…などと意味不明な入学式
結構な距離を歩き目的地のエリア5に入り、ホールにたどり着いたが、これまた人でごった返していた。また、ホール自体も、桁違いに大きな建物だった。何せ学院の規模は半端じゃないので、その分生徒の数も多い。
このホールは京介が所属する情報処理科の生徒だけが集まっているはずだが、それでもすごい数の生徒が一堂に会している。
座席はアーチ状になっており中央に舞台が設えてある。まるで何かの競技場のようだ。
「ただ今より第129回、蒼月館高校入学式を開始します」
ⅹクラスの列を発見し持ち場について、程なく入学式は幕を開けた。
会場は張りつめた空気が漂っており、沈黙そのものが音となって聞こえてきそうだった。
この学校は創立100年以上ということもあり、伝統あるうんたらかんたらで、在籍を許された学生や教師も皆プライドが高そうだ。
開始早々睡魔に襲われる京介だったが、舞台で演説を始めた生徒の声で、その睡魔は斬り伏せられた。それは、京介のよく知る声だった。
「塔暦216年、我々はこの蒼月館高校に入学しました。我々第129期生のためにこの式を開催いただきまして、誠にありがとうございます。月の一字を名字として賜り、この学校に在籍できることを心より誇りに思います」
テンプレ通りのお決まりのあいさつ。くそ真面目な朔らしい。
「我々は、この情報処理科で深淵たる知識やハッキング技術を学び、将来のために自らのスペックを上げていきたいと思っております。我々はまだ未熟であり、その技術も拙く、ともすれば暴走しがちではありますが、先輩方や先生方のご指導の下で、この学校の名に恥じぬスキルを身に着けた人材になることをここに誓います。生徒代表、1年aクラス弓月朔」
「………………………は?」
(あいつ、今訳わかんないこと言わなかったか?)
ハッキングがどうとか聞こえたような気がした。しかし周りを見渡しても、誰も違和感を覚えてはいないようだった。
「続きまして蒼月館学院長、挨拶」
困惑する京介をよそに、式は滞りなく進行する。ステージが遠いせいでチラリとしか見えなかったが、やたらイカツい男だった。この恐ろしい顔面とオーラを持つ学院長がいったいどんなことを喋るのか。ホール中の人間が身構える。
「………………………………………」
え、何この間? 放送事故? 会場内がにわかにざわめき始める。
学院長はマイクの位置を調整したり、演説台の位置を変えたり咳払いをしたりで喋る気配がまるでない。喋る内容を忘れたのだろうか。
何でも良いから早く喋って終わらせてほしいと切に願う。どうやら見た目に反してかなりマヌケな人物のようだ。
学院長挨拶。どうせまたグダグダと長い口上を並べ、生徒を何人も保健室行きにするような退屈なものだろう。
それよりも朔のあの挨拶だ。とくに疑問を持った奴はいなさそうだったが…。入学式何て誰も真剣に聞いてないということだろうか。
京介が思考の旅に出発して、目を閉じかけたその時だった。
「諸君らは大多数が名字なしであり、言い換えれば親に廃棄された子供ということになる!!!!!!!!!!」
まず生徒達を襲ったのは、衝撃波。
不意打ち気味にものすごい轟音が会場に響き渡り、建物がビリビリと震えた。
京介と同じ様に気を抜いていた生徒がかなりいたらしい。驚愕に顔が、否全身が固まっている者もいれば、学院長の覇気に当てられて、本当に保健室送りになっている者も多数いた。
「名字を得られた子供たちは幸せだなあ。政府に登録され、食事・住居・医療、これらすべてを一定年齢まで保障される。死なないように管理される。それに比べて名字なしは何の保証もなく、自ら金を稼がねば生きてはいけない。不平等だと嘆き悲しむか? そうだ。平等などという言葉は幻想である!!!!」
何というすさまじい演説だろうか。そのうち巻き舌になってきてオールハイル(万歳)・蒼月館!! とか言い出すんじゃないだろうか。
京介がそんなことを考えている間にも、演説は緩急をつけつつよどみなく続いていく。
「この世界は嘘に満ち満ちている。“バベルの極光”以前、世界中の人々は互いに異なる言語を話し、意思疎通もままならなかった。しかし! その日突如出現した天にも届く光に世界が包まれた時、我々人類は、隣人の言葉を互いに理解できるようになり、争いは過去のものとなり世界は一つに統一された。そう歴史には刻まれている。それから年を数え、現在は塔暦216年だ。だが!!!!!!」
そこでまた何人かがお倒れあそばされた。どうやら学院長の!マークには攻撃力があるらしい。しかも緩急付けて喋るため、いつ来るかは分からない。そのため一切油断はできなそうだ。
「現実には世界統一などまやかしだ! 人は互いの言葉を解することができるようになった程度で、共存するようには出来ていない。諸君らは北の国、ルージアの現状を知っているか? 奴らは他国との協調を拒み、世界中で子供をさらっては工作員や干渉者に仕立て上げ、戦力を整えている。EUでは、表向きは一枚岩を装っているが、旧時代から続く民族対立が深刻化し、火種が燻っている。我が国でも、新月と呼ばれる反体制の者ども、さらにファルスト教団などという輩、力を求める者たちは後を絶たない。争いの芽はそこら中に存在する。しかし、多くの国民は安穏と日々を過ごし、それが永遠に続くと思っている。他人を、世界を見ない!」
学院長はそこで一呼吸置いて、生徒席を見回した。
「だが、諸君は気づいているはずだ。この世界の本当の姿に。この世界に接触することで、力を知ったはずだ。目が覚めてから、改めて見た世界はどうだ。この造られた世界の嘘を知って抱いた想い。それを大切にしろ。そして、各々能力を磨け! この学校で得た知識は必ずや諸君らを助けるものとなるだろう。これからの学生生活を大切にするがいい。以上!!!!」
まともなことを言っているのは確かなのだが、迫力がありすぎて恐い。まだ耳がビリビリいっていた。学院長のすさまじい演説は置いておいて、式は滞りなく進んでいった。
「次に情報処理科生徒会長、私鷲月レイより学生生活における注意点と校内での禁則事項を説明します」
チーフ・エンジニアと名乗ったその人―この学院ではその規模の大きさに対応するため、学科ごとに生徒会が存在し、情報処理科の生徒会はエンジニアと呼ばれている。(学園紹介パンフはバッチリ目を通したぜ!)―は凛としていて、大変に綺麗な人だった。
だがちっちゃい! 演説台から顔を出すために踏み台に乗っているらしい。ああ、あの強面校長を見たあとだから超癒されます。チーフ先輩!
「―――と校内での実習以外でのハッキングは原則禁止です。今はまだ、自在に使える生徒は少ないと思いますが…。これから皆さんはハッキングの知識、技術を学ぶことになります。ですが、無闇に授業外で使用すると、最悪退学処分となりますので留意してください」
「……………………………………………はい?」
今日は訳が分からないこと言う奴が多い。でもあの先輩は冗談を言う人にはとても見えない。身長は冗談みたいだが…。でも、いくら情報処理学科っていってもまさかハッキングなんて…。普通に犯罪じゃないか。情報処理学科で流行っている小粋なジョークなのだろうか?
「それと、今この蒼月市で起きているブラックドール事件なるものですが…。断定はできませんが悪性干渉者による犯罪の可能性が高い。そのため“銀色の魔弾”が調査に入ることとなりました。生徒の皆さんは無闇に事件を探ったりしないように。それと、下校の際はくれぐれも注意し、なるべく単独行動は避けてください。以上です」
「ぎんいろの…まだん?」
またも聞きなれない単語が出て、京介はいよいよ情報処理が追いつかず頭痛を覚えた。そんな京介をよそにプログラムは滞りなく進行していく。
「それでは最後に、新入生代表と在校生代表による模擬試合を行います」
チーフの言葉を受け、舞台の演説台がステージ下へと消えた。
「在校生代表、学院統括生徒会長、蒼月要」
アナウンスとともにステージ右より現れたのは、長身の男。京介からは遠くてよく分からないが、体に針金が一本通ったように背筋がピンと伸び、如何にも厳しそうな雰囲気を醸し出している。
そして新入生代表として再び朔がステージに立つ。
しかし、模擬試合とはどういう事なのだろうか。朔は中学から剣道をやっていると言っていたが、その試合をするのだろうか。しかし見たところ二人は竹刀を持ってないし、第一制服だ。
訝しがる京介をよそに、会場は静まり返り、二人の動きを固唾を飲んで見守るのだった。




