第24話 本日はお休みです
家の門の前に、いつもの顔が並んでいた。
フェンリルは棒をくわえていた。少し離れてスケルトンが杖を突き、水車小屋のゴーストは門柱の影から顔を出していた。
恭次は鞄を掛け直した。
土産を渡そう。そう思って近づくと、フェンリルが棒を置いた。
「帰りましたか。少し、お聞きしたいことが」
恭次は足を止めた。
家はもう目の前で、皆もここまで来ている。聞くだけならすぐ済むかもしれない。門を開け、玄関から椅子を出して。
先に門の前へ出たのは、ケルベロスだった。
ミギが掛け札を鼻で示し、ナカが顔を上げた。
「本日は休みです」
ヒダリは恭次の方を見た。
「明日は、いつもの時間」
フェンリルは、恭次から3つの頭へ目を移した。フェンリルは3つの頭へ向き直り、ナカの言葉が終わるのを待った。恭次は鞄の紐から手を離した。
「俺からも。今日は休むよ。帰ってすぐだから、荷物も下ろしたい」
フェンリルの前脚が、棒へ寄った。
「土産を頂いたら、投げてもらえるかと思いました」
「新しいのは、明日、遊ぶ相手に投げてもらおう」
恭次はしゃがまず、立ったままハコへ声をかけた。
輪を結んだ包みと、短い結びの包みが出た。ハコは恭次に順番を聞かなかった。
短い結びをほどき、フェンリルの前へ棒を置く。向こうが匂いを嗅いでいる間、恭次は今持っている棒と見比べた。少し細く、角が滑らかだ。
「投げる方の棒。持って帰る方は、今までのを使ってくれ」
フェンリルは新しい棒をくわえ、いったん置いた。足で押さえてから、前の棒を口に取る。しばらく2本を交互に見た。
「明日は、新しい方を持ってきます」
「それでいいと思う」
恭次は頷き、ゴーストへ向いた。
日が傾き、輪郭の薄い顔が門柱の脇に見えていた。恭次が先に挨拶をすると、ゴーストは体を少し明るくした。
小さな風鈴を包みから出す。紐を持ち、門の内側へ一歩だけ入り、皆の顔に当たらない所へ吊るして見せた。
「軽く触れば鳴る。水車小屋で挨拶したい時に、使えると思って」
ゴーストの手が近づいた。半透明の指が下の小片へ触れる。指はすぐに透けて離れたが、風鈴は少し揺れて、澄んだ音を1つ出した。
フェンリルも、スケルトンも、そちらを見た。
ゴーストは紐の横へ姿を寄せた。誰かを驚かす顔ではなかった。
「これくらいなら、洗濯物の近くでもうるさくありませんね」
恭次は水車小屋で聞いた声を思い出した。洗濯をする人へ使い方を伝える時は、ゴースト自身も一緒にいてもらおう。その立ち会いは、今日でなくていい。
風鈴を包みへ戻し、ゴーストが持ち帰れるように、フェンリルの棒の脇へ置いた。長く物を持てないので、ここまでは一緒に来たスケルトンに頼んであったらしい。細い手が包みを受け取った。
「重くないか?」
恭次が聞くと、スケルトンは杖を持つ手と反対の手を上げた。
「こちらは空いています」
杖の印は、前に付けたままだった。骨の数の話を始める様子はない。
巨大グモへの包みは、ハコの中へ戻した。通りがかれば渡すが、今夜届けに出る約束はしなかった。ハコは長く残した紐の端を蓋の内側へ収めた。
「渡すまで、預かります」
恭次は礼を言った。
そのまま門を開けると、フェンリルが耳を動かした。
「少し聞いていただく分も、明日ですか」
恭次の手が止まりかけた。
玄関の向こうには、食卓の椅子がある。出せば、いつでも座れる。
「うん。明日にしてくれ」
声は、思ったほど強くしなくて済んだ。
フェンリルは前の棒をくわえ、続いて新しい棒も慎重に重ねた。歩きにくそうだったが、持てるか聞く前に、スケルトンが片方を受け取った。
3匹が帰るのを見送り、恭次は門の掛け札を直した。
今日は休み。明日はいつもの受付時間。
家へ入る前、恭次はマルタにも帰宅を知らせた。外にいた彼女は、留守の間に変わったことはないと言い、荷物を下ろしてからでいいので明日顔を見せるようにと手を振った。
ガンがスミの籠を庭から運び、玄関で恭次へ渡した。恭次は居間の敷物に下ろす。スミはひとつ伸びをし、食卓が見える自分の場所へ移った。
「籠の布は、洗っていただけますか」
恭次は汚れを見た。土の大きな塊はないが、道の粉が端に付いている。
「明日洗う。今夜は替えのを敷こう」
「はい。明日で大丈夫です」
スミは居間の方を向いたまま答えた。
恭次が籠の底を見ていると、スミは自分の席から、そこに小石はありませんかと聞いた。
「ある。端に1つ」
「坂で、入ったと思います」
恭次は小石を取り、玄関の外へ戻した。籠の端には、石の当たっていた浅い跡が残っていた。
「その時、言ってくれてよかったのに」
「体には触れていませんでしたので。降りてからで、大丈夫でした」
恭次は籠を伏せず、布を外したまま乾く所へ置いた。洗う分の布だけを脇へ寄せ、椅子へ戻った。
戸口でガンが待っていた。籠を渡した方の手は、もう空いている。
「荷物、終わり」
「うん。ありがとう。ガンも座ってくれ」
ガンは頷き、作業場へ向かった。門の向こうから誰かが来る気配もない。家の中で聞こえるのは、ハコが布を畳む音と、ケルベロスが枕の位置を直す小さな足音だけだった。
恭次は水筒を煮炊き場へ置き、鞄を寝室へ入れた。足元を塞がない位置にする。戻ると、ハコが皆の寝る物を出していた。
ケルベロスの枕は元の隅へ、ベルグの布は台の上へ。借りた物を紛れ込ませてはいない。ガンは作業場で水筒を下ろした。
夕飯は、出発前に残しておいた、水へ長く浸けずに煮られる割り豆と、宿で帰り用に買ったパンにした。豆を水に浸している間に荷物を片づけ、火にかけてからは煮えるまで座ることにする。
すぐに温かい夕飯が出てくるわけではない。それでも、誰かの相談を終えてから慌てて買い物へ走らずに済む。
菓子の包みを開けると、ヒダリの鼻が近づいた。ナカは菓子の包みへ鼻を寄せたが、恭次が豆の鍋を示すと、少し離れた。
「菓子は少しずつな。夕飯もあるから」
ハコが人数ではなく食べる量を見て、包みを分けた。スミの布へ粉が落ちないよう、恭次は自分の皿を少し引いた。
ガンが居間の入口へ戻ってきた。手に小さな石を持っている。
出発前に作っていた鳥だった。玄関の石敷きに立ち、食卓の端を指す。恭次は鳥を受け取り、示された所へ置いた。片翼だけ少し高い。
「朝市の鳥、もっと羽が細かったな」
恭次が言うと、ガンは自分の鳥へ触れた。
「これは、ここまで」
「うん。こっちも好きだよ」
ガンは手を離した。鳥は、そのまま食卓に残った。
ベルグが台へ上がった。足元には何も置かれていない。尾を回し、前脚を揃える。旅先の腰掛けより、皆の顔が少し見やすい高さだった。
「やはり、ここの方が落ち着く」
そう言ってから、丘の上で伸ばした翼の話をした。短い飛行でも、空の広い所では気持ちが違うらしい。
恭次は話を聞きながら、豆の具合を見に立った。火を弱め、鍋の蓋を戻す。席へ帰っても、話は終わっていなかった。
ハコが宿での布の置き方を覚えていた。スミは水路の魚について、自分の籠からは一瞬しか見えなかったと言った。ヒダリは丘の上で嗅いだ草の匂いの話をした。
恭次が夕飯をよそい始めると、ミギが右の頭を上げた。
「帰り道について、1つある」
恭次はお玉を持ったまま顔を向けた。
「丘を選んだことは、もう済んでるよな」
「下り坂の途中に、小石が多かった。次は水路沿いにしたい」
ヒダリがすぐ隣を見た。ナカも口を開きかけた。
恭次は3つの皿を、食卓の上へ並べた。
「それは夕飯のあと」
ミギは皿を見た。ヒダリも、ナカも、今はそちらへ顔を戻した。
恭次は自分の椀を持って席へ入った。スミから顔が見え、ハコが通れ、ベルグが降りられる。足を組み直しても、ハコの通り道へはみ出さなかった。
道の話は、あとで聞こう。籠の布は明日洗う。土産を渡す用事も、まだ1つ残っている。
窓の外で、空の色が暗くなった。
恭次はパンをちぎった。次は水路のもっと先へ行くのもいい。今度も、荷物を並べるところから始まるのだろう。
食卓の向こうで、スミが少し高く丸くなった。
「次の旅も、籠でお願いします」
恭次は口の中のパンを飲み込んでから、頷いた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
隣町への一泊にも、相談が尽きない仲間たち。恭次たちの共同生活を、少しでも楽しんでもらえていたら嬉しいです。
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