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僕は、現川叶夢。高校二年生。
勉強も運動も苦手で、なんの取り得もない。
正確に言えば、中学生の頃までだったら学力にはそこそこ自信があった。
あまり勉強しなくても、いい成績が取れていたからだ。
でも、さほど高レベルではないにしても、一応は進学校と呼ばれている今の高校に入学して以来、定期テストでも下から数えてすぐくらいの順位しか取れなくなってしまった。
最初は焦って必死に勉強してみた。
それでもテストの点数はほとんど変わらないまま。
中学まで大して勉強もせずにここまで来てしまったのも悪かったのだろう。
効率的な勉強法を身につけることができていなかった。
そこからでも頑張れば、少しは違っていた可能性もある。
だけど僕は、周りの人たちはもとから頭の出来が違うのだと決めつけ、努力するのをやめた。
逃げてしまったのだ。
それに加えて、高校では友達もできなかった。
もともと人見知りが激しく、よく知った相手でないと上手く話せない性格ではあるものの、中学時代まではそれなりに楽しく過ごしていた。
にもかかわらず、今の高校ではまともに話せる相手もいない。
タイミングが悪かっただけとか、たまたま気の合う相手が近くにいなかっただけとか、いろいろと理由はあるだろう。
ただ、一番の理由は僕自身にあったのかもしれない。
勉強と同様、これも仕方がないことだと、諦めてしまっていたのだから。
そんな僕とは対照的に、妹の優心はとても優秀だ。
まだ中学二年生だから、その頃なら僕だって成績は結構よかったけど、優心はそれよりもずっと上。
テストは常に学年トップだし、女子バスケ部のエースだし、秋には生徒会選挙にも出馬する予定なのだとか。
僕なんかでは絶対に敵わない、ずば抜けた才能を持った奴。それが優心。
実際には僕と違って、毎日部活が終わって疲れて帰ってきたあと、何時間もかけて勉強しているし、頑張っているからこその結果と言えるのだけど。
頑張っても成績が上がらない僕には、どう考えても歯が立たない。
だからこそ、優心がぶつけてくる嫌味な言葉にも、それなりの力で打ちつけてくる殴打にも、僕は反撃なんてしない……いや、反撃なんてできないのだ。
年齢は僕のほうが上ではあっても、あらゆる面で負けている。
唯一、絵を描くことだけは負けていないと思う。
とはいえ、趣味として描いているだけで、美術的な絵ではなくマンガっぽい絵だということもあり、学校の選択授業で取っている美術の成績には反映されない。
マンガっぽい絵が描けるといっても、話の構成能力は皆無のため、マンガが描けるわけもない。
言うなれば、単なる落書きでしかないことになる。
部屋にこもって絵を描いたり本を読んだりばかりしている、そんな僕のことを、優心は気持ち悪がっているようだ。
そういった部分も含めて、汚い、触れたくないと思っているのだろう。
そのわりに、殴ったり蹴ったり、果ては羽交い絞めにまでしたり、打撃や苦痛を与えるものとはいえ、ボディータッチは多い気もするけど。
散々汚いだのなんだのと言われているのだから、嫌われているのは紛れもない事実。
優心は優秀だから、僕のことを見下しているに決まっている。
☆☆☆☆☆
「お兄ちゃ~ん!」
突然、部屋のドアが開けられ、優心が飛び込んできた。
「なんだよ?」
「ちょっと辞書貸してね。学校に置いてきちゃったんだ~」
「……わかった。本棚にあるから、勝手に持ってけよ」
「うん」
優心はいつもこうして、僕の部屋にノックもなく入ってくる。
逆に僕は、優心の部屋には入っちゃダメだと言われている。
なんというか不公平極まりないけど、相手は妹とはいえ年頃の女の子だから、それはある意味、自然な流れと言える。
僕が不在のときでも、優心は僕の部屋に入っているらしい、というのが少々納得の行かない部分ではあるけど。
今さらその程度で文句を言ったりはしない。
どちらにしても、僕が優心に対して文句を言うなんてありえない。
どうせ文句の三倍返しとオマケの打撃が来るだけだし。
「それにしても汚いな~。ちゃんと掃除しなよ」
僕の部屋を一瞥した優心が、遠慮のない感想を漏らす。
ぱっと見、読んだ本が何冊かそこら辺に置きっぱなしになっている程度で、それ以外はテーブルと勉強机の上が少々ごちゃごちゃしているくらいだと思う。
それでも、綺麗好きな優心としては、許せないレベルにまで達しているのだろう。
考えてみたら、前に掃除機をかけたのっていつだったっけ?
色が濃いから目立たないだけで、絨毯もかなり汚れているのかもしれない。
「あとさ、換気もしなって」
「閉めきってたら気分までじめじめしてしまう、とでも言いたいのか?」
「それもあるけど、なんか変なニオイがしてるからさ~」
なるほど。
優心はやっぱり、僕なんて臭くて汚くて嫌な存在だと思ってるんだな。
「今度の休みにでも、あたしが掃除機かけとこうか?」
「余計なことすんなよ」
「あ~、そっか。見つかりたくないものとか、隠してあったりするかもだもんね~?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、優心はそんなことを言ってくる。
「そ……そんなのないから!」
「あれ? ないの~? それはそれで、おかしいんじゃない?」
「おかしくない! っていうか、早く辞書を持って出ていけよ!」
「はいはい、わかりました~」
僕が怒鳴りつけると、優心は素直に退散していった。
辞書を借りに来たということは勉強中だったはずだし、そのことを本人も思い出したのだろう。
「まったく、優心の奴……」
僕がいないときに部屋に入って、そういう本とかを探したりしてたのか?
事実、エッチな本のひとつやふたつ、隠してあったりはする。
どうせ嫌われているのだから大して変わらない気もするけど、やっぱり恥ずかしいし、妹にはあまり見られたくない。
「ん~、それにしても、そんなにニオイきついのかな……?」
とりあえず、窓を開けて換気することにした。
涼やかな夜風が僕の鼻先をかすめて通り過ぎてゆく。
「なにやってるんだろうな、僕は……」
思わずつぶやきがこぼれる。
生きている意味がわからない。
それは誰しもが考えながら答えを出せずにいる、永遠の命題かもしれないけど。
中でも僕は、とくに不要な人間のように思えてならない。
存在するだけ無駄で、ダメダメな人間――無駄目人間。
妹からはグズとかゴミとか汚いとか臭いとか言われ、完全に嫌われている。
人間として見下されていると表現してもいい。
お母さんだって、優秀な優心さえいれば、僕なんていらないに違いない。
僕は誰からも必要とされていない。
さっきは優心が辞書を借りにきたけど、僕が必要なわけじゃなく、辞書が必要だっただけだ。
お父さんがいなくて家計だって大変なのだから、僕はむしろ、いないほうがいいのかもしれない。
――風が僕をさらってくれないかな。
なにやらバカげた考えまで浮かんでくる。
髪の毛が乱れたせいで、思考まで乱されてしまったのだろうか。
「今日は早めに寝ておくかな」
隣の部屋では優心がまだ頑張って勉強しているとは思うけど。
僕は静かに窓を閉じ、心なしかいつもよりも重く感じる自分の体をベッドに横たえた。




