第五話 コンサル出身の企業人
物腰の柔らかい同僚。
淡々と正論を語る部下。
心がささくれ立っていると、
大事なものほど、見えなくなる。
歪んだ音は、まだ気のせいだった。
席に戻って、朝コンビニに寄って買ってきたペットボトルの水を流し込む。
会議中にあった携帯の着信を確認するか、未読メールを開くか……。
隣のエリアで、今の主力製品のプロマネ、池田がちょうど電話を切ったところだった。
席にも腰掛けずにPCの画面を覗いていたところ、池田が声をかけてきた。
「お忙しそうですね、内田さん」
「あ、池田さん……。
私の処理能力の問題ですね」
苦笑いをしながら返事をした。
「急な事で、本当に大変ですよね。
でも、いろいろと教えてください。
プロマネ同士助け合っていきましょう」
それだけ言うと、会釈をしながら自分の席に戻っていった。
席に戻ると、直ぐに電話を取る。
「……そうおっしゃらずに、何とかお願いしますよ」
機敏に行動しながらも、落ち着いていて、物腰も柔らかい。
池田は長く今の主力商品に携わっているため、自分が担当している新商品のプロマネへの異動希望を出していたとも聞いた。
コンサル上がりで、業界の人間では無いが、万事そつなくこなしているような印象を持っていた。
特に警戒はしていなかった。
ーーー
働き方改革。
役員連中も、公の場では満面の笑顔とともに、従業員への思いやりの言葉を繰り返す。
でも、直後の幹部が集まる会議では、短いタイムラインで厳しい課題や目標を無表情に語る。
人事担当者も、教会の牧師の様に、美しい言葉を並べる。
労使協定に基づいた一般職の社員の残業時間を守る、正義の味方。
最後は自分のような中間管理職が、目標を達成できなくても、労使協定を破っても、責任を取る。
電車の中で自分を突き飛ばした男も、働き方改革を最重要課題として語る人事担当者も、株主からのプレッシャーしか頭にない役員も、等しく嫌悪感を感じる。
ささくれだった気持ちは、あらゆる事象に対する耐性を低くしていた。
ーーー
とっくに就業時間が過ぎている時間に、こんなことを考えながら席に戻る。
すると、マネージャ職の中山が、滑らかにキーボードをたたきながら画面に向かっていた。
「悪いね、遅くまで」
中山に近づいた。
「いえ、今は仕方ないです。
何とかしましょう、内田さん」
一瞬こちらを向いたが、直ぐにPCのモニターに顔を向ける。
「ワークショップの準備してくれてるの?」
「はい。今週末なので、なんとか仕上げますね」
「どんな感じ?」
本当は進捗が気になって仕方がない。
何を考えているのか教えて欲しい。
でも、これだけ必死に頑張ってくれているところの邪魔もしたくない。
「もう少しでまとまるので、そうしたら相談させてください」
すでにパワーポイントは何枚も作成されていた。
そこで、目に入ったのはSWOT分析のテーブルだった。
若手の山口にはやんわりとSWOT分析を否定した。
それをコンサルから来た中山が、ワークショップで使おうとしているのか?
「SWOTをやるの?」
中山の作業を邪魔しないように気をつけて、言葉を選んでいた努力を自ら台無しにして、つい言葉が出てしまった。
「はい。もう時間が無いので」
「でも、いきなりSWOTはまずくない?」
中山は、自分の言葉を聞いて、手を止めた。
そして顔をこちらに向ける。
「どうしてですか?」
中山は淡々と口を開いた。
「今回のワークショップは、製品の特長やプロファイルを定義する事を主眼と考えていたから……
いきなり強み、弱みの話から始めるのは、本末転倒にならない?」
あくまでも冷静な中山。
「そこは、私もぶれてないです。
ただ、異なる背景のある皆さんで話をする時は、頭の中にあるものを全て出してもらうのがいいと思うんですよ」
「でも、いろいろな評価軸はどうするの?
古典的な新規参入・代替品・買い手・売り手・既存競合の枠組みでインプットをしてもらってから、イメージを共有したほうが良かったりしないかな……」
作業が終わったら提案する、と言っていた中山の言葉をすっかり忘れて、SWOT分析の一枚で動揺してしまっていた。
「でも内田さん、十分に時間があれば一つ一つ片付けていくのがいいと思うんですよ。
でも一日でなんとかしないといけないので」
「急がば回れにしないと、結局まとまらなかったらまずいよ」
中山は、PCのモニターをこちらに見せるように、別のスライドを出してきた。
「それは、私と内田さんで後付けでまとめたらいいと考えてます。
ワークショップでは、皆様の得意な領域から、自由に話を出してもらって――
その後で二人で枠に当てはめていけば、それなりのものができるのではないでしょうか」
そのスライドには、自分が考えていた枠組みや分析手法の空白テーブルが示されていた。
でも、自分の中では過去にSWOT分析からはじめて、小学校の学級会のような議論になった忌まわしき記憶もよみがえっていた。
「でも、内田さんがこうしたい、というのがあれば、従いますよ」
あくまでも冷静な中山。
"上司が部下を教育する"
自分と中山には、そんな構図が成立しない、そんな気分だった。
「いや、作業してくれている途中で口をだしちゃったね。
一通りのことは押さえてくれているみたいだから、いったん出来上がったら見せてくれる?」
「わかりました」
また中山は高速なリズムでキーボードをたたき始めた。
さっきよりは、キーを叩く音が、気持ち大きくなっているような気がした。
ーーー
いつ終わるとも目途がたたない未読メールの処理をしていたところ、中山が近づいてきた。
直ぐ近くに椅子を持ってきて、小声で話かけてくる。
「内田さん、最近本部長とお話されてますか?」
「そうだね……こうやって火の粉を振り払いながら過ごしているから、なかなかね……」
こちらも、つられて声を潜めた。
「となりのチームの池田さん、頻繁に本部長と話をされてますよ。
内田さんも、少し本部長と密にしていただかないと、何を言われるかわからないですよ」
中山も、池田もコンサル上がりだった。
このあたりの根回しや上層部との関係構築には、人一倍気を配る。
「そうだけど、ここは踏ん張り時だよ。
いいアウトプットを出して、それがあって初めて本部長も時間を割いてくれる。
まずは、無事に発売させること、今はそれに集中しよう」
でも、中山は納得していない様子だった。
「池田さんはこの注目の新製品をやりたかったみたいですから。
営業幹部とも、我々のやり方に批判的な話もしているみたいなので、心配です。
アウトプット以前に、営業本部長から評価されなかったらまずいですよ」
コンサル上がりだから、根回しや評価を気にし過ぎるのか、自分のわきが甘いのか、その時は判断がつかなかった。
何より、分単位で会社全体から追い立てられている心境で、いつ、どのような口実で本部長と話をしたらいいかも、思いつかなかった。
いや、真剣に考えていなかった。
ーーー
正しい事を言う有能な部下として中山を見ながらも、ささくれ立っていた心の中には、言葉に出来ない不愉快な気持ちが自然と沸き上がっていた。
お読みいただきありがとうございました。
最善を尽くそうとするビジネスパーソンであっても、都度都度の判断や決断には傾向があったりします。
本当にベストの選択だったのかは、後になってみないとわかりませんよね。
たたき上げの上司と、正論を語る部下。
その間に、正しい言葉はどう届くのでしょうか。
親切な同僚を、警戒する必要はあるのでしょうか。
この後も内田の試行錯誤は続きます。
引き続きお付き合いいただけたら幸いです。




