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リリアル・ガーデン  作者: 沙φ亜竜
第1章 僕だけの庭へ
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-1-

「ふざけんな! このグズ!」

「ごめん、僕が悪かったってば!」

「最初っから、そう言ってんじゃん! だから怒ってるのよ! ほんっと、ゴミなんだから!」


 ひとりの女の子が僕に罵声をこれでもかとばかりにぶつけてくる。

 確かに僕が悪いのは間違いないから、納得はしている。

 ただ、怒鳴り声だけじゃなく手が出る足も出るという状態で、殴られたり蹴られたり、さらには肘打ち膝蹴り体当たりまで、様々な方法で痛めつけられていることに関しては、なぜここまでされているのかと疑問に感じざるを得ない。


 実際、そんなに痛みがあるわけじゃない。

 いくら怒っていても、傷害事件を起こすような気はないのだろう。

 そこにわずかながらも愛があると信じたい。


 一方的にやられるだけの現状を目の当たりにすれば、僕がこの女の子からいじめられているように見えるかもしれない。

 しかし、真実はまったくもって違っている。

 なぜならこの女の子が、僕の妹の優心(ゆうら)だからだ。


 ……いや、妹だからいじめには当たらない、ということはないと思うけど。

 初めから言及しているとおり、僕が悪いのだから仕方がない。

 だからこそ反撃も反論もせず、やられ放題になっているのだ。


 もっとも、そうでなかったとしても、僕が優心に対して手を上げるなんてことは、あってはならないと考えている。

 僕が兄だからとか、優心が女の子だからとか、そういった理由ではなく……。


「まったく! あたしはパスタが食べたかったのに! 朝、お願いしたじゃん!」


 優心の怒りは静まる気配を見せない。手や足も止まらない。

 ポニーテールにまとめた髪を、制服のスカートと同様に激しく揺らしながら、グーパンチやらチョップやらエルボーやらキックやら、ひたすら僕に打撃を加えてくる。


 理由は今のセリフからもわかるとおり、実にくだらない。

 朝、学校に出かける前にそのお願いを聞いていて、僕のほうも「わかった」としっかり答えていた。

 だからこれは、仕方がないことなのだ。


 現在テーブルの上に乗っているのは、僕が近所の弁当屋で買ってきたハンバーグ弁当とチキン南蛮弁当。

 その弁当屋にはパスタ系の商品がなかったため、すっかり優心のお願いを忘れてしまっていた。


「ま、いいわ。チキン南蛮で我慢する」


 ある程度殴る蹴るを繰り返したあと、気が済んだのか、それともおなかがすいただけなのか、優心は片方の弁当を手に取ってテーブルに着く。


「うん、ごめんね」


 謝罪しつつ、僕は素早く沸騰ポットの前へと向かい、味噌汁のカップにお湯を注ぐ。

 この味噌汁も同じ弁当屋で買ってきたものだ。お湯を注いで、かき混ぜるだけ。なんと便利な世の中だろうか。

 すでに弁当を食べ始めている優心に、味噌汁をひとつ差し出す。


「はい」

「ん」


 自分の味噌汁にもお湯を注ぎ、優心の正面に位置する席へと腰を下ろす。

 僕が黙々とハンバーグ弁当を食べていると、不意に視線を感じた。


 今この家にいるのは、僕と優心のふたりだけ。それはもちろん、優心の視線だった。

 優心は僕のほうを……正確には僕の目の前にあるハンバーグ弁当のほうをじっと見つめている。


「なに? どうしたの?」

「そのハンバーグ弁当、パスタが入ってる」

「あ~、うん、少しだけど入ってるね」


 指摘されたとおり、ハンバーグの下にはパスタが敷かれていた。


「チキン南蛮のほうには、入ってないの?」

「うん、ない。ずるい!」

「ずるいって……」


 弁当のおかずの下に敷いてあるパスタなんて、あまり美味しいものでもないだろうに。

 ハンバーグソースを絡めて食べる分には、悪くないかもしれないけど。


「それ、ちょうだい!」

「……べつにいいけど」

「はい、ここに乗っけて!」


 優心は、すっと弁当の容器を寄せてきて、なにか食べ終えてできた空きスペースを割り箸で指し示す。


「僕が乗せるの?」

「当然でしょ?」


 当然なんだ。

 それにしても、使った箸だけど、いいのかな?

 ……ま、いいか。


「ほら」

「うん、よろしい」

「ありがとうじゃないんだ」

「当然よ!」


 優心はそう言いながらも、満面の笑みをこぼして嬉しそうにパスタを口に運ぶ。

 そんなにパスタが食べたかったのか。



 ☆☆☆☆☆



 僕と優心がふたりだけで弁当を食べているのは、ほぼ毎日の夕飯の光景となっている。

 場合によっては、弁当じゃなくてカップラーメンになったり店屋物を取ったりといったこともあるけど、ふたりきりなのは変わらない。


 お母さんは夜の仕事をしている関係で、出勤直前まで眠っている。

 朝方……というか昼近くになって帰宅し、お風呂に入ってすぐに寝る、といった生活の繰り返しだ。

 家計が苦しいという理由で、お母さんは休みの日にもバイトを入れ、必死に頑張って働いている。

 僕や優心に構っているような余裕なんてない。だから一緒に食卓に着くこともない。


 僕も優心も状況は理解しているから、文句を言ったりはしなかった。

 お金は用意してもらっているので、食事についてもなんら問題はない。

 なお、僕は料理ができないし優心には時間がない。そこで、夕飯はもっぱら弁当で済ませている。

 弁当を買ってくるのは僕の役目だ。


 優心は学年トップの成績を誇る優秀さを持ちながら、女子バスケ部の部長もこなしているという、文武両道の優秀な学生だったりする。

 一方、僕のほうはどうかというと、部活動が強制ではない高校だったこともあり、結局どこの部にも入らず、放課後はすぐに帰宅している。

 そんなわけで、必然的に僕が弁当係となった。


 自分の部屋にこもって食べないのは、たったふたりだけの兄妹なんだからと、お母さんから一緒に食べるように言われているためだ。

 もっとも、いつも僕が一方的に文句や嫌味をぶつけられるだけなのだから、仲よく会話しながらの食卓、といった感じにはなりようもないのだけど。




 こんな生活になっているのは、僕がまだ小さい頃に、お父さんが過労で死んでしまったせいだ。

 もともと共働きだったとはいえ、一家の大黒柱がいなくなった影響はあまりにも大きく、お母さんの収入だけが頼りの生活は相当厳しいものとなった。

 それを補おうと、お母さんはバイトも含め、長時間の労働に勤しんでいる。


 僕がバイトをする、という提案は早々に却下された。学生の本分は勉強だからだそうだ。

 でも、中学時代はそれなりの成績を取っていたものの、一般的に進学校と呼ばれている今の高校に入学してからは成績もさっぱり。

 そんな僕の現状には、お母さんもさぞやがっかりしていることだろう。


 だからといって、しゃにむに勉強して上位を目指す、といった気力は僕には持てない。

 気力が持てないから、成績も伸びない。負のスパイラル。


 帰宅部の僕は、放課後になった瞬間に教室を飛び出し、自室にこもるような日々が続いている。

 夕飯を買いに行くという役目がなかったら、それこそ完全な引きこもり状態になっていたかもしれない。



 ☆☆☆☆☆



「お兄ちゃん」

「ん? なんだ?」


 僕がハンバーグに伸ばした箸を止めて反応を返すと、優心は冷たい視線を向けながら質問してきた。


「今さらだけど、部活にくらい入ったら?」


 ……ほんとに今さらだ。

 なにせ、僕は高校二年生。すでに高校に入って一年以上も経っているのだから。


「どうしてそんなこと言うんだよ?」

「だって、お兄ちゃん、毎日つまらなそうにしてるから」

「勉強漬けの学生生活なんて、つまらないものだろ」

「でもさ、部活をやったり友達と遊んだり、学校にだって楽しいことはいっぱいあると思うよ?」

「僕には楽しいことなんて、なにもないけどな」


 あまり食事の邪魔をするなよ、といった気持ちをありありと態度に表し、僕は箸を進める。


「…………」


 優心は黙り込んでしまった。

 文句の言葉が飛んでくるだけだったり、嫌味なことを言われたりするだけだったりしても、僕にとっては数少ない会話の機会となる。

 話くらいであれば、いくらでも聞いてやるつもりでいたのに。


 ま、それも当然か。

 優心は僕のことを嫌っているのだから。


「ごちそうさま」


 弁当を食べ終えた僕は、素早く立ち上がった。優心は黙ったままだ。


 台所へと移動して、空になった弁当と味噌汁の容器をゴミ箱に投げ捨てたあと、コップを取り出してウーロン茶を注ぐ。

 それをひと口飲んだところで、優心が台所に入ってきた。


 優心も食べ終えたようで、弁当と味噌汁の容器をゴミ箱に捨てる。

 そこで目が合った。と思った途端、優心がつかつかとこちらへ迫ってくる。

 ……鬼のような形相をさらしながら。


「ちょっとお兄ちゃん! それ、あたしのコップ!」

「ん? ああ、そうか。ごめん」


 と謝って、そのまま飲み続けようとする僕の腕を、優心がぎゅっとつかむ。


「あたしのコップだって言ってるのに、なんで飲もうとするのよ!?」

「べつにいいだろ? 次は間違わないようにするから」

「よくないわよ! あたしもウーロン茶飲むんだから!」

「だったら僕のを使えばいいだろ?」

「嫌よ!」

「なんでだよ?」

「汚いじゃん!」


 ひどいな、まったく。


「どうせ洗ってあるんだし、汚くはないだろ?」

「それでもダメなの!」


 よくわからない。

 だいたい、模様が違うだけで同じサイズのコップなんだから、共有でいいだろうに。


「はい!」

「ん?」


 優心が手を差し出す。


「コップ!」

「え?」

「早くそのコップをよこせって言ってるの!」


 言うが早いか、優心は僕の手からコップを奪い取り、中に注いであったウーロン茶を一気に飲み干した。


「ふ~、冷たくて美味しい!」

「どうでもいいけどさ、優心」

「なによ?」

「間接キスは汚くないのか? 今の、僕の飲みかけだったけど」

「ええっ!? 飲む前じゃなかったの!?」

「そうだよ。しかも優心、しっかり僕が口をつけたとこから飲んでたし」

「ぎゃあ~~~~っ! 汚い~~~~!」

「冷たくて美味しいとか言ってたくせに。それに、弁当のパスタだって、僕が使った箸で乗せたじゃん。あれだって……」

「うぎゃ~~~~っ! ほんとだっ! ばっちぃ~~~~~!」


 ほんとに気づいてなかったのか。なんというか、マヌケすぎではなかろうか。


「それくらい、べつにいいだろ?」

「よくない! 腐る!」

「腐るわけないだろ!?」


 そりゃまぁ、嫌がられるのもわからなくはないけど、腐るとまで言われるのは心外だ。


「僕は全身腐ったゾンビかなにかかよ?」

「ゾンビのほうが、まだマシよ!」


 そんなに嫌なのか。

 若干ブルーになって言葉を詰まらせる僕に、優心はまたしても攻撃を開始した。

 攻撃……というか、打撃だけど。


 殴る蹴る、肘で打つ、膝で蹴る。

 さらには背後に回って、僕を羽交い絞めにする。


「やめろって、優心! 動けないだろ?」

「お兄ちゃん、やっぱりちょっとは体を鍛えたりしたほうがいいと思うよ? 中二のあたしに負けてるようじゃ、どうしようもないでしょ」

「うっ……」

「ほれほれ! がっちり決めちゃってるよ? お兄ちゃんに脱出できるかな~?」


 優心はなんだか、すごく楽しそうな声で挑発してくる。

 対する僕は、羽交い絞めにされて押さえ込まれていることよりも、別の理由で困惑していた。

 背中にふたつの柔らかな物体が押しつけられていたからだ。

 相手は妹で、まだ発展途上の小ぶりな状態とはいえ、そのふんにゃりとした感触は充分に伝わってきて……。


「ん? なに赤くなってんの? 首は絞めてないから、苦しくはないでしょ~?」

「いや、その、だから、ほら、背中に……」


 一瞬の沈黙ののち、優心は慌てて僕から離れる。


「うわっ!? バカッ! なに考えてんのよ! ずっとあたしの胸の感触を楽しんでたのね!? この変態!」

「楽しんでなんかない! だいたい、優心のほうから抱きついてきたんだろ!?」

「抱きついてない! 羽交い絞めにしただけだもん! あ~ん、もう、信じらんない~! お兄ちゃんの汗でベタベタするし~!」

「それこそ、そっちが羽交い絞めしてきたからだろ!?」

「はぁ……もういいわ。シャワー浴びてこよっと。今日は部活でたっぷり汗かいたし」

「だったらベタベタしてるのって、自分の汗のせいじゃないのか?」

「あたしの汗はこんなに臭くないもん」

「はいはい、そうですか」


 なにを言っても反撃されるだけだ。

 不毛な争いには、僕が折れることで終止符を打つとしよう。


「ふぅ~……」


 ため息を残して去ろうとすると、優心からひと言。


「なによぉ? 言いたいことがあるなら言い返せば?」


 どうせ反撃が来るだけだとわかってはいたけど、だったらと僕は言い返してみた。


「お前の汗だって、充分臭いぞ?」


 ……案の定、殴られた。


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