3話 付き合えないので憑く
「ほー、その例の幽霊が柊には見えてるのか」
「まぁ、そうなんだけどさ」
「美人か?」
「……、ああ、めちゃくちゃ美人だな。ちょっと尋常じゃないくらい」
俺は楪に無言で肩をパンパン叩かれる。幽霊に普通に叩かれるというのはどういうことだ。
「しっかし何で柊だけにしか見えないんだろうな。俺にも見えるようにできないもんか?」
「そんなリモコンじゃあるまいし……」
「あ、それはできますよ」
「へ?」
「お、本当だ。偉い美人で可愛らしい」
「もう、2人でそんなに褒めてきて。あまり本当のことばかり言ってると、怒っちゃいますよ♪」
「いやいやいや、何簡単に姿見せてんだよ。できたんかい! あと少しは謙遜しろ」
「あ、はい。できますできます。基本的には消えてる方がデフォルトなんですけど、別にオンオフ自体は難しくないんです。皆できるそうですよ。あと可愛いのはよく言ってもらえるので」
「ほうほう、皆って言うのは?」
「他の幽霊ですよ。でも皆顔色悪いですし、人、いいえ幽霊によっては、見た目が良くないこともありますから、あまりやりませんね。たまーに、寂しくて実体化しちゃう人もいますけど、それで、写真に写っちゃったとかって言う話らしいです」
「へー、面白いな。えーと……」
「楪です」
「ああ、僕は榛梧。こいつの親友さ」
「おいおい、何でそんな自然に話弾んでんだよ」
どこをどう見ても、幽霊との会話に聞こえない2人の会話につい突っ込んでしまう。
「いやだって、見た目可愛らしいし、いい子じゃん。これだよ。俺が求めていた幽霊との会話は」
「どう見ても普通の人の会話な感じだけどな。というか、何で幽霊やってんだ?」
「えー、やっぱり私のことが気になります~?」
「ついに柊も女に興味を……」
「じゃあ俺は帰るからな」
「待ってください! 冗談です!」
「いつものノリじゃないか!」
「いつものノリだけど、対象が2人だとうざいんだよ」
ボケ2人に突っ込み1人は荷が重い。
「えーとですね。私は享年16歳なんですけど、高校に合格して、お父さんとお母さんに祝ってもらって、高校の下見をしてた帰りに、ここで交通事故にあって、全員あの世いきです。あーあって感じですよね」
「へー、大人っぽいと思ってたけど、僕達の1個下になるのか?」
「いや、そこじゃないだろ。ワリと重いことさらっといったぞ」
「それで、気づいたら、ここにいたんですよ」
「成仏しろよ」
「いやー、それがどうすればいいかさっぱりでして。私足ありますし、顔色もいいですし、あんまり透けてもないですから、死んだ感じがいまいちなくて」
「でも死んでんだろ?」
「はい。見た目透けてないだけで、実際にこの世のものに触ったり触られたりはできないんです。だから、寂しくて自殺でもしようかと思ってたんですけど、そもそも私死んでますから、どうすれば? ってな感じで、袋小路ですよ」
「でも俺は普通に触ったよな?」
「ええ、それが不思議なんです。榛さん、触ってみてくれませんか?」
「あ、ああ。じゃあ失礼して」
梧が楪に触ろうとする。
スカッ。スカッ。
「あれ? 触れない?」
梧が手を握ろうとするが、空振りしてしまう。見た目透けてないので、めり込んでいるみたいになって、処理がちゃんとできてないゲームのバグみたいになってる。
「まじかよ。何で俺は触れるんだ?」
「えーとですね。そのあたりは私もあんまり分からないんですけど、1つ感じてることがあります」
「何だ?」
成仏するきっかけができるなら何よりである。
「えーと、成仏せずに幽霊になる場合って、なんかしら未練があることが多いですよね」
「まぁ、一般的にはそうだな」
「だからきっと私もそうだったんだと思うんです。私の通う予定だった学校は橘高校って言うんですけど……」
「俺達の学校だな」
「ああ、まぁこの辺は橘高校くらいしか高校ないからな」
「私の未練は2つです。高校に通ってみたかったっていうのと、後……、ぽっ」
楪がわざとらしく俺を見て両手で頬を包む。
「……なるほどなるほど、じゃあ僕は幽霊も見れたし、先に帰らせてもらうな」
「待て待て待て、というか帰る方向も場所もいっしょだろうが」
何かを悟ったかのような顔になって、うなづいたと思うと、荷物を整理して帰ろうとしたので、首をつかんでとめる。
「何をするんだい? 僕は人の恋路を邪魔するほど野暮じゃないんだ」
「何が恋路だ。あれは幽霊だろうが。お前の専門だろ」
「可愛い女の子と付き合って彼氏彼女の関係になって楽しい日々を過ごすというのが青春というのであれば、相手が幽霊かどうかはさほど問題ではないと思うが?」
「問題あるわ。俺にはそんな趣味はない!」
「大丈夫だ。僕的には、柊と楪ちゃんが付き合ってくれれば、間接的に仲良くできるから、問題ない」
「俺に問題があるんだよ」
ツンツン。
俺が必死に梧と引き止めていると、後ろからつつかれる。
「あのー、私はあなたに一目ぼれしちゃいました! 私と付き合ってください!」
「う……」
(幽霊だが)ほぼ完璧な容姿、(幽霊だが)どストレートな告白、(幽霊だが)上目遣いで顔真っ赤にしている告白。しかも俺は告白されるのは俺史上初めてである。
相手が幽霊とは言え、これを即座に断るのは俺には無理だった。
「じゃあ後は若い2人で。楪ちゃん、困ったことがあったら、僕にいつでも声かけてくれていいから」
「はーい、ありがとうございます」
「じゃあな」
「あ、待て! 自分から誘っといて逃げるとか!」
俺は走って帰る梧を追いかけようとしたが、一歩も踏み出せずに止まってしまう。
「待ってください! 返事を……返事を聞かせてください!」
顔を俯かせてもじもじしている姿は実に可愛らしいが、今俺に起きている現象はホラーである。
「おい、何か動けないんだが?」
「霊能力の1つ、金縛りです。公園でおじさんに教えてもらいました!」
「さらっと怖いこと言うなよ。あとあれって、教えてもらうシステムだったのか?」
「そこら辺はよく分かりません! それよりも、私が槐さんに触れるのは、私が一目ぼれして、未練を解消できる相手だと分かったからだと思うんです! いえたぶんそうです! そうじゃなくてもいいです! あなたが好きです!」
「あ、ごめんなさい。俺は幽霊とは付き合えません」
「何でですか! 私は炊事も洗濯もお母さんに教わったのでしっかりできます!」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「エッチなこともお父さんに教わったので、大丈夫です!」
「思春期の娘とお父さんにしては仲いいな! というか、幽霊と人間ってそういうことできるのか?」
「多分いけます! 触れますし、足ありますし!」
「とにかく、俺生きてる人、あなた死んでる人。これだけで無理!」
「えー、じゃあ金縛り解けないですー」
「なんでやねん!」
「このまま金縛りし続ければ、槐さんはお亡くなりになりますから、そしたら一緒にさまよえますね」
「怖いわ! そして多分そうなるだろうからな!」
金縛りにあったまま自然に死んだら、間違いなく未練が残るだろうからな。
「全くその年で重い女だな」
「幽霊ですからめちゃ軽いですよ」
「そう言う意味じゃないんだが……。まぁ分かった分かった。でもさ、一般的にいきなり付き合いましょうは厳しいだろ。まだ俺は楪のこと全然知らないわけだし、とりあえず友人関係から始めるのはどうだ? ここには会いに来てやるからさ」
「ん~、そうですね。確かにいきなり付き合うよりも、そこまでの過程も恋愛には大事ですもんね。分かりました。じゃあよろしくお願いします」
「よし、じゃあまた明日な。お休み」
「は~い」
何とか落としどころを見つけて納得してもらう。死因が金縛り死にならなくて良かった。そんな死因があるのかは知らないが。
まぁとにかく普通に帰れるからいいか。
スタスタスタ。
フワフワフワ。
「ん?」
「ん?」
俺が振り返ると、後ろには楪がいた。俺が首をかしげると、同じように楪も首をかしげる。
「じゃ、じゃあな」
「はい。おやすみなさい」
また挨拶をして歩き始める。
スタスタスタ。
ふわふわふわ。
「ん?」
「ん?」
再び振り返ると、また同じところに楪がいる。
「おい、別に見送りはいらないぞ」
「え、えーと、そう言うことでもないんですけど……」
先ほどまでのおちゃめな感じとか軽い感じではない。本当に戸惑っているようだ。
「何だ?」
「あのー、少しそのままそこにいてもらえますか?」
「別にいいけど……」
すると楪はまっすぐ走ったり、俺の上を越えてかなり上空まで上がったり、横にいったりと、縦横無尽に動き回った。
見た目が幽霊じゃないから、何か超能力者みたいに見える。
「あのー、ちょっといいですか?」
「何かあったのか?」
「えーとですね。どうやら、私自縛霊から背後霊になっちゃったみたいなんです」
「は?」
よく言っている意味が分からなくて、変な声が出てしまった。
「いつからここにいるかはよく分からなかったんですけど、私こんなにあの交差点から離れることはできなかったんです。変な壁みたいなのにぶつかって、そこから先には行けなかったんです。でも今は来れなかった場所に来れてるんですけど、元の交差点には戻れなくなっちゃったんです」
「つまりどういうことだ?」
「簡単に言いますと、前までの私は、交差点を中心に一定の範囲の中しか移動できなかったのに、今は
槐さんを中心にした一定の範囲しか動けなくなっちゃいました!」
「えー、だから背後霊なのかよ。そんな簡単に変われるもんなのか?」
「私にもよく分かりませんけど、離れなれないのでお供してよろしいですか?」
「いや、いいえって言っても無理だろ。もう俺は帰りたいから、とりあえず家……というか寮まで来い」
「は~い、やったー、いきなり同居生活ですー! これは初めても近いんじゃないですか!」
「……ある程度は離れられるみたいだから、窓の外にいろよ」
「すいません! 冗談ですから、部屋にいさせてください!」
というわけで、俺は幽霊に取り付かれた。