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プロローグ

「本当に、がっかりしました……」


自分が注文したラテと、佐伯が注文したカプチーノを席に運んだ。

席に腰を降ろしたとたんに、語り掛けてきた。


「そう言ってくれる人がいるだけでも、嬉しいよ、俺は」


佐伯とは、在職中、仲が良いわけではなかった。

それどころか、仕事は頼みにくく、こちらの成果物にも批判的な言葉を投げかけてきていた。

ボーイッシュなショートカットで、媚びる事も、妥協する事も無い仕事ぶりの女性。


その佐伯にあこがれた、取り巻きのような女性達も多く、扱いづらい。

そう思っていた。


「ろくでもないメンバーだけになってしまいました。

まともな人は、みんな辞めてしまいました……」


自分が、まともかどうか――

その基準を見失っている。


でも、佐伯が言う”まとも”というカテゴリーに、入っている。

文脈上は、そのように理解をした。


「今でも、あいつら、内田さんが突然辞めて困ってますよ。

内田さんを追い出した報いですよ」


ーーー


あらたな商品は、絶対に役に立つ、人を救う価値がある。

プロマネとしても、これまでの経験をすべて結集して、世に打って出よう。

生涯をかけて、社会に貢献しよう。


……その決意で、死に物狂いで働いていた。




今から一か月前。


本部長に呼ばれた。

チームのパフォーマンスについていろいろと聞かれた。

ふと、本部長が手を載せている机の上に、裏返しの紙が目に入った。

紙の裏に、整然とした四角の図形が透けて見えた。


組織図――。


ああ、そういう事か……。


「本部長、もういいです……。

その紙、お見せください」


本部長は新しい組織図を見せる。

自分の名前は、本部長に直線で結ばれている。


「組織を変えたいと思っている」


本部長が、静かに言葉を投げてくる。

自分のチームが、ライバル製品のプロマネの下に組み込まれているのも見える。


「お時間を取らせました」


頭を下げ、本部長室から出た。

会社は訴えられないように細心の注意を払う。


でも――戦力外通告。

明らかだった。


ーーー


「山下なんて、今でも悪口言ってますよ。

自分のことを棚に上げて!」


佐伯がますます、怒っている。

自分のために怒っているというよりは、山下のやり方に腹が立っているのだろう。


「俺は、山下は数少ない味方だと思ってたんだけどね……」


思わずため息が出た。


ーーー


「私も、内田さんのおっしゃることが、正しいと思いますよ」


常に自分の言う事に賛成し、良く動いてくれて、山下を信頼していた。


その山下が、ある時本部長の出張について行ったことがあった。

どうしてリーダーの自分ではなく、山下が行くのだろう。

ふと、疑問に思った。


でも山下は出張の前に、こう言っていた。


「内田さんの話、本部長にしておきますよ」


それで安心してしまっていた。


ーーー


「あいつでしたよ、内田さん。

あることないこと本部長に吹き込んでいたのは。

今も、まだ言ってますよ」


佐伯の怒りは止まらない。

この正義感の強さが、自分が働いている時は煩わしかった。

でも、今は……そんな自分を恥ずかしく思う。


新人の頃から、ゴマする人を軽蔑していた。

今でも、力も無いのに、機嫌をとる事にかけては名人の社員たちは多い。

好きではない。


自分へのあたりの心地よさで、人を判断してはいけない。

そう思いながらも、この体たらく。


味方を遠ざけ、敵を引き込む。

自分がリーダーになった時に、これほど人を見極められなかったとは。


「佐伯さんは、今は大丈夫ですか?」


少しだけ、佐伯はカップの底にたまった、カプチーノの泡を見ていた。


「言われたことだけします。

もうばかばかしくて……」


「でも、佐伯さんが動かないと、まずいですよね」


「知ったことではないわ。

私も外されましたから」


プロマネと違って、佐伯の仕事には特殊なスキルが要求される。

簡単に人を変えられるはずはない。


「恩知らずな会社ですね……」


自分に佐伯を慰める資格は無い。

でも自分と違って、佐伯はしっかり生きていける。


自分が不幸だと、他人は良く見えるからそう思っているのかもしれない。



夕方になり、カフェを出た。


「佐伯さん、ありがとうございました。

なんだか、気が楽になりました」


自分に対する親切だったのか、自分のおかれている境遇への愚痴だったのか……。

いずれにせよ、味方がいてくれたのは、純粋に嬉しい。


「内田さんも、お体に気を付けて」


そう言うと、佐伯はぴょこりと頭を下げて、速足で地下鉄の駅の入り口に向かっていった。

そのてきぱきした仕草は、相変わらずだった。


ーーー


ここまで順調だった、それなりに……。

業績もそこそこ、役職は同年代では先を進み、ヘッドハンティングもあった。

子供たちの学費がいよいよ必要になる時、戦力外通告を受ける。


腹の中は怒りなのか、焦りなのか、良く分からないけど、熱い。

それが耳まで熱くなる。


何を言っても聞いてもらえないという環境で、言葉は無力。

つい話過ぎる、という自分を戒めながら、それでも話してしまったのが、これまでの自分。

今は、ただただ奥歯をかみしめ、言葉を出さない。

……出せない。


自分自身に起きている現状を受け止めきれない。

でもその現実の重みは、否が応でも感じ取っている。



そこに、携帯のショートメッセージにメッセージが届いた。


”合格ですよ。良かったですね”


面接していた会社からの合格の連絡。

過去に務めていた会社の人事部長の助けもあって、面接をしていた。


天を仰ぎ見た。


ああ……良かった……。


久々に、自分の身体に温かい血が流れるような感覚。

呼吸も止めてたのかと思うほどに、空気を吸っていなかった。


今度こそ。

間違いを起こさない。

お読みいただきありがとうございました。


戦力外通告を受け、はじめて思い知らされました――誰が味方で敵だったか。

そして、重苦しい現実は、内田を締め付けていました。


次回より、外資系プロマネの戦いの場面をお送りします。


どうぞお付き合いくださいませ。

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