で浜松とか浜名湖あたりのことよね。
浜松城付近の稲荷神社に月が現れる、月の小面が隠されているということだわ」
「先日行った遠江分器稲荷神社だね」
「四行目の、月を持つ伏見の女と王子の男が合わさるとき、大晦日の夜に伏見から王子への扉が開かれる、というのは、月の小面を手に入れた伏見の女というのは私のことかしら。そして王子の男というのはあなたね。さつきさんはこの時代は王子稲荷神社の宮司の子供だったらしいから。私もこの時代は伏見の宗桂の子供よ」
「令和の時代はどうだろう。俺は京都府警に勤めていて、生まれは伏見でそのあと東京が長くてまた就職で京都に戻ってきた。東京の時は北区に住んでいた。近くに王子稲荷神社は確かにあった」
宗古の顔が急に悲しげになり瞳が濡れている。
「私はよくわからないの。孤児だったから。
伏見は将棋のタイトル戦があったから来ただけなの。それとも本当は伏見か王子で生まれたのかも」
そういえば。宗古のプライベートは何も知らなかった。孤児と聞いてこの女子高生を守ってやりたい、大事にしたいという気持ちが強くなってきたのを吉川は感じた。
「この文書の時代は令和ではなく、天正だな。伏見の女は宗古で決まり。そして王子の男は俺だ。それに孤児でないよ。俺と結婚したのだろう」
宗古が笑顔でそして嬉し涙を流している。
「ひとりじゃないよ。意気地なしの夫がいるもの。そうだ、合わさるときというのは結婚して合わさるときという意味ね。
きっと、そうよ。意気地なしでは令和に再転生できないわ」
「月の小面を持った君と俺が大晦日の夜に伏見で何か合わさったら令和への扉が開くということか」
「そうよ。合わさる必要があるわ。
あと最後の行は歴史の通りよ。大晦日が明けたら1593年よ。豊臣秀頼が生まれるのよ。太閤秀吉の跡継ぎだから。でも新しい王というには違和感があるわ」
「新しい王は徳川家康だよ」
「そうね。家康はそのあと関ヶ原の戦いがあって江戸幕府の初代将軍だから、翌年という意味でなければ新しい王は家康ね。太閤秀吉の天下から、徳川幕府として新しい王の徳川家康に移行する引き金がこの文書の伏見から王子への扉を開けることにつながるのね。やっとつながったわ」
「これは今まで以上に警戒が必要だな。俺たちは豊臣秀吉の関係者に狙われることになるぞ」
「この文書のとおりだと本当の月の小面さえ手に入れられれば、私たちは伏見から王子へ再転生できるのよ。きっと。
二人が合わさらないとだめだけれど」
吉川は動揺した。話を切り替えるために早口でしゃべった。
「誰がこの文書を書いたのか。
江戸城大火というのは1657年の明暦の大火のことかな。
今は1592年だから今の天正の戦国時代の人にはこれは書けない。
ただ古文書ではなかったから最近書かれたもののようだが。
スマホの雪月花のアプリも誰が仕組んだのか気になる」
「仮説は考えられるけれど、証明はできないわ」
「仮説でもいいから君の考えを聞かせてくれ」
「令和の時代に、私は明晰夢を何回か子供のころから見たの。
明晰夢は、この時代の本当の大橋宗古が父の宗桂の夢である一世名人や将棋の家元制度である将棋所を実現するために東奔西走している夢よ。何故か夢の中では大橋宗桂は一世名人になれないの。また徳川家康ではなく豊臣秀頼の天下が続いているの。
本当の歴史では家康が天下人になり大橋宗桂、私の父を将棋の指南役、いわゆる一世名人として認定して商人ではなく生活ができるように扶持を与えたの。
宗古は、徳川家康を助けることで夢の中の歴史を変えようとするの」
「なるほど」
「それから私は令和では孤児で、女流棋士になる前は手に職をつけないといけないから中学生のときからスマホのアプリのプログラミングも勉強していたの。
これは夢ではなく令和の現実よ。
そして私がよく見る夢の中で、戦国時代の私、いえ宗古の母親がスマホを持っていて狐のアプリを作っていたの。私もアプリのプログラミングを勉強していたから何となくわかったのよ。
だから戦国時代の夢の宗古の母親がアプリを作ったのかもしれない。文書も私たちだけにわかるような言葉でこの時代に宗古の母親が書いたかもしれない。あの文書も崩し文字だったけれど宗古の母親が書いたのかもしれないわ。戦国時代の宗古に伝えるために」
「そうすると、宗桂のおっさんを名人にするために、宗古の母親により俺たちは令和から天正の時代に送り込まれ、俺たちが知っている歴史に戻そうとするために活動しないといけないということか。
宗古の母親がそのために必要な文書やアプリを用意した。歴史を戻すには月の小面が必要ということだな」
「そう。証明はできないけれど。でもそう考えると全部が繋がるのよ」
「君の明晰夢では俺は出てくるのか」
「夢では宗古は男なの。そしてあなたも女として出てくるわ。宗古を全面的に助けてくれるのよ。私を強く愛しているさつきという許嫁よ。夜になると誰かと違ってそれは恥ずかしくてとても言えないくらい物凄い愛し愛され方をしているの」
吉川は顔を真っ赤にした。
「それで夢と今では性別が逆転しているから無理やり女装男装になるのか」
「明晰夢というのは、その夢を見ている人がそうありたいと願う夢であり、実現することがあるという夢と言われているの。
もしかしたら天正の宗古が、父を名人にしたい、そのためには家康に天下人になってもらう必要がある、そのために夢の中で私たちがそう実現できるように、という明晰夢を見ているということかもしれないわ」
「明日どこまで家康に言えばいいのか」
「私たちも家康を利用するの。再転生するには大晦日までに写しではない本当の月の小面が必要よ。本当の月の小面が手に入れば新しい王が誕生するかもしれないから、私たちを全面的に支援してね、もし新しい王になったら宗桂のおっさんを一世名人にしてねとだけ言っておけばいいのよ」
「肥前名護屋城より浜松の稲荷神社に行って月の小面を探したほうがいいのではないか」
「誰が消失させたのかを探らないと闇雲に探してもわからないわ。それにそこに行く前にレベルがもう少し上げる必要があると思うの」
風が吹いてきた。雲が急に出てくる。雷鳴が聞こえる。
スマホが輝いた。
「ほら、レベル3よ。あの文書を解明したからレベルが上がったのよ」
画面には、狐のような動物と3/10と書かれた数値とレベル3という文字が浮かび上がった。




