2.王立学園でマルシオと人気を二分しているお方
それで、翌日の放課後、フランシスカに連れて行かれたのが王宮って……。
どうなっているの……。
わたくしたち三人は、王宮の応接室にいた。
「叔父様でしょ? そうだと思ったのよ」
ルイーザがフランシスカに言っている。
フランシスカのお母様は、国王陛下の同腹の妹なの。
「そうよ。もうすぐ王立学園から帰って来ると思うわ」
王立学園に通っているフランシスカの叔父様って……。
国王陛下の腹違いの弟で、一学年上のフェリペ殿下じゃない……。
フェリペ殿下は、王立学園をご卒業されたら、公爵位を賜るご予定だと聞いたことがあった。
「フェリペ叔父様なら、容姿だって、身長だって、マルシオになんて負けないわ! 成績でも、身分でも、剣技でだって圧勝よ!」
たしかにフランシスカの言うとおりだけれど……。
フェリペ殿下は、王立学園でマルシオと人気を二分しているお方だけれど……。
わたくし、どんな方なのか、きちんと確認してからお願いしたら良かったわ……。
「わたくし……、王族なんて困るわ……」
わたくしはフェリペ殿下のお姿を思い出してみる。フェリペ殿下は、銀髪で紫色の瞳をした、麗しいお顔立ちの王子様……。
「わたくしはね、ジュリアを蔑ろにしたマルシオが許せないの。ジュリアには、マルシオなんかより、圧倒的に上の相手と幸せになってもらうわ!」
「そうね。わたくしもマルシオには腹が立っていたのよ。いい気になって、ジュリアを馬鹿にして!」
フランシスカとルイーザが、わたくしのためにこんなにも怒ってくれている。わたくしは、二人の気持ちがとてもうれしかった。
「ありがとう、二人とも……」
だけど、王弟殿下だなんて……。
わたくしの家なんて、特に政治力があるわけでもない伯爵家よ。
我がインベル伯爵家は、領地にバルバット湖という大きな湖があって、その水を王都や近隣の領地に分け与えている。そのおかげで、父には『水源伯爵』という二つ名があった。
その湖の水による収入のおかげで、我が家はなんとか領地経営ができている。
マルシオからは「ジュリアのところはデカい湖しかないもんな」なんて、ずっとバカにされてきたけれど……。
「でも、わたくし、やっぱり……」
わたくしは、なんとか断ろうと口を開いた。
それなのに、応接室のドアがノックされて、フェリペ殿下が入ってきてしまった。
わたくしたちはフェリペ殿下に向かって、三人揃ってカーテシーをした。
「待たせたね。楽にしてくれ」
フェリペ殿下は、わたくしたちに申し訳なさそうな顔をした。
「叔父様、ジュリアは腰が引けているみたい」
「そうなのかい?」
フェリペ殿下はフランシスカの言葉を聞いて、わたくしに目を向けた。
わたくしは困ってうつむいた。
「私が王族だからかな? そう硬くならないでほしい」
「そうよ。気楽にやってちょうだい」
そんなことを言われても……。
わたくしは助けを求めてルイーザを見た。
「大丈夫よ」
ルイーザは力強くうなずいてくれたけれど、なにが大丈夫なの……。
「わたくしたちは帰るわ。叔父様、後はよろしくね」
フランシスカとルイーザは、さっさと部屋を出ていってしまった。二人を止める暇さえなかったわ。
ああ、どうしよう……。
「ジュリア……、久しぶりだね」
「え……?」
久しぶり? わたくしは戸惑いながら、フェリペ殿下を見上げた。
「覚えていないかな? 私はインベル伯爵領の隣にある王領にいたことがあるのだが……」
言われてみると、父に連れられて隣の王領に行き、男の子と何度か遊んだことがあった気がする。
フェリペ殿下は、先の国王陛下が高齢になってから迎えた側妃殿下の子だった。先の国王陛下は老いにより少し判断力が鈍っており、フェリペ殿下がお生まれになった時、喜びのあまり「王位はこの子に継がせる!」と宣言してしまった。
そこから、王太子派と末子派が争うようになり……。
争いの最中に先の国王陛下が崩御して、王太子殿下がご即位された。
同時に、フェリペ殿下は側妃殿下と共に王領に移られて、王立学園入学までそちらで暮らしていた。
「もしかして、あの時の……」
あの男の子とは、特別なことをした思い出はなかった。
父母から「高貴な方だから粗相のないように」なんて言われて、かちんこちんに緊張していた記憶しかない。
強いて言うなら、手をつないで原っぱを走ったことがあったような……?
マルシオとの間にある、一緒にお花を摘んだとか、春祭りに行ったとか、ボートに乗ったとか……。そんな甘酸っぱい思い出に比べたら……。
わたくしとあの男の子との間には、特別なことなんて、なにもなかった。
「君にとっては、たいした思い出ではないのだろうが……。私は他の子供と遊ぶことができて、とても楽しかった。かけがえのない思い出だよ」
フェリペ殿下は、寂しげに笑った。複雑なお立場で王領に追いやられた方だ。遊び相手もいなかったのだろう。
「そうだったのですね……」
わたくしはフェリペ殿下のお気持ちを理解することができた。けれど、フェリペ殿下と同じように過去を懐かしむことは難しかった。
「私は王立学園を卒業した後、一代限りの公爵位とインベル伯爵領の隣の王領を賜ることになる」
「はい」
わたくしは、なんと言ったらいいかわからなかった。
「ジュリア嬢は、私にとっては大切な思い出の中の幼馴染だ」
フェリペ殿下は片足を引き、その場でひざまずいた。
「あの……、フェリペ殿下、困ります」
わたくしはおろおろして、フェリペ殿下になんとか立っていただこうとした。手を伸ばしかけて、不敬だと思い至り、慌てて引っ込める。
「強引ですまない。だが、君があのケルタ子爵令息から馬鹿にされているのを見るのは、耐え難いのだ……。王族の権力を振りかざしていると思われてもいい……」
フェリペ殿下は昏い目をして、わたくしを見上げた。わたくしはその瞳の奥に、ケルタ子爵令息――マルシオへの怒りを見た。
「フェリペ殿下……」
「この身勝手さは、君にはケルタ子爵令息と同じに見えるかもしれない。だが……、私は君が好きだ。君を妻に迎えたい」
フェリペ殿下はなにかを堪えるように、そっと目を伏せた。
「すまない……。君のケルタ子爵令息への気持ちはわかっている」
そう言うと、フェリペ殿下はゆっくりと立ち上がった。
「いえ、それは……」
マルシオのことは、忘れるつもりだった。できるなら、新しい恋をして……。
そして、今度はきちんと婚約したかった。
「フランシスカやルイーザ嬢を交えて、お茶会をしないか? ジュリア嬢に私のことを知ってほしい。それで、もし私で良いならば、婚約してほしい」
「はい……」
「君の立場では、そう答えるしかないな……」
フェリペ殿下は申し訳なさそうに言った。
「いえ、あの……。お気持ちはうれしく思っています。ただ、急なことで……」
「そうだな。戸惑わせてしまって、申し訳ないと思っている」
フェリペ殿下は自嘲するように笑った。
そのどこか悲しそうな笑みに、わたくしはフェリペ殿下から自分への気持ちを見た気がした。わたくしはかつて鏡の中で、自分が同じ表情で笑っていたのを見たことがあったから……。




