1.マルシオと婚約していなくて良かった
わたくしの初恋は、王立学園の中庭が見える回廊で終わった。
「次の土曜日? いいよ、みんなで行こう」
幼馴染でケルタ子爵家の嫡男であるマルシオの声が聞こえた。
マルシオは取り巻きの女生徒たちと共に、中庭の白いベンチに座っていた。
昼の太陽に照らされて、マルシオのプラチナブロンドや、アイスブルーの瞳が煌めいて見えた。
「ジュリアと行く予定だったけど、あいつの方は断るよ。ジュリアとはいつでも行けるからな」
マルシオは端正な顔に満足げな笑みを浮かべて、女生徒たちを見まわした。
「ありがとうございます、マルシオ様!」
「マルシオ様とサーカスに行けるなんて、うれしいわ!」
女生徒たちは、大はしゃぎしていたわ。
わたくしは、マルシオたちの姿を呆然として見ていた。いつもならば、マルシオの姿を見たら、すぐに駆け寄るのだけれど……。
「ジュリア、大丈夫?」
一緒にいた侯爵令嬢のフランシスカが、わたくしの持っていた教科書とノートを持ってくれた。
「顔色が真っ青よ」
伯爵令嬢のルイーザが、わたくしの手を握ってくれた。
わたくしが二人に返事をすることができずにいると、二人はわたくしを保健室に連れて行ってくれた。
養護教諭の先生によると、わたくしは精神的なショックで体調不良になってしまったらしかった。
しばらくしたら、家から迎えの馬車が来て、今日はこのまま早退よ……。
「ごめんなさい、二人とも……。迷惑をかけてしまったわね」
わたくしは保健室の丸椅子に座り、二人を見上げた。
「いいのよ」
「気にしないで」
二人はわたくしの腕や背中をさすってくれた。
「わたくし……、マルシオとの約束があったから、二人に誘ってもらった観劇を断ったのに……」
涙が、わたくしの頬を滑り落ちていった。
「ジュリア、わたくしの代わりにフランシスカと観劇に行ってちょうだい。わたくしは、あの劇にそんなに興味がないから平気よ」
ルイーザの言葉に、わたくしは首を振った。
「ごめんなさい、そんな気分になれないわ……」
「そんな……、謝らないで」
ルイーザがわたくしを抱きしめてくれた。
「わたくし、もうマルシオを追いかけるのはやめるわ……」
わたくしとマルシオは領地が隣同士で、親同士もとても仲が良かったの。
小さい頃から、二人で一緒に遊んで……。
王立学園を卒業したら婚約して、その半年ほど後に結婚する予定になっていた。両家の誰もが、わたくしたちが正式に婚約していなくたって、特に問題ないと思っていた。
だけど、マルシオは王立学園に入学してから変わってしまった……。王立学園に入学する前は、わたくしを好きだと言ってくれていたのに……。今では女生徒たちの人気者になって、わたくしのことなんて、いつも後回し……。
マルシオから約束を破られるのも、今回が初めてではない。
「もう……、マルシオを好きでいるのは無理だわ……」
わたくしはマルシオと違って、平凡な茶色の髪と瞳をしている。平民にありがちなこの髪と瞳の色を、マルシオから「よう、平民!」と、からかわれるようになったのも嫌だった。
マルシオが取り巻きの女生徒たちに向かって、「ジュリアに外堀を埋められてるからなあ。もうジュリアと婚約して結婚するしかないんだよ」なんて愚痴っぽく言っているのも嫌だった。それを聞いた女生徒たちが、「マルシオ、かわいそう」なんて言いながら、マルシオと一緒に笑っているのも、嫌で嫌で仕方がなかった。
「わたくし、マルシオと婚約していなくて良かった……」
わたくしは二人に笑おうとして……、上手くいかなかった。
「ええ、そうよ。ジュリアにはマルシオなんかより、もっと良い相手がいるわ」
ルイーザがわたしを抱く腕に力を込める。
「ねえ、ジュリア、オススメの男性がいるの。試しに会ってみない? もし気が合うようなら、その人に婚約を申し込んでもらうの。どうかしら?」
フランシスカは、わたくしの両手を励ますように握ってくれた。
「ありがとう……、二人とも。わたくし、その男性に会ってみるわ」




