第二十話『認められた?』
あまりの突然の出来事に、私は動けないままでいた。
西にある森で、大勢の人が探している存在が、今、私の目の前にいる。迷彩猫――ちょっとぽっちゃりしていて、毛足が長くて、少し高貴な雰囲気さえ漂う迷彩柄の猫。
例えるなら、ノルウェージャンフォレストキャットだろうか。なるほど、森だ。
「にゃあ」
大人しく座っているその猫は、私の様子を観察しているようでもある。攻撃をしようとすれば、一目散に逃げ出すだろう。
仲間にしなくては。そう思うのだけど、私の指は躊躇をして、その通りにメニューを操作してくれない。通信機能。選択肢は二つ。一つは文字が暗くなっていて、ログインしていないことが分かる。
「お、どうした? 変な奴にでも絡まれたか?」
「ナタク、私の目の前に、迷彩猫がいるの」
「お、ずいぶん親しげ。へぇ。西の森にいるのか。俺、海釣り中。猫が船いたら、喜ぶくらい豊漁だ」
「街からすぐ近くの森にいるの」
「……お前の言う街は、あのイルカの街だよな? その近くの森? いや、見間違えではなく?」
「イルカの街?」
「見た目からの愛称。このゲームの街って、動物の形をモチーフにしていたりするから」
なるほど、ちょっと脱線。
「でも、いるの」
「いんのか。あ、もしかして驚いてる? いや、そりゃ驚くか。どうりで呼び捨ての声が震えてたわけだ。いるはずがないもんなぁ。そのせいで西の森には人が集まっているわけだし」
そう、だから私は驚いて動けないのだ。みんなが探している場所は此処とは全く違う場所なのに、なぜ私は、こんなところでばったり会っているのか。
その原因を知らなくては、なんだかこの状況が怖くて、いたたまれなくて。ここで私が出会ってもいい、という答えを頂きたくて、こうして通信をつなげている。
「これ、何かよくないことなのかな? 大丈夫なことなのかな?」
「あー、大丈夫。多分、大丈夫。アンティの行動は運営も把握しているだろうし、そこで異常があったんなら、直ぐに駆けつけるはず」
なるほど。
「街の近くってことは、当然あいつ、サチに見送られたんだよな? その時に、迷彩猫に関しての話をしたりしなかったか?」
「えっと、マタタビの話を聞いたの。迷彩猫を仲間にしたくて。……あ、その時に、良いタイミングって言ってた」
「良いタイミング? ……まるで、出会う可能性を見越してきたような台詞だな」
しばらく無言。
「まさか、そういうことか?」
「どういうこと?」
「多分、人が集まりすぎたんだよ。森の中の人口密度によって、迷彩猫の出現パターンが変化するのかもしれない」
「……人が多いから、そこから逃げ出して、別の森に現れたってこと?」
「おそらく。これは検証してみないと、だな。需要があるから人は集めやすいし、直ぐに明らかになるだろ」
「じゃあ、この猫ちゃんは仲間にしていいのかな?」
「ああ。その絶好のタイミング、逃すなよ」
励ましの言葉を受けて、通信は終わり。今度こそ、私は目の前の猫に向き合った。
その子はジッと、こちらの様子を伺っている。大きな声を出しては、逃げてしまうだろうか。逃げてしまうだろう。だって怖いもの。私は怖かった。
静かにメニュー画面を操作して、仲間にできるか挑戦してみる。すると、迷彩猫はプイッと顔を背けて振り返り、てくてくと森の奥へと進んでいった。
「あ、待って」
慌てて私も追い掛ける。つかづ離れず距離を取って、見失わないように追い掛ける。
茂みに入って見失うこともあったが、そこは万能のお供、マルシュが活躍。索敵の魔法を使って位置を特定し、私を導いてくれた。
そうし手後をつけながら、森の中を進んでいく。木の洞を潜り抜けようと奮闘してり、腰までを水に浸からせながら川を渡ったり。そうして進んでいくと、迷彩猫が地面をひっかき始めた。
「にゃあ」
どうやらそこを掘りたいらしくて、私にも助けを求めてきた。最初の頃に使っていた剣を取り出して、地面を掘り返していく。
「タケノコだ」
立派なそれが掘り返された。
迷彩猫はそれを満足そうに眺めると、再び森の中を進んでいく。そうして今度は、池の前で足を止めた。
「にゃあ」
再び鳴き声を上げている。今度は何をしてほしいのだろうか、と考えていると、池の淵にあった草を引っ張って、なにやら何かを伝えようとしている様子。
草を引っ張り、池を見る。池を見て、草を引っ張る。
これはもしかして――。
「池の中の何かを、引っ張ってほしいの?」
迷彩猫は頷いた。
目の前の池の中にあるものと言えば、蓮の葉、の様なものだろうか。引っ張ることのできるものと言えば、それくらいで――。
思い切って池の中に入り、それを引っ張った。根っこが強いのか、なかなか全貌を現さない。
「にゃあ!」
応援をしてくれているのか、その鳴き声は力強かった。その声援を味方につけて、私はそれを勢いよく引っ張る。そうして、それは池の中から姿を表した。
「これは、レンコン?」
「にゃあ」
立派なそれを池から引き上げると、迷彩猫は満足そうに眺め、私を見つめて鳴き声を上げた。
それから、一歩も動こうとはしない。もしかしたら――とメニュー画面を操作して仲間にできるか挑戦する。
「あ、仲間になった」
私の頑張りに満足してくれたからなのか、今度はあっさりと仲間になってくれた。池から上がり、泥だらけの自分をどうしようかと悩みながらも、お構いなしにすり寄ってくる迷彩猫を抱き上げる。
「大きい、重い」
少しサイズを変えてみた。その姿はまるでぬいぐるみのようで、迷彩柄が少し、ユニークで。
「可愛いなぁ」
私はしばらく、後頭部に顔を押し付けて、その匂いを堪能していた。
タケノコとレンコン、誰か料理してくれないかな? そんな事を考えながら。




