結局
翌日出社してみると、部署内の面々から茶化されつつ、俺はいつも通りに仕事を始めるのだった。結局、彼女のしている仕事は明るみにすることは出来なかったが、一晩明けて考えると、探偵の真似事みたいなことをして、彼女に咎められる結果にならなくて良かったのかもと考え始めていた。行った行為に対して、後ろめたい気持ちはあったのだった。
だけど、答えを導けなかった不満みたいなものはわずかばかりに心にあって、やはり仕事に対するモチベーションはあまり生まれず、なあなあで過ごす内に時間はあまりにも早く過ぎ去っていった。
一日の成果があまりないな、と三時の休憩頃にふと思った。
今日も、調整しなければいけないこと。判断しなければいけないことはそれなりにあったのに、このままでは残業は確定的だった。
「お前、今日残業しないの?」
「え」
休憩室で、俺はいつかのモデルケースの先輩に尋ねられた。
「……悩んでます」
「どっちでもいいけどさ、お前今日やるべきことは終わってるのかい」
答えは間違いなく、いいえだった。
「結果は残せよ。それは社会人として当然のことなんだから」
確かに。
仕事へのモチベーションがいくらなくても、やるべきことはしなければなあ。給料という対価はもらっているわけだし。
この先輩は、かつての俺の教育係だった人だ。だから、俺の性格は見抜かれている。まあ、結婚間近なことは相談はしていないが、どこか気の抜けた態度で仕事をしていることはバレていたのだろう。
結局、俺は嫌々残業申請を休憩終わりに出した。
休憩明け、俺は今度のモデルに使う基板を製造するメーカーにメールを入れた。先日散々管理に日程はそっちで確認しろと言ったものの、管理は相変わらず日程確認する気がないらしく、俺にそういった類のメールが全然入ってこなかった。
だから、間に合わなくなってからでは遅いから、メールを入れた。
それからすぐに、メールの返信が返ってきた。
内外作の頃には間に合うと言っていたのに、中国メーカーの返答は、納期に間に合わない、という泣きのメールだった。
「聞くんじゃなかったー」
頭を抱えると、隣にいた七峰が驚いた顔でこっちを見ていた。
「どうかしました?」
「あいつら、日程間に合わないとか言い出した」
「ああ、最近そこのメーカー、日程遅延多いですからね。どっかで良い仕事でも見つけて、ないがしろにしているんじゃないですか?」
「……一先ず、担当に電話するわ」
自前のスマホを取り出して、中国一流通しているコミュニケーションアプリを起動した。このメーカーの担当との連絡先は、代々このスマホに登録され続けている。向こうも俺の連絡先を、担当が変わる度に共有し合っていて、こっちから何かを言う前に知らない相手から連絡が来るのだ。
だからまあ、俺も手間が省けるしでこのアプリで今でも連絡は密に取り合ってきていたが、土日も構わず相手は電話をしてくるし、これ自前のスマホだし。
この会社はやはり、そういうところがおかしいよな、と最近は常々思っていた。
「お世話になってますー」
『ああ、どうも』
片言の日本語で、担当は電話に応じた。
「メール見たんですけど、なんでこんな遅れるの?」
担当は、片言かつ文法が少しおかしい日本語で懇切丁寧に事情を説明してくれた。
まあ要約すると、キャパ的な話らしい。
「これ、量産まで御社でやるつもりの部品なんですよ。最初の試作から遅延だなんて、何とかしてください」
まだ金型は作っていないし、強めに言ってみた。
『ムズかしいです。本当に、日程辛い』
「そう?」
『うん』
「わかった。まあとりあえず日程調整はしてくれます? ちょっとそっちの上と相談してみるから」
『お願いします』
なんでそっちからお願いされるのかはよくわからなかった。
俺は電話を切ると、中国メーカーの副総経理に同じアプリで電話をかけた。相手は女性で、結構怒りっぽく、捲し立ててくるから本当は電話したくないんだよな。
とまあいつまでも愚痴は言ってられず、俺は副総経理に最近御社遅延多いから何とかしろ、と話をした。
そこに関して、副総経理もそれなりに悪気はあったのか、意外にさっさと日程調整の件は応じてくれた。
定時過ぎ辺りに、一本のメールが舞い込んだ。
それは副総経理からの謝罪と、日程を前倒しした、というメールだった。ただ日程は、前倒しは出来てもまだ当初の日程まで取り戻せてはいない状態だ。
俺は、日程遅延のメールを生産現場に送った。
試作の開始日程に対して、この部品が遅れるけど、組立ラインのタイミング的にも、製品出荷の日程的にも、全然大丈夫だよね、という旨のメールだ。
生産現場から了解と返信が来たので、俺はモデルケースの先輩に早速話をした。所謂、報連相というやつだ。
試作に向けて基盤が遅延する。メーカーにはまだ前倒し調整をするよう指示している。生産現場には話はした、という旨だ。
「前倒しは管理に追わせます。こっちの仕事じゃないので」
「わかった」
報告も済ませて、俺は時任さんに部品遅延があったぞ、というメールを送り付けてやった。
そんなことをしている内に残業時間が二時間にも達し、俺はもう少しだけ仕事を続けて、愛しの彼女の部屋へと旅立ったのだった。




