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「カグヤさん!?」
「ええ。お久しぶりね、カナメくん」
僕の前に現れたのはカグヤさんだった。
寂しい川原で出会い、うじうじと悩んでいた僕に呆れて、初対面なのに怒鳴りつけてきた女の子。
あれ以来会ってはいなかったけど。
なぜカグヤさんがここにいるんだ?
それに、スバルが消えてしまったって……。
「もしかして、あなたがスバルを……」
「えっ? ち……違うわよ!」
僕の責め立てるような問いかけを、カグヤさんは慌てた様子で否定した。
驚いているみたいではあるけど、それだって演技かもしれない。
この人は、考えてみれば最初から怪しかった。
あの川原で突然僕に話しかけてきた、その真意からしてわからない。
スバルはこの世界で明るく楽しく生きようと決めていて、沈み込んでいる僕が過去の自分の姿と重なり、元気づけようと話しかけてくれた。
だけど、カグヤさんにそんな意図はなかったはずだ。
僕がマイナス思考全開で殻に閉じこもっているのを見て、呆れてその場から去っていったのだから。
そして今、僕の目の前に再び現れた。
大切な友人がいなくなってしまった、このタイミングで。
カグヤさんがなにか僕の知らない事実を握っているのは確かだろう。
否定してはいるけど、やっぱりスバルが消えてしまったのは、この人のせいなのか?
僕は慎重に、探りを入れてみることにする。
「本当に違うんですか?」
「ええ」
「だったら……どうして消えてしまったってわかるんです?」
「消えてしまったみたいねって、私はそう言ったのよ。あくまでも、憶測でしかないわ」
なるほど。思い返してみれば、確かにカグヤさんは断定してなどいなかった。
もっとも、それですべての疑いが晴れるわけではない。
僕は頭の中で推論を組み立てる。
スバルは冒険の旅に出かけ、そのまま戻ってきていない。
スバルの庭は狭くなり、家は小屋になってしまった。
これはリリアル・ガーデンに来た当初にも見た光景だ。
つまり、拡張されていた庭や家がリセットされ、もとに戻ってしまった、ということなのだと考えられる。
とすると、あまり考えたくはないけど、スバルが消えてしまった可能性は高まる。
そういえば、僕はスバルから好きな女の子の話を聞いていた。
その子の髪型は、ポニーテールだという。
しかも、リリアル・ガーデンの噂話をしていて、行ってみたいとまで言っていたらしい。
スバルの想い人はカグヤという名前ではないと聞いてはいたけど、この世界の名前が本名かどうかなんてわからない。
カグヤさんは今現在リリアル・ガーデンにいるポニーテールの女の子で、この場にいるのだからスバルのことを知っていたに違いない。
ならば、この人がスバルの話していた子だと結論づけてもいいのではないだろうか?
ただ、仮にそうだとしても行動の理由はまったくわからない。
リリアル・ガーデンに来たカグヤさんは、スバルがいることを知って、結果的に消し去った。
そう考えるなら、なにか大きな目的が存在していないとおかしい。
スバルは自嘲気味に、現実世界ではブサイクだと語っていた。
だったら例えば、ブサイクな男に想いを寄せられているということが周囲に知られてしまい、からかわれていたとしたら、どうだろうか?
あんな奴、なんとも思ってない! そう言い返しているのに、面白がって誰も聞き入れてくれない。
それどころか、仲を取り持ってあげるね、とか言って、周りの人たちは積極的にふたりをくっつけようとした。
スバルから聞いた話にそんな内容はなかったけど、本人の知らないところで起こっていた出来事という線ならありえるだろう。
カグヤさんは、それを心底嫌がっていた。
そこで、リリアル・ガーデンの噂を思い出し、この世界へと逃げてきた。
そうやって逃げてきたのに、スバルがいることに気づいた。
なんでここにいるの!? まさか、追いかけてきた!? キモッ!
と思ったカグヤさんは、スバルをどこか遠い場所に呼び出して消し去った――。
そんなところだろうか。
よくよく考えてみれば、それはありえないとすぐにわかる。
ここでのスバルの外見は、現実世界とは全然違っているはずだからだ。
でも冷静さを欠いていたせいか、僕は組み立てたばかりのその無理のある推論を、直接カグヤさんに突きつけるという暴挙に出てしまっていた。
「な……なによそれ!? いくらなんでも、飛躍しすぎよ! ポニーテールの子なんて、いくらでもいるでしょ? だいたい私、スバルって人のことなんて全然知らないし!」
カグヤさんの反論が来る。
そこに、ほころびを見つける。
「スバルのことを知らないなら、どうしてここにいるんですか!? 知らないのにスバルの庭に来て、さらにあなたは、消えてしまったみたいだとまで言いました。それがたとえ憶測だったとしても、明らかにおかしいですよ!」
「うっ……」
言葉を失うカグヤさん。
ほら見ろ。やっぱり嘘だったんじゃないか。僕の睨んだとおりだ。
それでスバルが帰ってくるわけでもないのに、僕は勝ち誇っていた。
カグヤさんにぶつけた推測が正しいかどうかはわからない。
それでも、怪しいのは事実だ。
最初に会ったとき、僕はカグヤさんに「現実世界に嫌気が差したからこそ、このリリアル・ガーデンに来たんですよね?」と問いかけた。
対するカグヤさんの反応は、なんとも釈然としない曖昧なものだった。
そのことを考慮に含めると、彼女は現実世界から逃げてきたのではなく、初めからスバルを亡き者にするためにこの世界に来た、という新たな推論だって成り立ってしまう。
「ちょっとちょっと、待ってってば! そんなわけないから! それに、カナメくんの推論は穴だらけよ? 誰かを殺すためにこの世界に来たとしても、もとの世界には二度と戻れないはずでしょ!?」
「うっ……」
今度は僕が言葉を失う番だった。
「……実際、戻れる方法がまったくないのかは、定かではないけどね。というか、本当に戻れないようだと、私としては困るし……」
声のトーンを落とし、カグヤさんは小さくそうつぶやいた。




