19.揺るがぬ信念を抱く男だと聞いている
私はテレサ嬢の一件で、『酔わされて色仕掛けをされたが、婚約者への愛を貫いて応じなかった男』ということになった。
テレサ嬢は、私に「自分を大切にしろ」などと言われたことに感動して、私の絵姿を抱いて修道院に入ったということになっている。
私は女生徒たちに騒がれたりしたくないのに、私の姿を見た女生徒たちが「見て、マルシオ様が歩いておられるわ!」などと大騒ぎするようになってしまった。
私だって廊下を歩いたり、水を飲んだり、たまには笑ったりするだろう……。
模擬戦や模擬試合の授業では、見学に来た大勢の女生徒たちが私の名を叫び続けて、教師たちに追い出されていた。
なぜ、こんなことになってしまったんだ……。
私はまた、ジュリアとインベル伯爵閣下ご夫妻とジュリアの兄の前で誓った。どれだけ女生徒たちに騒がれても、ジュリアだけを愛していると……。
今度は号泣したりしなかった。
どうやら私は、これまでは死んだばかりで精神が不安定になっていたのだろう。
変な言い方になってしまったが……。
剣で斬られて死んで、時が戻った状態で生き返るなど、普通に暮らしていたら起きないことだ。精神だって不安定になるだろう。
そんなある日、私は実父と養父と、それにインベル伯爵閣下と共に、王宮に呼ばれた。しかも、通されたのは、国王陛下の私室だった。
国王陛下と王妃殿下、フェリペ殿下とフランシスカ嬢が、すでに私たちを待っていた。
私たちが挨拶をすると、国王陛下が自分たちの前のソファに座る許可をくださった。
「マルシオ、君は揺るがぬ信念を抱く男だと聞いている」
国王陛下が私に笑いかけてくれた。
フェリペ殿下とよく似た面差し。
銀髪で紫色の瞳なのもフェリペ殿下と同じだ。
「は……?」
揺るがぬ信念……?
そんな立派なものは持っていない。
私は前世でジュリアを失って苦しかったから、今世ではジュリアと結婚してずっと傍にいてもらえるように努力しているだけだ。
前世でも、今世でも、ただの自己中心的な考えの男でしかない。
「私の集めた情報は間違っているか?」
国王陛下が面白そうに目を細められた。
「私はただジュリアに……、インベル伯爵令嬢に……、捨てられたくないと思っているだけです……」
こんなことしか言えない自分が恥ずかしかった。
私は前世からなにも成長していない。
ただの愚か者のままだ。
「愛する女を裏切らない。裏切り者は、また裏切るから。――それが君の信念だと聞いている」
なにか少し違うような気がするが……。
私は、たしかに国王陛下の言うようなことを考えている。
「この気持ちを信念と呼ぶなら、その通りです。私は……、誰に対しても誠実でありたいと思っています。もう誰も裏切りたくないのです……」
約束を守らないことは裏切りだ。
相手の心を傷つけ、相手の時間を奪い……。
私はすでに何度もジュリアを裏切ってしまった。
人には、どうしても約束を守れない時もあるが……。
私は軽い気持ちで、何度も、何度も、ジュリアを蔑ろにして……。
ジュリアを後回しにして……。
ジュリアの気持ちなんて、まるで考えず……。
ジュリアも、インベル伯爵閣下も、私を信頼してくれていたのに……。
あれが裏切りでなくて、なんなのだ……。
「聞いていた通りの堅物のようだな」
国王陛下は「ククッ」と楽し気な声をもらした。
この私が、国王陛下から堅物だと笑われるとは……。
「そのようなことは……」
私はうつむいた。
融通が利かないのはたしかだ。
元が愚か者だからな……。
他にどうしたらいいのか、私にはわからない……。
「それでこそ騎士だ。マルシオ、私は褒めているのだぞ」
「ありがとうございます」
私は顔を上げられなかった。
騎士になったのだって、自分のためだ。
私はインベル伯爵閣下とジュリアを怒らせて……。
ケルタ子爵領に供給されていたバルバット湖の水を止められて……。
ケルタ子爵領の領民たちから、憎しみの目を向けられたのが嫌だったからだ。
ケルタ子爵家嫡男という責任ある立場を、弟のエンリケに丸投げして逃げ出した最低な男だ。
私には褒められるような良いところなんて、一つもありはしない。
「君をフェリペと同世代で一番の騎士と見込んで、フェリペの護衛騎士にしたいと思っている」
国王陛下の言葉に驚き、私は顔を上げて国王陛下のお顔を真正面から見てしまった。
いけない、不敬だ!
私は慌てて顔を伏せた。
「そんなに驚くようなことか? その謙虚さも実に良い」
国王陛下がまた「ククッ」と笑った。
私がフェリペ殿下の護衛騎士だって……?
学園にいる間だけのことか……?
それは『王太子殿下の近衛騎士』になるということだろう……?
普通は王立学園を卒業後にそのまま近衛騎士団に入って、最終的には国王陛下の近衛騎士になるルートではないか。
「王立学園にいる間はお引き受けできますが……。私は卒業後はバルバット騎士団に入ります。我が忠誠は、すでにインベル伯爵閣下に捧げております」
「国王である私が、王太子の近衛騎士にと望んでいるのだが?」
国王陛下が低い声で問いかけてきた。
誰がなんと言おうが、どうしようもないだろう……?
私は、もうすでにインベル伯爵閣下に忠誠を捧げてしまったのだ。
「申し訳ありません、国王陛下」
私はソファから立ち上がり、ローテーブルの横でひざまずいた。
誰にどれだけ望まれても、私の忠誠はすでにインベル伯爵閣下のものだ。
私はジュリアを失いたくないし……。
もう絶対にバルバット湖の水を止められたくないのだ……。
「王命であっても、王太子に忠誠は誓えないと?」
「その通りです。我が忠誠は永遠にインベル伯爵閣下のものです」
王命に逆らって死ぬことになろうとも、ジュリアを失い、領民を苦しめる元凶になるよりずっと良い。
前世がどれだけ辛かったことか……。
私は、もう決して、あんな人生は歩みたくないのだ。




