第3話「巫女さんするのも結構楽しいんだよ」
私はあれから暫く病院で過ごしていたようだ。そこの記憶があやふやなだけど、私の両親は私が幼少期の時に交通事故で姉妹であった妹とともに死んでしまったらしい。それからというもの、私は親戚が営む寺のもとで育った。高校卒業後はそこに骨を埋めるつもりで巫女の仕事を始めた。そういったことをちょっとずつ病院のなかで思いだしていった。
どうしてだろう。私はいつからか“作り話”を自分でするようになって、自分でその物語を信じるようになった。ある部分は本当の話だ。でもほとんどが嘘でつくった話。それを信じることで底にある自己嫌悪を切り離してきたのだ。
私と私の長い闘いがここより始まった。その中で段々と本当のことがわかっていく――
私に彼氏なんてもとよりいなかった。言い寄ってくる男はたくさんいたけども、相手にすることはなかった。しまいに私は上祐猛という妄想上の彼氏をつくった。しかしそれは想像の産物に過ぎない。それがわかった途端に私と彼は私の空想のなかで別れることとなったのだ――
やがて私に縁談が舞い込んできた。そのタイミングで祈願者の成就報告が続く出来事が起きた。でも、目の前に現れた相手がその、あの、何ていうか、タイプではなくて……。おまけに成就報告を聞いても、戸惑いしか私にはなくて……。
「明菜ちゃん、きっと頑張りすぎたのさ」
「頑張りすぎたのかなぁ……」
「うん。もう我慢なんかしなくていいよ」
「我慢?」
「やりたくないことはやりたくないよって、言えばいいのさ。巫女さんでなくなっても、おじさんたちは明菜ちゃんの家族だよ」
「私は……」
目の前にいるのは寺の住職である私の叔父だ。衣を着ずにカジュアルな服装に身を包んでいる彼は穏やかな表情をみせてくれた。
私はやがて病院を退院した。
周囲の反対を押し切って私は自分の好きな音楽のかかるクラブへ遊びにいった。このクラブではいっとき働いていたことがある。副職みたいなものとして。
DJがR.ケリーのイグニッションをかけている。今日は踊らずにただじっと聴いていたい。ノンアルコールの飲み物に酔いしれながら、私は音楽に身をまかせた。そこへ話をかけてくる青年が現れた。
「よぉ、新しいCDをリリースしたよ! またタダであげるよ!」
ラッパーのJokeだ。私が勝手に妄想で元カレへ転換した男である。
「あ、ありがとう」
「そういや、久しぶりだな。元気しとった?」
「う、うん。まぁ、色々あったかな。今もラップ続けているのね?」
「そうだね。今じゃ若い奴らに追い越されて、誰もデモ買ってくれないけどな。でも好きだから続けているよ。二足の草鞋はしんどいけど」
「好きなことかぁ……」
「ま、良かったら、ソレ聴いてよ。何か見いだせるかも?」
「あの」
「ん?」
「良かったら、ここに参拝しに来て。私、巫女さんやっているから」
「え!? 巫女さんなんかやっているの!?」
私は彼へ私の寺の名刺を渡すと、彼はとても驚いていた――
翌週、私は巫女の仕事を再開した。クラブでつるんでいた友人がこぞって参拝しにくることもあった。そしてずっと通い続けてきてくれたお婆ちゃん達も私のことを忘れずに来てくれた。
神事に力が入る。
これは宗教哲学がどうとかこうとかじゃなくて、きっと本来なら自然に感じるものなのだろう。
そう、きっとこれが“やりがい”とかいうヤツだ。
私が巫女の職に復職したとき、現役高校生だったパートの子は東京の大学生になって辞めていた。参拝客の御祈念を叶えていた私を尊敬しており、今でも年に何回か働きにくるようだ。
「何でも叶えてくれる巫女さんがいるらしい……かぁ」
過熱したメディアは例の騒ぎで、私というか私の働く寺院に謝罪文をおくってきたらしいが、どうでもいい話だ。訴えようと思えば訴えられるのかもしれないが、それもまた面倒くさいことだ。
言いたいことがある奴は言いたいことを勝手に言えばいい。私がこうやって、胸を張って言いきれるまで何十年もの年月が流れた。
今は私が祈願したからといって、願いが叶ったっていう話もそうそう聞かない。それでも、今頑張ってやっている仕事に誇りが持てているのだ。これってすごく幸せなことじゃないだろうか。
そう想って、私は亡き家族の墓前で手を合わせる。
明日も仕事だ。やることをやろう。私は自転車を走らせた。
帰路の途中、私は不思議な光景をみて自転車を停めた。
不思議な雲の形だ。私はスマホを取り出して写メを撮った。
竜が月を食べているような感じ。たまにこんな幻想を本気で感じることがある私だが、さすがにこれは偶然の芸術だとしか思わなかった。
思えば私が働く鷲峰山も色んな伝記がある。『大山の背比べ』なんかが有名だが、その形を遠くから見るなり、鷲が翼を広げて飛び立とうとする姿に見えるため、この名前がついたとか言われる。それと、むかし鷲に乗った神さまが山頂に降り立ったとする伝説もあるぐらいだ。
想像してみよう。なんでも叶える存在がいたとして――
それは人間なのだろうか、某漫画にでてくるようなでかい龍なのだろうか。
くだらない。そう思った私、中山明菜は自宅へ自転車を走らせた。
自宅についた私は久しぶりに自宅の片づけをしていた。
部屋の片隅、そこで見つけたくない物を私は見つけ。
見覚えのある小さな手鏡。その鏡部分は大きく破損していた。
寒気で鳥肌がたった私だったが、すぐにそのゴミは自宅アパートのゴミ捨て場へと棄ててやった――
∀・*)最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!!夢学無岳さまの企画参加作品になります。結構色々ぶっこんだ感じの作品になりましたが、個人的にはエンタメ作品としてまとめたかなって感じでした。受け取り方は人によって様々です。ちなみに鳥取にはJakeさんという素敵なラッパーさんがいまして、彼がJokeのモデルだったりします(笑)良かったら是非チェックしてみてください。長期連載、ボチボチ開始します。イデッチでした。