51.ミノタウロス(2)
「そういえば徘徊型ってのはなんだ? ダンジョンの魔物はみんな徘徊しているだろう」
「ああ、それはですね。行動範囲がとても広い強敵のことを言います。今回のミノタウロスは第三階層を徘徊していますが、どこにいるのか見当もつきません。突然ばったり遭遇したら全滅ものですし、運が良ければ一度も会わずに第三階層を探索できるでしょう」
ベルが得意満面にそう言った。
「ふうん……鬼ごっこみたいなもんか。じゃあ俺たちはそのミノタウロスを狩る側だな」
「……本当に狩るんですか? 迷宮の守護者は伊達ではないと、先輩方から聞いたことがありますよ?」
「ふうん? まあなんとかなるさ」
シガンは刀を鞘ごと抜き、地面に突き立てた。
「《この鞘が倒れた方向にミノタウロスがいる》」
パタリ。
「おっと」
倒れたのはシガンのいる方だ。
どうやらシガンたちの背後の方向、つまり今まで通った道にいるらしい。
「…………さっき逃げた連中、大丈夫だったかしら」ターニアが表情を曇らせる。
「急いだ方がいいかもしれないな。よし、小走りで行こう」
シガンのパーティは比較的、どころかかなり軽装だ。
シガンは防具をつけないし、ガールは薄いボディスーツにワンピース。
むしろ後衛たちの方が革の胸当てや胴鎧を身に着けている分、重装備だ。
ただしこれを重装備だなどと冒険者ギルドで口に出そうものならば噴飯ものだが……。
「やめてくれ! こいつはまだ新婚なんだ! ……ほら、早く逃げろ!」
「でも!」
「ちっとは格好つけさせろよ。俺らだって冒険者だぜ? 死ぬ覚悟はいつでもできている。でもお前の奥さんは別だろ?」
「行けよ。そして伝えてくれ。第三階層には徘徊型のミノタウロスがいるってな――」
「く……みなさん。ごめんなさい、すぐに助けを呼んできますからッ」
なにやら半壊したパーティでドラマがあったようだが、それはそれとしてミノタウロスの巨躯を目の当たりにしたシガンたちは、揃って無言を貫いた。
ベル、アティ、ターニアには強敵として映った。
ガールにとっては狩るべき魔物として他の魔物と変わらないと考えた。
シガンは――懐かしいマヨイガの鬼と同じくらいの大きさだなあ、と感慨にふけっていた。
「おい、《こっち向けよ、ミノタウロス》」
牛頭が背後から迫る強敵に気づいた。
否。
強敵どころではない。
それは己に死をもたらすものだと、本能的に察知した。
体ごと背後にいたシガンたちに向け、巨大な戦斧を構える。
戦いが始まった――。




