180.帝都にて(1)
北の国境の砦、崩壊。
帝都にて、その報は衝撃をもって迎えられた。
宣戦布告からまだ2週間と経っていない。
いくら野盗によって流通網が寸断され疲弊気味にある帝国でも、国境の守り、ひいては補給や伝令に手を抜くなどあり得ない。
現に南側にある国境の砦は未だ健在。
皇帝シュナウザーは息も整わない伝令に厳しい視線を向けて問うた。
「そなたが見たものを包み隠さず、この場で申せ!」
「は、はい! 私は国境の空が白く染まったのを見て取った衛兵隊長より国境の砦の様子を見てくるよう命じられた隣街の兵士です。国境の砦へは補給物資も届けたこともあり、道に迷うこともなく砦にたどり着くことができました。そして見たのです。ボロボロに溶け、もうもうと湯気を上げながら崩れた砦と、その周囲の大地を」
「ではそなたは直接、砦の崩壊する様を見たわけではなく、何らかの攻撃によって既に陥落した砦を見たわけだな?」
「は。そのとおりでございます! 王国側の砦が無事なのを見て、私は慌てて街に戻り衛兵隊長に報告。そしてその重要性から、帝都に馬を三頭潰して駆けてきて、今に至ります!」
「ふむぅ……白い光か。それは恐らく王国の魔術なのだろうが、砦を溶かすほどの熱量を生み出す大魔術だと? 想像もつかぬ」
「いいえ、決して私は嘘など――」
「ああ、いや。そなたの言を疑っているのではない。ただその手段が想像できぬというだけだ。砦が溶けた、と言っていたな。石造りの砦が溶けるような状態……やはり想像がつかぬ。他になにか見たものはあるか?」
「黒焦げになった死体のようなものでしょうか。砦の兵士かと思われますが、かろうじて人の形をしている有様で正視に絶えず……」
「仕方なかろうな。よく分かった。疲れたであろう、ゆっくり休むがよい」
「は、はい!」
伝令にやってきた兵士を下がらせて、皇帝シュナウザーは居合わせた重鎮たちに問うた。
「それで。恐らくは魔術だろうが、心当たりのある者はいるか?」
シンと静まり返り、互いの顔を伺う重鎮たち。
彼らも戸惑っているようだ、と判断して、皇帝は列の端にいた宮廷魔術師に問いかけた。
「では宮廷魔術師ギュスターヴに問おう。空を白く染め、砦を溶かすような魔術は有り得るのか?」
「私が知る限りは聞いたことも見たこともございません。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「そのような新しい魔術を編纂したか、発掘したということなら筋は通りましょう」
「編纂はともかく発掘とは? 古代文明のことを言っているのか?」
「御意。古代文明には優れた魔術があったそうですから、それを発掘した可能性が高いですな。編纂したとなると、私ども宮廷魔術師にも作れない道理はないのですが、残念ながらどうやったらそのような膨大な熱量を作り出せるのか想像もつきません。未知のスクリプトによる魔術であることは確かでしょう」
「ふむぅ。魔術師を暗殺するしかない、か? いや指揮官をか。なにはともあれ、行使した魔術師の特定をせねばならん」
「皇帝陛下。そのような危険な魔術を全ての兵士に覚えさせているとは思えませぬ。指揮官についている魔術師を特定すれば、自ずと使い手に行き着くのではないでしょうか?」
「なるほどな。では『暗闇』に一働きしてもらうか」
ザワリ。
皇帝の放った言葉にその場の重鎮が顔を見合わせ震えた。
存在を噂されていた皇帝直属暗殺部隊『暗闇』。
それが皇帝の口から実在と、そして動かすという言葉が出た――。
戦争は始まったばかりだというのに、早くも切り札の投入合戦になりつつあった。




