古傷が痛む…
教師がいなくなった途端クラスに徐々にざわめきが生じ始めた。それぞれが自己紹介をしたり、担任の法月についての感想など思い思いに会話をしている。
ちなみにあの赤髪変態ことワイスは女子生徒のところばかり行っては話掛けまくっていた。そしてやっぱり、ことごとく適当にあしらわれているようだった。やはり、顔はいいのに口を開くと残念なヤツらしい。と、どうでもいいようなことを京介は考えていた。
「ねえねえ、京介クン。キミって変わった名字もらったんだね。月見里って。どんな能力使うの? 良かったら教えて欲しいな」
隣の席の女子が話掛けてきた。おっと、これはいきなりのチャンスタイム。などと京介は邪なことを考えたが、女子の言葉の中にまた変な単語が混じっていたことが引っかかった。
「え、能力って? もしかして…ハッキングとかいうヤツのこと?」
京介はそう尋ね返すことが精一杯だった。
「うん、そうだけど…ほほう。トボけますか~。もしかして京介クンって俺は誰にもこの力のことを教えられないとか言っちゃう武闘派な人? なるほど、キミも月に選ばれし夜の眷属というわけだね。分かるよ」
「…?? 何だ、それ? 違うよ、俺はハッキングとかよく知らないんだ」
「ええぇぇ!? ウッソ、マジ? だって京介クンって校門のとこであの朔サマと親しげに話してたって聞いたよ。だからすごい能力者なんだろうって皆噂してたのに…」
「みんな朔のことを引き合いに出すんだな。っていうか朔サマって何だ、サマって!?」
「う~ん。もしかすると、君は自覚していないけど、暴走した際は禁呪とされている忌むべき力が発動する、とか? …やはり京介クンは要チェックだね。私の闇夜の詩篇に刻んでおくわ」
そう言って隣の席の女子は何を納得したのか不明だが、しきりに頷いたかと思うと、ブラック・ノートと彼女がよぶソレ(どうみても普通の日記帳)に何やらメモをしていた。
-気のせいだろうか。1、2年前、自分がまだ中学生だった頃、何かこんな痛々しいような言葉を頑張って喋ってた気がする。なんかそれを思い出してむず痒くなってきた…。せっかくのチャンスだと思ったけど、彼女と仲良くなるには俺の器は小さすぎるようだ。
古傷が開き心が痛くなった京介は、適当に話を切り上げつつ後ろの席のクラスメイトの会話に耳を傾けてみた。
「――ということはまさにその時、世界に接触することが出来たという訳ですかな」
「ああ。その時僕は気づいてしまったんだ。世界の欺瞞に。この世界では裏で巨大な組織が糸を引いていて、真実をひた隠しにしており、それを牛耳っているとね」
「へえ、つまりあなたもその事実に嫌悪した口なのね。ちなみにあなた達は既に√を行使するまでに至っているのかしら?」
「いや、小生はまだで候。貴殿は?」
「僕もまだだ。……いや、僕は既に至っているのかもしれないな。自分でも預かり知らぬうちに。でも僕はまだ使わない。僕が√を真に使うとき、それは本当の自分を見つけ出した時だ」
何をいっているのかさっぱり分からないが、皆普通に会話している。
(俺がおかしいのか!?)
「京介君…といったね。君はどうだい? やはり相当な能力を持っているのか」
京介が苦悩していると、後ろの席の自分探し真っ最中のカレに肩を叩かれた。俺がこの会話に入れるのか? と京介は思ったが、半ばヤケクソ気味に覚悟を決め、会話に参加する。
「いや…俺は実は無自覚者と呼ばれる存在なんだ…どうやら俺もまた本当の自分を探しあぐねている迷える子羊といったところみたいだ」
(何を言ってるんだ…俺)
「……ほう。貴殿が無自覚者とは意外ですな。あの弓月朔殿と懇意にしていたそうなので、小生は貴殿も魔術師級と踏んでいたのですが」
「とんでも無い。俺の力はどうやらまだ眠ったままらしい。来るべき約束の日まで目覚めることは無い…だろうな」
(通じたよ!? っていうか無自覚者って何だよ!)
「ふ~ん。何か物語の主人公っぽいわね。じゃあ、その約束の日とやらは何のことかしら?」
「……それは訊ねてはならない。組織に消されるぞ!」
足りない脳みそをフル回転させて何とか会話を続けていたが、そろそろ京介は限界だった。
「組織とは…もしや“銀色の魔弾”のことを指しているのですかな」
京介は適当なことを言ってお茶を濁そうとしたところ、妙に時代掛かった口調の男子が問う。
「……え、ギンダンって……何?」
男子生徒の変な脳内設定だろうか。聞きなれない単語が出て、思わず素で訊ねてしまう。
「…解せぬ。朔殿は貴殿に何も語らぬでござるか」
「――? 何でここで朔の名前が出るんだ?」
京介の疑問に対し、3人は顔を見合わせて頷いていた。
「……本当に何も知らないのね。いいわ、教えてあげてもよくてよ」
「…はあ。お願いします」
「とはいえ所詮私たちも人間よ。人間という者は往々にして強大な力を持っ
てしまうとそれを持て余してしまうもの。干渉者もその御多分に漏れずにそう言った輩はいる。√まで行使可能になってしまった者は特にね。愉悦のために罪のない人に行使したり、罪を犯したり、ね」
「そんな暴走した愚者や、“新月”を拘束、処理するためにある部隊が“銀色の魔弾”、通称“銀弾”もしくは“魔弾”と呼ぶ人もいるわ。どう? 記憶したかしら?」
と得意げな顔を浮かべる女子(お嬢様口調)。
「つまりは対能力者部隊という訳ですな。ちなみに弓月朔殿は銀弾の部隊長の一人です。通称白き死神、剣と共に舞う者と呼ばれ新月からも恐れられているそうで。彼は中学生の時分から既に有名でしたが…京介殿の通っていた学校にはその名声は届いておりませなんだか」
「ちなみに新月とは反フラグメント社、つまり反政府の悪性干渉者集団のことだが、君も流石にそれぐらいは知っているだろうね」
京介は曖昧に返答することしかできなかった。
それよりも、朔が銀色のナントカって部隊に所属してて、しかも部隊長!? 新月派なんて言葉も初耳だった。フラグメント社はこの国の生活基盤を担い、政治をも司っている、事実上この国そのものだ。その会社に敵対するということはこの国そのものへの反逆と言える。そんな存在がいるなんて知りもしなかった…。
自分が知らない世界。幼馴染の知らない一面。その一端を垣間見た京介の胸中は複雑だった。




