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異世界、と聞けば最初に思い浮かぶのはファンタジーだ。
妖精、怪物、魔法。科学では説明もつかない想像の世界。
それなのに、生まれた先は中世っぽい世界。
本当に全てが中世のそれだったとしたら、前世の知識でもしかすれば活躍出来たかもしれないけれど…。
少し考えて、いや無理だな、と悟る。
機械工学とか知っていれば無双できるけど!車の作り方なんて知らないし、ていうか乾電池すら一から生み出せないんだよ?
医学知識もないし…手洗いうがいが風邪に有効だよ!って言ったところであまり効果はないだろう。
なんにも持っていない。それどころか、男性にもときめいたことがないからかイケメンにすら興味がない、おそらくこの世で一番転生に向いていない人間だろう。
なんの因果でこうなってしまったかは分からないけど、とりあえず私が主人公になって活躍することはきっとない。ああ言い切ってやる、絶対ない。
しかもこの世界、中世っぽいだけで技術面は全然中世ではない。
ゲームの世界ゆえかもしれないが、蒸気機関車の開発も運用一歩手前だし、医学はワクチンもあるし、電気も既に王城で試験的運用をしてるらしい。全部新聞に載っていた。
つまり、私の前世で知ってることを言ったところでなんの意味も無さないのだ。まあ…飛行機の存在を知ってても作れないなら知らないのと同じだからね。
というか本音を言えば、技術面が進歩しててくれて本当によかった。特にトイレは凄い。
屋上に雨水を貯水出来るスペースを作り、濾過してトイレの水にしているのだ。
それをトイレタンクに上から流して、レバーを動かせばからくりで一定の水が流れる寸法になっている。
トイレに初めて入った時に、あっなんだ水洗式トイレってことは電気もあるんじゃん、とか思ってたくらい。
中世といえば不清潔で不衛生なイメージしかなかったから本当に本当に良かった。心から感謝。発明家は偉大である。
ガタン!と音とともに馬車が大きく揺らぐ。
「った!」
「大丈夫ですか?」
「ええ、平気」
長時間の同じ体制で、凝り固まったお尻が強く打ち付けられて少々痛んだ。
いくらクッションを敷いてあるとはいえ、やはり辛いものは辛い。
今どこにいるかと問われれば、学園でも自宅でもない。その道中である馬車の中だ。
8月の終わり頃から、9月の終わりまで夏休みになり、自宅へ帰る道中、というわけだ。
しかしうちの家は王都からかなりの距離があるため、こうして朝4時半に迎えに来てもらい、9時間馬車を走らせていても一向につく気配はない。まだまだ長い道中、思いを巡らせて暇を潰すことにしたのだ。
目の前の端正な顔立ちの彼をみた。私の視線に気付いたのか、目線が合うと嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しそうね」
「ええ、ようやくお会いできましたから」
我が家の馬車とともに迎えに来てくれたのは、今目の前にいるジルだった。
どうやら、苛烈な”ユーメリー様お迎えトーナメント”に優勝してきたらしい。
トーナメント出来るほど立候補者がいたんだろうか。
久しぶりに会ったジルは、顔に出さないようにしているがそれでも滲みでていてあまりに素直に嬉しそうだったから、次はどんな悪戯をしてやろうか考えていたのに頭からすっ飛んでしまった。
「やはり、2時間ごとに休憩にしましょう。多少、外を歩くだけでも…」
「私は大丈夫よ。休憩は、馬のための4時間ごとで十分。たくさん手紙をくれた人たちに早く会いたいの」
「…メリー様、しかし」
「心配してくれるのは嬉しいわ。ジルとも、久しぶりね」
提案を押し切られてしまう前に話題を変えれば、素直にそれに乗ってくれた。僅かだが、顔も綻んでいる。
「ええ…お会い出来て本当に良かった。学園生活はいかがですか?」
「勉強は楽しいわ。今まで教わったことばかりだから、苦労もないし…。ただ、そうね。部屋に帰ってもみんながいないのは、少し寂しいかも」
「やはり今からでも遅くありません。旦那様に進言いただければすぐにでも」
「いーやーよ。確かに、ジルやアリーサ…ツヴァイと遊んでいた頃が一番楽しかったし、一番心残りだけどそれに甘えたくないの」
「いえ、他の人はいいので私だけでも呼んでいただけますか。というか私だけでいいので」
「相変わらずブレないわね…。悪いけど、それをする気もないの。一人暮らしなんて学生時代にしか出来ないもの。それに、あなた達がいることの有り難みも前よりずっと分かるようになったのよ?」
私を一番心配してくれているであろうジルにそう投げ掛ければ、もう何も言えなくなったらしい。
納得はしていない顔だけど。
「ていうかね、毎週毎週手紙を送ってくれるけど、無理して書いていない?忙しいでしょう?」
「それは、暇ではないですが。メリー様に会えない上に連絡も取れない方が嫌なので」
「言い切るわね…。他のみんなは元気?」
「皆、メリー様に会いたがっています。ツヴァイ様も来年には入学しますから、勉学に励んでおられますよ」
「そうなの。会うのが楽しみだわ」
楽しみなのは、本心だ。なにせみんなへのお土産も、昨日たんまりと街で買ってきたのだ。
騎士も2人連れて、たくさん運んでもらった。うちは田舎だから王都のお菓子に喜んでくれるだろう。
心優しく、慕ってくれている使用人たちにお菓子を渡した時の笑顔を想像して、胸が少し温かくなった。
「よろしい、ならば戦争だ」
それがどうして、こうなってしまったのか。
確か私は馬車の中で、私が帰ってきたことに喜び、笑顔で暖かく迎え入れ、お土産に喜ぶ使用人たちを思い描いていたはずだ。
それがどうだ、現実は。
無駄にふかふかしている父の書斎の豪華な椅子(移動されて居間に持ち込まれた)に座りながら、虚な目で目の前で繰り広げられる使用人たちのバトルを見ていた。
「ふっ、ふふふふ!あらあら、所詮、男性は女性の心理が分かりっこないんです。いい加減に諦めたらどうですか?」
にんまりと悪役令嬢もびっくりな意地の悪い笑みを浮かべるのはアリーサだ。
「その強がりもいつまで続くのか、見ものですねえ。今までの私が全力であったと、そうお思いですか?」
神経を逆撫でするような嘲笑じみた声を出すのはジル。
「いい加減、姉弟水入らずの時間を過ごさせろよ。これ以上邪魔するなら、お前らでも許さないからな」
苛立ちを隠すことなく表に出しているのはツヴァイ。
「いやぁ〜みんな強いなあ」
あはは、と呑気に笑いながら楽しそうに手持ちのカードを見つめるのは、最近入ったばかりだという庭師のシオンだ。
年は15で平民らしいが、その腕を買われてうちの屋敷お抱え庭師になったらしい。
そして今、何をしているかと問われれば。
「!!来ました、UNO!」
「あーっ!ジル、次ドロ4出せ絶対にだ!」
「ツヴァイ様ー、たとえ私がドロー系持っていても順番変えていただけないと無理ですよ」
「いいぞアリーサちゃん!俺は君に賭けてんだからな!」
「頭いい癖に負けんじゃねーぞ、ジルトレ!」
やいのやいのとヤジを飛ばすおじさん達の言葉を聞いて、シオンが少しいじけたように唇を突き出した。
「てか、誰も俺に賭けてくれてないわけ?おかしくない?新手の新人いじめ?」
「シオンは弱そうだからなー」
「けど意外と持ち堪えてるのはすげーよ」
「全員俺が負かすから関係ないけどな!」
「期待してますよ、ツヴァイ様!」
そう、今まさに、主(ユーメリー)を賭けた賭博UNOの真っ最中だった。




