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僕とスバルは、お互いの庭を行き来したり、ふたりで町中を歩き回ったり、フィールドに出てモンスターと戦ったりもした。
空を飛ぶことが出来ず、剣や盾なんかを出現させることもできない僕ではあったけど、スバルがしっかりとサポートしてくれた。
最初の頃にモンスターからゲットしたはずのゴールドすら失くしてしまっていた僕のために、スバルは町で装備を買い与えてくれた。
体を動かすこと自体は、問題なくできる。
武器を持ってさえいれば、戦うことだって不可能ではない。
ただ、動きは鈍い。
もともと運動神経のいいほうではないからだ。
以前戦ったときには、僕は空を飛ぶ能力も、それ以外の能力も持っていた。
羽が生えて飛べるというだけでなく、身体能力的にもなにか特殊な力を得ていた可能性が高い。
今の僕は、へっぴり腰で重い剣を不恰好に振るうだけの、情けないエセ剣士でしかない。
それでもスバルは、僕が申し訳ないと思ってしまうくらい必死になって支えてくれた。
モンスターとの戦いだけじゃない。
フィールドでの移動も含め、すべての行動において僕が足を引っ張っている。
にもかかわらず、スバルは僕を見捨てることはなかった。
それどころか、苦労の伴うこの状況を楽しんでいるようにすら思える。
「やっぱさ、仲間と一緒に遊んでこそ、心の底から満喫できるものだろ? ゲームだって、スポーツやレジャーだって」
「スバル……ありがとう……」
疲れきって声がなかなか出ない僕の言葉を、スバルは変わらぬ笑顔で受け止めてくれた。
「いい奴だな、お前」
「はっはっは! 感謝は態度で示してもらわないとな!」
「態度って……どうすればいいんだ?」
「そうだな、あとで腹踊りでも見せてくれ!」
「おいっ! なんだよ、そりゃ!?」
「はっはっは、冗談だって!」
気楽な会話。
友達と過ごす楽しい時間。
僕はこの世界に来て初めて、充実した生活を送ることができていた。
もちろん、あくまでも友達だ。
ふたりで仲よく出かけることは多かったけど、四六時中いつでもくっついていたわけではない。
夜が訪れることも眠くなることもない、リリアル・ガーデン。家に戻って寝る必要だってない。
といっても、お互いのプライベートタイムは必要なものだ。
それじゃあ、また明日。
太陽の昇降もないこの世界で、また明日というのもおかしな話だけど、僕たちはそう言って別れ、自分の家でゆっくりと体や精神を落ち着け、次にふたりで遊びに出かける時間を心待ちにする。
そんな暮らしが、しばらくのあいだ続いていた。
「今日はあの山のほうまで行ってみるか!」
「うん、そうだね」
スバルの提案にふたつ返事で頷く。
実際のところ、僕なんかが一緒でなければ、スバルは背中の羽を使って空を舞い、ひとっ飛びで行ける場所でしかないはずだ。
それでもスバルは、歩いていくしかすべのない僕を誘って、ふたりで行こうと言ってくれている。
「ごめんね。僕がいなかったら、簡単に行けるだろうに」
「おいおい、そんなこと言うなって! 友達と一緒に行ってこそ、旅は楽しいものだろ?」
疲れるだけに違いない。
モンスターだってたくさん襲いかかってくるに違いない。
それなのにスバルは、僕とともに向かうことを当然と考えてくれている。
どれだけ頭を下げても足りないくらいの思いだった。
ともあれ、これ以上感謝の言葉を連ねても、かえって気を遣わせてしまうだけだろう。
心の中で唯一無二の友人に両手を合わせつつ、ふたり旅を堪能しようと決意する。
旅は順調だった。
モンスターは出てきたし、山道はとても険しかった。
でも、困難はあっても弱音は吐かない。
スバルを頼りきっている心苦しさもあったけど、口にはしない。
厳しい道のりであればあるほど、乗り越えたあとの嬉しさは格別なものとなる。
今、僕とスバルの目の前には、壮大な滝の風景が広がっていた。
圧倒的な自然の美しさ。
大ボリュームの音。
滝のせいもあってか強く冷たく感じられる風。
それらすべてが僕たちの心をぐっと惹きつけた。
言葉もなく、ただただ景色を眺め続ける。
そこからさらに、目を奪う光景が繰り広げられることになった。
七つの色が層を成してきらめく。
そう、虹だ。
滝つぼを囲むように鮮やかな光のアーチが現れ、七色の橋を完成させたのだ。
「って、これはちょっと変じゃない? この世界には太陽もないのに、どうして虹が……」
「カナメっち、そんな細かいこと気にすんなよ!」
「いや、まぁ、そうだけど……」
うん。スバルの言うことはもっともだ。
だけど、ついつい疑問に思ってしまったのだ。
「ま、俺なりに答えてみるとさ、この世界は町もフィールドも、プレイヤーたちが自らの力を使って構築してるって話だっただろ? だから、イメージ的に綺麗だって理由だけで作られていたとしても、おかしくはないんじゃないか?」
「なるほど……。それもそうだね」
「あとは、無理矢理にでも説明づけるなら、太陽はなくても光はあるわけだろ? ずっと昼間の明るさなんだからさ。だとしたら、光が屈折して起こる虹が発生したって、なんの不思議もないよな? 光がいったいどこから来ているのか、っていう謎は残るだろうけど」
「ふむ……」
「どんな理由にせよ、それを証明できるかはわからないし、証明する必要もないだろ。細かい理由なんて気にせず、壮麗な自然の美しさを目に焼きつければいいんだよ」
「そうだね」
これ以上、あれこれ考えていても仕方がない。
僕がスバルと出会うまで悩み続けていたのと同じように、無意味で無駄で無味乾燥な時間を費やすだけになってしまう。
流れゆく大量の水が奏でる音を聞きながら、僕とスバルは草地にゆったりと腰を下ろす。
会話をするには、あまりいい環境ではないけど。
そんな中、スバルは喋り始めた。
「こういうところって、好きな女の子とふたりで来たいよな」
「相手が僕で悪かったね」
反射的にツッコミを入れてしまう。
「いやいや、そういうことじゃなくってさ」
ぽりぽりと頭を掻き、一旦言葉を止めたスバルだったけど、すぐに話は再開された。
「俺がこのリリアル・ガーデンの噂を聞いたのって、以前話した好きな女の子たちのグループの会話だったんだよ」
スバルが言うには、休み時間の教室で自分の席に座っていると、好きな子を含むグループの声が聞こえてきたらしい。
そこでスバルは耳を澄まし、彼女たちの話に聞くことにした。
好きな子についてだったら、どんな些細な内容でも知っておきたい。そう思うのは自然な発想だろう。
その会話の中に、なんでも自分の自由になるリリアル・ガーデンと呼ばれる世界があるらしい、という話が出てきた。
スバルにしても話しているグループのメンバーにしても、半信半疑だったようだけど。
ともかく話を聞き続けていると、スバルの好きな女の子が、そんな世界があるなら是非行ってみたい、と言ったのだそうだ。
「だからもしかしたら、この世界にあの子が来てるんじゃないかって。万にひとつの望みに賭けて、探してるってのもあるんだ」
恥ずかしそうに顔を伏せつつも、聞いてほしいのだろうか、語り続けるスバル。
「活発な子だし、きっとこの世界には来られないと思うけど。可能性としてはゼロではないからさ」
好きな女の子の姿を想像したのだろう、スバルはこんなことを言った。
「ポニーテールが似合ってて、すごく可愛い子なんだぞ!」
「えっ?」
ポニーテール?
それに、この世界に来ているかもしれない?
僕はここで、ひとりの女の子の顔を思い浮かべていた。
以前に一度だけ会って、初対面で会話した挙句、罵声を浴びせられた女の子――カグヤさんのことを。
あの人、言動はともかくとして、顔だけ見ればすごく可愛らしかった。
しかも髪型はポニーテール。
これって……。
「もしかして、スバルの好きな子って、カグヤって名前?」
「ん? いや、違うけど」
僕の推理は見事に外れていた。
それもそうか。
ポニーテールの子なんていくらでもいるだろうし、だいたいこの世界では、スバルみたいに実際の顔や体型とは違う姿になることもできる。
それ以前に、町で見かけたように、リリアル・ガーデンにはたくさんの人が暮らしている。
そんな偶然が、そうそうあるはずもなかったのだ。
僕の思考回路は、なんと短絡的だったのだろうか。
「そんなにショボくれるなよ。俺のために教えてくれたんだろ? もしかしたらって思って。その気持ちだけでも、俺は嬉しいよ。それに、カグヤって名前が本名かどうかもわからないしな。一応、今度紹介してくれよ!」
「あ……でも僕も一度会ったきりで、それ以来会ってないから。前に話したことがあったと思うけど、初対面で怒鳴りつけられた女の子ってのが、そのカグヤさんなんだ」
「なんだ、そうか。会えないのはちょっと残念だけど、初対面でいきなり怒鳴りつけるって、そんな感じの子じゃないから、さすがに違いそうだな」
「ま、怒鳴りつけられたのは、僕が不甲斐なさすぎたからなんだけどね……」
「なるほど。最初に会った頃のカナメっち、後ろ向き全開だったもんな!」
「うるさい、それは忘れてくれ」
今でも後ろ向きな性格は変わっていないけど、随分と心持ちが違っているのは確かだ。
それはすべてスバルのおかげと言える。
そんなスバルは、まだ好きな女の子の話を続けていた。
「ま、この世界で見つけることはできないだろうけどさ。もし、もとの世界に戻ることができたら、あの子に似顔絵を描いてプレゼントしようって思ってるんだ」
「おっ、いいじゃないか!」
僕も絵を描いたりするのが好きだし、それはいい作戦のように思える。
「プレゼントと一緒に、告白?」
「いや、そこまではできないかもしれないけどな」
「なんだよ、ヘタレだな」
「カナメっちに言われたくはない!」
「あはは、それもそうだね。でも、戻れるあてなんて、あるの?」
「うっ……。そんなのないけど……でも、絶対とは言いきれないだろ? ポジティブシンキングだよ!」
「……うん、そうだね」
スバルと話していると、時間が経つのも忘れてしまう。
とはいえ、いくら長話をしても日が落ちることはない。
思う存分語り合った僕とスバルは、それぞれの庭へと戻ることにした。
また明日。
挨拶を交わし、手を振り合った僕たちは、家路に就く。
ほんの一瞬だけの帰り道。庭へと戻るときは、帰ることをイメージすれば瞬時に到着できる。
なんとも便利な機能だ。
この機能を使う能力がなくなっていなかったのは、本当にありがたい。
……でも、どうしてだろう?
スバルの考えでは、僕自身の能力ではなくて、システム側で用意された基本機能だからじゃないか、とのことだけど。
「ま、気にしていても仕方がない。この世界で楽しく生きていければ、それでいいんだ。今の僕には、スバルという友達もいてくれるし……」
遠出したことで随分と疲れていたのだろう、ベッドに潜り込むのとほぼ同時に、僕は眠っていた。
この頃は、こんな充実した時間が急に消えてなくなってしまうことなど、まったく予想だにしていなかった――。




