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8 饒舌に語るラセツと双子の女






 リリィの目に堅牢な城壁が飛び込んできた。


「クインの壁・・・もうすぐですね」


「はい、もうすぐクインの城門に着きます。そうなればお嬢様の身も安全なはずです」


 農村を出てから二日、三人はついにクインにたどり着こうとしていた。これまでと同じように道中はあまりにも平和だった。昨夜ふたりはヴェルカの猟犬は僕たちを見失ったのかもしれない、と話し合った。それは希望的観測ではあるが、すでにゲオルグを撒いて五日以上が経過していた。完全に引き離したのかもしれない、彼等は少しだけ安堵していた。


 ただラセツだけが希望を持たなかった。そもそも彼は生まれてから一度も希望を抱いたことがなかった。


 なんにせよ、もう少しで彼等の旅も、ラセツの仕事も終わる。


 ふたりは嬉しそうに歩調を早めた。


「ありがとう、アシュレイ。わたしひとりじゃどうにもならなかった」


「やめてください。僕はお嬢様の騎士、何があろうと貴女の側を離れたりはしません。それよりもお礼を申し上げなければならないのは、キダカさんの方です」


 ふたりは立ち止まるとラセツに頭を下げた。


「ありがとうございます」


「わたしからも、何とお礼をいえばよいか」


「気にするな。俺は引き受けた仕事をこなしているだけだ。それにな」ラセツはふたりを一瞥し、すぐに視線を周囲に向けた。ラセツの剃刀のような眼がいっそう研ぎ澄まされ、その瞳に獰猛な気配が漂い始めた。彼は狼が牙を剥く時のように嗤った。鋭い犬歯が光った。「安心するのはまだ早い。お前等を追っているのは類まれなる殺戮集団のひとりなんだろ? 大陸に名高い猟犬なのだろう? ゲオルグという男が俺の同類なのだとしたら、絶対に諦めることはない。獲物を追い詰め、殺し、皮を剥ぐまでが狩りなのだから」


 ラセツは周囲の森林に向かって声を張った。


「いい加減出てこい。お前等の下手くそな尾行にはうんざりだ」


「気取られるようなヘマをしたつもりはないのだけれだ」


「まるで野生の狼ね。ディノス・マクシェインを殺した男はコイツで間違いないわ」


 三人を挟み撃ちように、前後からふたりの女が現れた。まったく同じ顔をした赤毛の美女。その手には刺死剣ジャマダハルが握られている。


「あれはまさか、シジナとカガネ!」


「知っているのか?」


「はい」アシュレイは剣に手をかけるとラセツに答えた。「共和国ギルドの暗部で活躍する双子の冒険者です。拷問、暗殺、虐殺など後ろぐらい仕事を引き受ける犯罪者ですが、その実力は確かなものです。見てください」


 アシュレイは双子の胸元を示す。


「あの金細工は序列第二位 金級ゴールド・クラスを表すプレートです。あなたが殺したディノスよりも遥かに危険な相手です」


「とてもそうは見えないな」ラセツは退屈そうに双子を見た。「確かに家畜じゃないが、それでもせいぜい飼い犬といった風情だ。俺の求める獣には程遠い」


 ラセツはアシュレイの肩に手を置く。


 その意図を彼は理解する。


 三人は最初から取り決めていた。ラセツの戦闘が始まった場合、ふたりはすぐに逃げると。彼等を護る為の約束事だが、同時にラセツの戦闘を邪魔しない意味も含まれている。


「お嬢様、こちらに!」


 アシュレイはリリィの手を引くと駆け出す。


 だが双子はまるでふたりには興味がないとでもいうようにラセツだけを凝視している。その瞳には強烈な殺意が渦巻いていた。


「まるで関心が無いんだな。アレはお前等の獲物だろ?」


「あのふたりはクイン城門前でゲオルグ様が捕らえるわ。私たちの役割はゲオルグ様がふたりを捕獲するまで、貴方の足止めをすること」


「ゲオルグ様には引き留めておくだけでかまわないと言われているけど、せっかくだし私たちと少し遊ばない?」


「遊ぶ? お前等のような雑魚とか?」ラセツは双子を嘲笑った。「長生きしたいなら身の程をわきまえることだ。世界とは薄氷の上に絶妙な均衡で成り立っている。慎重に行動しなければたちまち足元は崩れ去りお前等は奈落に呑み込まれる。いやもう呑まれた後かもな」


「何を言っているのかしらね、カガネ」


「気にする必要はないわ、シジナ。こんな男の話に意味なんて」


「俺の獲物はお前等じゃない」


 双子の言葉をラセツは遮った。


「俺の獲物はゲオルグだ」ラセツは双子の遥か向こうに存在する虚空を見極めるとでもいうように視線を漂わせ、俺はな、と口を開く。ラセツの身体から殺気が立ち上る。「俺はその騎士に興味があってこの仕事を引き受けたんだ。俺はそいつが俺の舞台に上がる資格があるかどうかを見定め、もし資格を有するなら是非そいつと血の中で踊りたいと思った。だからお前等のような犬に興味はない。ましてそれが飼い犬となればなおさらだ。牙を抜かれ主人に媚びへつらい嬉しそうに腹を見せる飼い犬は俺にとってもっとも唾棄すべきモノのひとつだ。お前等からはそういう犬の臭いがする。獣の本能を捨て服従そのものに盲従するのは奴隷だ。奴隷はすぐに膝を折りたがる。なぜなら人間とは常に巨大な『何か』を求め死肉に群がる蛆のようなものだからだ。莫大な財を持つ貴族や叡知を極めた魔導師、そして圧倒的な象徴である神に群がりその内奥なかに群衆は自らの魂の脆弱性を見出だそうとする。あらゆるモノを自分の理解できる領域に引き下げようなどという考えはあまりにも度しがたく愚劣かつ滑稽だ。奴隷たちは崇高の意味を曲解し服従のもたらす甘味な悦楽を貪る為にただひざまずき祈り慈悲をう。なぜそうするのかといえば人間は弱い生き物だからだ。だから群れ集まり徒党を組まなければ倫理を破ることすらできず、血を流すことを畏れ、個人では戦うことさえままならない。だが獣は違う。獣の魂は倫理や道徳を嘲笑い暴力と殺戮に躊躇いがない。法律や良心ではなく自然の掟に、いや魂の掟にのみ従うんだ。ゆえに人間の中で獣だけが完璧に自由なんだ。彼等は強靭ちから、意思、そして孤高の意味を理解している。血の聖性を理解している。無辜むこの民はそれを狂気と呼ぶが狂気こそが獣を獣足らしめる。お前等は獣の皮を被った奴隷だ。確かに豚ではないがせいぜいが飼い犬、よくて番犬といったところだ。俺に犬と戯れる趣味はない。それが血に飢えた猟犬だというのなら話は別だがな」


「どうやら頭がイカれているようね。気狂いと話しているとこちらまでおかしくなるわ」


「まったくよ。ゲオルグ様の命令に背くことになるけれど、貴方を殺すわ。ここまで侮辱されたのははじめてよ」


「侮辱ではなく事実だ。この世界で行われるすべての服従行為は俺への冒涜だ」


「悪いけど貴方のくだらない哲学に興味はないの」


「虫酸が走るほどに傲岸不遜な男だわ」


「俺はたとえそれが神であろうと俺にやいばを突きつける者の喉を掻き切る男だ。だが傲岸不遜なわけじゃない。俺は魂に忠実なだけだ」


 ラセツは刀を抜く。


 舌なめずりをした。その姿は狂った獣を思わせた。


 残忍な眼が殺意に濡れた。


 キダカ家の狂人は静かに嗤った。


「悪いがガキのお守りが忙しくてね、お前等にく時間があまりない。すぐに終わらせる」











「お嬢様!クインはすぐそこです!」


「はい!」


 ふたりの眼にクイン小国の城門が見えた。門番や城壁塔の上の監視兵がふたりを見ている気がした。もう少しでクインの中に逃げ込める。


 ふたりが安堵しかけたその時。


 彼等の前方にひとりの男が現れた。


 アシュレイはリリィの手を引き、彼女を護るために剣を抜き前に出た。


「そんな・・・」


 リリィは絶望したようにその男を見た。分厚い筋肉に覆われた巨躯。男は愉しそうに嗤うと大剣を引き抜いた。


「ここまで来て・・・!」


 アシュレイは剣を構え男を睨み付けた。


「小僧ども、ずいぶんと手間をかけさせてくれたな」


 男の低く残酷な声がふたりを射すくめた。


 ヴェルカの猟犬。『裏切りの騎士』と呼ばれる傭兵。


 ゲオルグ・アルブレイズヒッツベルガー。






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