01 夕暮れの中庭
夕暮れの日差しの中、大学中庭のベンチに一人の女性が座っていました。
ふんわりとした金髪の、かわいらしくも美しい女性です。
花壇で咲くバラの花を、うっとりとした表情で眺めています。その表情と仕草は妖しいほど色っぽく、十九歳とは思えぬほど艶めかしい雰囲気です。
「アウラさん」
どこか声をかけづらい雰囲気の彼女に、声をかけた者がいました。
声をかけたのは、十代前半の赤毛の少女でした。動きやすさを優先した服装に、まだ第二次性徴がはっきりとは表れていない体つき。知らない者が見たら、声変わり前の男の子と思ったかもしれません。
「何してるの?」
少女は、返事もせず、顔すら上げなかったアウラに臆することなく近づきました。
「……バラの花にね、テントウムシがいるの」
アウラと呼ばれた女性は、少女の方を見ることなく、うっとりとした顔で答えました。どうやら見ていたのは、バラではなくバラに止まっているテントウムシのようです。
「あ、ほんとだ」
「さっきからね、アブラムシをムシャムシャ食べているの」
アウラが言う通り、バラにはテントウムシの他にアブラムシもいました。
一匹二匹ではなく、わりとびっしり、ちょっと気持ち悪いぐらいです。
中庭は風通しが悪く、バラの花も少々植えすぎだからでしょう。手入れも悪そうです。造園業者ではなく、農学部の学生が授業の一環で植えたものかもしれません。
「ふふ、たくさん食べるのねぇ。おいしいのかしら?」
「それ、ずっと見てたの?」
「ええ」
「えーと……楽しいの?」
「ええ、とっても」
アウラは「ふふふ」と屈託なく笑いました。
うええ、という顔で、少女はアウラを見つめます。そんな少女の視線に気づいたのか、アウラはようやく少女に視線を向け、ふんわりと穏やかな笑顔を浮かべました。
「ニンリルは、今日は六限までだったの?」
「うん、さっき終わったとこ」
少女の名はニンリル。まだ十五歳の誕生日は来ていませんが、れっきとした大学生で、アウラの同級生です。
いわゆる、天才少女というやつです。
アウラが金にあかせて優秀な家庭教師をつけてもらい、補欠合格でなんとかクリアした大学入試を、ニンリルは独力で、しかも全体の二位という抜群の成績でクリアしています。学力の勝負なら、アウラは戦う前からニンリルに白旗を上げてしまうでしょう。
「アウラさんも、六限まであったの?」
「いいえ、今日は午前中だけよ」
満腹になったのか、テントウムシがバラの花を登り始め、一番上まで来ると羽を広げて飛んで行ってしまいました。
「放課後に特別講義をするから参加してください、て連絡があったから、残っていたの」
「あ、それ私もだ」
ニンリルが、背負っていたリュックからプリントを取り出しました。
「これでしょ?」
「あら、ニンリルも参加するの?」
ニンリルが差し出したプリント見て、アウラが「ふうん」と目を細めました。
「ニンリルも、ねえ……」
「え、なにかいわくつきの講義?」
「ああ、ごめんなさい。成績不振者への補習かと思っていたから。ニンリルが参加するなら違うわね」
「まだ定期テストもしてないんだから、補習はないと思うけど」
「それもそうね」
ニンリルの指摘に、アウラは笑顔に戻りました。
「何するのかな? オルドイーニ教授って、社会学の教授だよね」
「あら、ニンリルはオルドイーニ教授の講義、取ってるの?」
「ううん。でも、教授全員の名前と専門は覚えたし」
「まあすごい。私なんて、取ってる講義の教授も覚えていないのに」
「……それは覚えようよ」
「ふふ、そうね」
あきれるニンリルに笑顔を返し、アウラはベンチから立ち上がりました。
少し癖のある長い金髪が、ふわりと風に踊りました。踊る金髪の上で夕陽が跳ね、ほんの一瞬ですがアウラが光に包まれたような気がしました。
その幻想的な光景に、ニンリルは思わず見とれてしまいます。
「どうしたの?」
「う……ううん、なんでも、ない」
「あら、そういう顔には見えないけれど?」
「いや、その……な、なんでもないから! 気にしないで!」
なぜだかほおが熱くなりました。きっと赤くなっているだろう、そう思うとニンリルは恥ずかしいやら戸惑うやらです。
「そう。ならいいけど」
アウラはふんわりとした笑顔を浮かべ、戸惑っているニンリルに手を差し出しました。
「そろそろ時間よね。よかったら、一緒に行きましょう」
「あ……うん、いいけど」
手をつないで行く、ていうことかな?
ニンリルは首を傾げながらも、アウラが差し出した手を握りました。
アウラが笑顔で、ニンリルの手を握り返します。どうやらこれで正解だったようです。
「さあ、行きましょう」
「あ、うん」
なんだか子供扱いされてるよね。
そう思うとちょっとだけむくれてしまうニンリルですが、アウラの柔らかな手の感触は嫌いではありませんでした。




