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リリアル・ガーデン  作者: 沙φ亜竜
第3章 友人
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-3-

 僕とスバルは、お互いの庭を行き来したり、ふたりで町中を歩き回ったり、フィールドに出てモンスターと戦ったりもした。

 空を飛ぶことが出来ず、剣や盾なんかを出現させることもできない僕ではあったけど、スバルがしっかりとサポートしてくれた。

 最初の頃にモンスターからゲットしたはずのゴールドすら失くしてしまっていた僕のために、スバルは町で装備を買い与えてくれた。


 体を動かすこと自体は、問題なくできる。

 武器を持ってさえいれば、戦うことだって不可能ではない。


 ただ、動きは鈍い。

 もともと運動神経のいいほうではないからだ。

 以前戦ったときには、僕は空を飛ぶ能力も、それ以外の能力も持っていた。

 羽が生えて飛べるというだけでなく、身体能力的にもなにか特殊な力を得ていた可能性が高い。


 今の僕は、へっぴり腰で重い剣を不恰好に振るうだけの、情けないエセ剣士でしかない。

 それでもスバルは、僕が申し訳ないと思ってしまうくらい必死になって支えてくれた。


 モンスターとの戦いだけじゃない。

 フィールドでの移動も含め、すべての行動において僕が足を引っ張っている。

 にもかかわらず、スバルは僕を見捨てることはなかった。

 それどころか、苦労の伴うこの状況を楽しんでいるようにすら思える。


「やっぱさ、仲間と一緒に遊んでこそ、心の底から満喫できるものだろ? ゲームだって、スポーツやレジャーだって」

「スバル……ありがとう……」


 疲れきって声がなかなか出ない僕の言葉を、スバルは変わらぬ笑顔で受け止めてくれた。


「いい奴だな、お前」

「はっはっは! 感謝は態度で示してもらわないとな!」

「態度って……どうすればいいんだ?」

「そうだな、あとで腹踊りでも見せてくれ!」

「おいっ! なんだよ、そりゃ!?」

「はっはっは、冗談だって!」


 気楽な会話。

 友達と過ごす楽しい時間。

 僕はこの世界に来て初めて、充実した生活を送ることができていた。


 もちろん、あくまでも友達だ。

 ふたりで仲よく出かけることは多かったけど、四六時中いつでもくっついていたわけではない。


 夜が訪れることも眠くなることもない、リリアル・ガーデン。家に戻って寝る必要だってない。

 といっても、お互いのプライベートタイムは必要なものだ。


 それじゃあ、また明日。

 太陽の昇降もないこの世界で、また明日というのもおかしな話だけど、僕たちはそう言って別れ、自分の家でゆっくりと体や精神を落ち着け、次にふたりで遊びに出かける時間を心待ちにする。

 そんな暮らしが、しばらくのあいだ続いていた。




「今日はあの山のほうまで行ってみるか!」

「うん、そうだね」


 スバルの提案にふたつ返事で頷く。

 実際のところ、僕なんかが一緒でなければ、スバルは背中の羽を使って空を舞い、ひとっ飛びで行ける場所でしかないはずだ。

 それでもスバルは、歩いていくしかすべのない僕を誘って、ふたりで行こうと言ってくれている。


「ごめんね。僕がいなかったら、簡単に行けるだろうに」

「おいおい、そんなこと言うなって! 友達と一緒に行ってこそ、旅は楽しいものだろ?」


 疲れるだけに違いない。

 モンスターだってたくさん襲いかかってくるに違いない。

 それなのにスバルは、僕とともに向かうことを当然と考えてくれている。


 どれだけ頭を下げても足りないくらいの思いだった。

 ともあれ、これ以上感謝の言葉を連ねても、かえって気を遣わせてしまうだけだろう。

 心の中で唯一無二の友人に両手を合わせつつ、ふたり旅を堪能しようと決意する。


 旅は順調だった。

 モンスターは出てきたし、山道はとても険しかった。

 でも、困難はあっても弱音は吐かない。

 スバルを頼りきっている心苦しさもあったけど、口にはしない。


 厳しい道のりであればあるほど、乗り越えたあとの嬉しさは格別なものとなる。

 今、僕とスバルの目の前には、壮大な滝の風景が広がっていた。


 圧倒的な自然の美しさ。

 大ボリュームの音。

 滝のせいもあってか強く冷たく感じられる風。

 それらすべてが僕たちの心をぐっと惹きつけた。


 言葉もなく、ただただ景色を眺め続ける。

 そこからさらに、目を奪う光景が繰り広げられることになった。


 七つの色が層を成してきらめく。

 そう、虹だ。

 滝つぼを囲むように鮮やかな光のアーチが現れ、七色の橋を完成させたのだ。


「って、これはちょっと変じゃない? この世界には太陽もないのに、どうして虹が……」

「カナメっち、そんな細かいこと気にすんなよ!」

「いや、まぁ、そうだけど……」


 うん。スバルの言うことはもっともだ。

 だけど、ついつい疑問に思ってしまったのだ。


「ま、俺なりに答えてみるとさ、この世界は町もフィールドも、プレイヤーたちが自らの力を使って構築してるって話だっただろ? だから、イメージ的に綺麗だって理由だけで作られていたとしても、おかしくはないんじゃないか?」

「なるほど……。それもそうだね」

「あとは、無理矢理にでも説明づけるなら、太陽はなくても光はあるわけだろ? ずっと昼間の明るさなんだからさ。だとしたら、光が屈折して起こる虹が発生したって、なんの不思議もないよな? 光がいったいどこから来ているのか、っていう謎は残るだろうけど」

「ふむ……」

「どんな理由にせよ、それを証明できるかはわからないし、証明する必要もないだろ。細かい理由なんて気にせず、壮麗な自然の美しさを目に焼きつければいいんだよ」

「そうだね」


 これ以上、あれこれ考えていても仕方がない。

 僕がスバルと出会うまで悩み続けていたのと同じように、無意味で無駄で無味乾燥な時間を費やすだけになってしまう。


 流れゆく大量の水が奏でる音を聞きながら、僕とスバルは草地にゆったりと腰を下ろす。

 会話をするには、あまりいい環境ではないけど。

 そんな中、スバルは喋り始めた。


「こういうところって、好きな女の子とふたりで来たいよな」

「相手が僕で悪かったね」


 反射的にツッコミを入れてしまう。


「いやいや、そういうことじゃなくってさ」


 ぽりぽりと頭を掻き、一旦言葉を止めたスバルだったけど、すぐに話は再開された。


「俺がこのリリアル・ガーデンの噂を聞いたのって、以前話した好きな女の子たちのグループの会話だったんだよ」


 スバルが言うには、休み時間の教室で自分の席に座っていると、好きな子を含むグループの声が聞こえてきたらしい。

 そこでスバルは耳を澄まし、彼女たちの話に聞くことにした。

 好きな子についてだったら、どんな些細な内容でも知っておきたい。そう思うのは自然な発想だろう。


 その会話の中に、なんでも自分の自由になるリリアル・ガーデンと呼ばれる世界があるらしい、という話が出てきた。

 スバルにしても話しているグループのメンバーにしても、半信半疑だったようだけど。

 ともかく話を聞き続けていると、スバルの好きな女の子が、そんな世界があるなら是非行ってみたい、と言ったのだそうだ。


「だからもしかしたら、この世界にあの子が来てるんじゃないかって。万にひとつの望みに賭けて、探してるってのもあるんだ」


 恥ずかしそうに顔を伏せつつも、聞いてほしいのだろうか、語り続けるスバル。


「活発な子だし、きっとこの世界には来られないと思うけど。可能性としてはゼロではないからさ」


 好きな女の子の姿を想像したのだろう、スバルはこんなことを言った。


「ポニーテールが似合ってて、すごく可愛い子なんだぞ!」

「えっ?」


 ポニーテール?

 それに、この世界に来ているかもしれない?


 僕はここで、ひとりの女の子の顔を思い浮かべていた。

 以前に一度だけ会って、初対面で会話した挙句、罵声を浴びせられた女の子――カグヤさんのことを。


 あの人、言動はともかくとして、顔だけ見ればすごく可愛らしかった。

 しかも髪型はポニーテール。

 これって……。


「もしかして、スバルの好きな子って、カグヤって名前?」

「ん? いや、違うけど」


 僕の推理は見事に外れていた。

 それもそうか。

 ポニーテールの子なんていくらでもいるだろうし、だいたいこの世界では、スバルみたいに実際の顔や体型とは違う姿になることもできる。


 それ以前に、町で見かけたように、リリアル・ガーデンにはたくさんの人が暮らしている。

 そんな偶然が、そうそうあるはずもなかったのだ。

 僕の思考回路は、なんと短絡的だったのだろうか。


「そんなにショボくれるなよ。俺のために教えてくれたんだろ? もしかしたらって思って。その気持ちだけでも、俺は嬉しいよ。それに、カグヤって名前が本名かどうかもわからないしな。一応、今度紹介してくれよ!」

「あ……でも僕も一度会ったきりで、それ以来会ってないから。前に話したことがあったと思うけど、初対面で怒鳴りつけられた女の子ってのが、そのカグヤさんなんだ」

「なんだ、そうか。会えないのはちょっと残念だけど、初対面でいきなり怒鳴りつけるって、そんな感じの子じゃないから、さすがに違いそうだな」

「ま、怒鳴りつけられたのは、僕が不甲斐なさすぎたからなんだけどね……」

「なるほど。最初に会った頃のカナメっち、後ろ向き全開だったもんな!」

「うるさい、それは忘れてくれ」


 今でも後ろ向きな性格は変わっていないけど、随分と心持ちが違っているのは確かだ。

 それはすべてスバルのおかげと言える。

 そんなスバルは、まだ好きな女の子の話を続けていた。


「ま、この世界で見つけることはできないだろうけどさ。もし、もとの世界に戻ることができたら、あの子に似顔絵を描いてプレゼントしようって思ってるんだ」

「おっ、いいじゃないか!」


 僕も絵を描いたりするのが好きだし、それはいい作戦のように思える。


「プレゼントと一緒に、告白?」

「いや、そこまではできないかもしれないけどな」

「なんだよ、ヘタレだな」

「カナメっちに言われたくはない!」

「あはは、それもそうだね。でも、戻れるあてなんて、あるの?」

「うっ……。そんなのないけど……でも、絶対とは言いきれないだろ? ポジティブシンキングだよ!」

「……うん、そうだね」


 スバルと話していると、時間が経つのも忘れてしまう。

 とはいえ、いくら長話をしても日が落ちることはない。

 思う存分語り合った僕とスバルは、それぞれの庭へと戻ることにした。


 また明日。

 挨拶を交わし、手を振り合った僕たちは、家路に就く。


 ほんの一瞬だけの帰り道。庭へと戻るときは、帰ることをイメージすれば瞬時に到着できる。

 なんとも便利な機能だ。


 この機能を使う能力がなくなっていなかったのは、本当にありがたい。

 ……でも、どうしてだろう?

 スバルの考えでは、僕自身の能力ではなくて、システム側で用意された基本機能だからじゃないか、とのことだけど。


「ま、気にしていても仕方がない。この世界で楽しく生きていければ、それでいいんだ。今の僕には、スバルという友達もいてくれるし……」


 遠出したことで随分と疲れていたのだろう、ベッドに潜り込むのとほぼ同時に、僕は眠っていた。

 この頃は、こんな充実した時間が急に消えてなくなってしまうことなど、まったく予想だにしていなかった――。


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