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身辺調査

「ママー、あのおじさんずっといるー」


「こら、止めなさい。あの人だって日々辛いんだから!」


 彼女の部屋の前にある公園のベンチに腰を下ろしたのは、上司に今日の仕事を休む旨を伝えてから二時間は経とうか、という頃合いだった。


 平日水曜日の今日、公園は程ほどの子供とママさんが訪れていた。……もっと言うと、それ以外の大人は皆無だった。


 会社へはいつも私服で通勤をしている。昨日も同様で、彼女の部屋にお邪魔したために、生憎と服装は昨日と同じままだった。

 そんな私服姿で公園に長時間たむろしている俺は、まあ良く目立っていた。


 幼気な子供の無邪気な一言も。

 フォローするつもりで鋭く毒のあるママさんの一言も。


 どっちも心に響いて、辛かった……。


 弁明するが、俺はちゃんと職に就いているからな? ネームバリューはそこそこある中小だが給与体制はそこまで良くなくて、福利厚生もイマイチだけど、仕事はしているから。

 たまの休み、ゆっくりしたっていいじゃないか。


 ……まあ確かに、そういうのであれば家で呑気にテレビでも見てろって話だよな。


 でもこれはしょうがないから!

 将来の伴侶がいかがわしい行いをしていないか、見定めるために。


 これはしょうがないことだから!


 その将来の伴侶に対して、犯罪一歩手前の行いをしているにも関わらず、俺は言い訳を脳内で繰り返すのだった。


 ……それにしても。


 喧騒とする公園から、彼女の部屋を見上げた。

 ここに張り込んで数時間、彼女が部屋を後にした様子は一切ない。彼女の部屋に誰かが訪れる様子も一切ない。


 まさか、休みの日がバッティングしたか?


 今更になって嫌な予想が脳裏を巡った。思えば、彼女が今日仕事に向かうかも知らないのに、思い立ったら吉日とばかりに休暇を作ったのは中々にあほらしいことをした。


 しかも、今日は彼女の部屋に行かないとまで宣言してしまったし……。


 うわあ、なんだか凄い無駄なことをした気分……!


「ママー、あの人この世の終わりみたいに頭抱えてるー」


「止めなさい。この世界はいつだって不平等で、世知辛いの。この世の真理に気付き、嘆き、悔いているだけよ!」


 妻子の言葉がやけに哲学染みていた。


 丁度その時、電話が鳴った。七峰からだった。

 ここでは出れない。あとで折り返そうと思った。数度コールが続くスマホを放置して、電話が鳴りやんだ。


 すると、再びスマホが鳴った。


 急用か?


 仕方なく、俺はこの身辺調査の徒労具合に気付いたことだし、公園を出て電話を取った。


「もしもし?」


 少し気だるげな声を演出した。


『あ、先輩? やっと出たー』


「おう、悪かったな」


『なんか、外騒がしくありません?』


 喧騒とする公園がまだ近い。そこからの声は、俺の耳にも届いていた。


「ああ、病院に向かうために丁度外出たところだったんだ。だから電話にもすぐ出れなかった。ごめんな」


『ああ、そういうことでしたか』


 納得げに、七峰は言葉を発した。


『具合はどうですか?』


「ぼちぼちだな。明日には出社するつもりだよ」


『えー、ちゃんと快復するまで休んでくださいよ。あたし、風邪引きたくないです』


「なんで風邪移す前提なんだよ……」


 そもそも俺、風邪なんて引いてないし。


『先輩、今日部署内が先輩が休みってことで少し騒然としましたよ』


「えっ」


 何それ。もしかして仮病がバレた?


『先輩、有給だってまともに使わないことで有名だったじゃないですか。そんな人が突然休んで、皆が驚かないわけないでしょ』


「まともに有給使わないっていうか、使わせてくれる状況になった試しがなかっただけなんだけど」


『それでもですよ。何ならこの前、声すらまともに出なくなったって会社に来ていたじゃないですか』


 あったなあ。週末に耳鼻科で抗生物質をもらっても、しばらく声が元通りにならなかったんだよな。

 でも、忙しくて中々休むことも間々ならず。


 本当、辛かった。


『そんなわけで、皆心配しているので、なるべく早くお体直してくださいね』


「おう」


 ふと、俺は思い出した。


「結局、電話の要件は何だったんだよ」


『そんなの、先輩を元気づけるために決まっているじゃないですか』


 決まってるんですか、そうですか。

 良い後輩を持ったなあ、としみじみ思った。


『感謝してくださいよ? お昼休みの時間を削ってまで先輩に電話してあげてるんだから』


「え、それは申し訳なかったな」


 慌てて時間を確認すると、確かに十二時を少し回った時刻を示していた。


『後でお見舞いにも行きますよ。何か食べたいもの、ありますか?』


「お見舞いはいい。そこまで辛くないし、悪いし」


『そんなこと気にしないでください。彼女もいない独り身の先輩が可哀そうだからしてあげているだけなので』


「だから、彼女はいるって」


『本当に?』


「おう」


 しばらく、七峰は静かになった。


『先輩、少しVRに心酔しすぎじゃありませんか? あれはバーチャルです。早く目を覚ましてください』


 その設定、別に面白くないんだけど。


 呆れた俺は、七峰のお見舞いを再び丁寧に断って、帰路に着いた。

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