プロローグ : 番号に定められた運命
めちゃめちゃ初心者です!
よろしくお願いします!
ジジッ…
月の光がかろうじて差し込む、闇に沈んだ森の中。
不気味な機械音が、スピーカー越しに辺りへ響いた。
『……吸血鬼の亜人、No.27が逃走。職員は発見し次第、直ちに捕獲せよ。必要であれば、死なない程度で傷つけても構わない』
冷たい機械音声が、何度も、何度も繰り返される。
「捕獲」その一言が、鼓膜に触れるたび心臓が跳ね、全身の汗腺が一斉に開く。思考は凍りつき、ただ本能だけが体を突き動かしていた。
「はっ、はっ……っ!」
夜の森を、自分はただがむしゃらに走る。
体は悲鳴を上げている。それでも止まれない。
止まれば、終わりだ。
こんなところに来てから嫌な事ばかり。昔の事がどんどん薄れていくあの不快感がずっと嫌で、嫌で、たまらなかった。
今回の脱出、失敗したら確実に処分される。一か八かでの「神風突撃大作戦」だ。
つまり、ヤケである。
…これが失敗したら、こんなチャンスはきっと2度と訪れない。
“次”なんて、初めから用意されていない。
木々をすり抜け、枝をかき分け、無我夢中で前だけを見る。
後ろからは、足音。複数人が草を踏み、確実に距離を詰めてくる。
「待てっ!」
「あいつを逃すな!」
そんな怒りや焦りを孕んだ声が背後から響き、恐怖に彩られた空気を裂く。
…後ろを向いたらすぐに捕まる。目があったらすぐに捕まる。
そう自分に言い聞かせながらひたすら前を見て、瞬きするのも惜しく、ひどく目が乾く。
「早く捕まえろ!」
1人の男の重い焦りと苛立ちが滲んだ怒声が、この森に響き渡る。
その声に怯え、鳥たちは飛び立ち、獣たちは身を潜めた。
距離が徐々に近くなっているのを肌で感じとり、じわりと汗が滲むのがわかる。早く足を動かそうとするも、足が重い。もう限界に近いのが、自分でも分かる。
けれど、ここで止まれば待つのは地獄。
捕まれば、生きたまま“研究対象”にされる。
亜人のこの体を、モルモットとして、何度も、何度も、あの冷たい手に晒される。
幸か不幸か、亜人である自分は人間より体が頑丈だ。
よほどのことをしない限りこの体が壊れることはない。
「魔術の使用を許可する! あのガキを止めろ! 撃て!」
怒りをあらわにした職員の叫びが、闇を引き裂く。
…あった。自分があいつらを撒けるかもしれない方法が。
自分が職員の目を盗んでずっと鍛錬を続けていた"魔法"。
自分によく目を掛けてくれた人が内緒でくれた魔法書。その本を貰ってから、職員にバレないよう小さな力でやっていた。
いや、元々得意ではなかったから、ヘタをうって勘付かれでもしたら面倒だったからというのもある。
…来る!
背後から空気を裂く音。殺意を帯びた魔力が飛来する。
何発かは背中をかすめ、1発は肩に命中した。
焼けるような痛み。だが、それでも止まるわけにはいかない。
「……っ、【身体強化】……二倍!」
呪文は唱えられない。だが核の言葉で簡易的な魔法ならできる。
魔力の流れを意識し、脚に集中させる。
…一点に力を集めて、思い切り地面を、蹴る!
風が裂け、景色が流れる。
森の闇が、後ろへ後ろへと遠ざかっていく。
職員の足音も、怒号も、もう聞こえない。
この逃走は、奇跡か、あるいはほんの一時の猶予か。
それすら考える余裕もなく、ただ、自分は走り続けた。
♢ ♢ ♢
「……抜けた」
ぜぇ、はぁ、と乱れた息を吐きながら、脚がふらりと崩れ、柔らかい草むらに尻もちをついた。
全身がじっとりと汗に濡れ、心臓の鼓動がまだ耳の奥で煩く鳴っている。
空を見上げると、そこには月もなく、星だけが静かに瞬いていた。
今夜は新月。風の音だけが森の静けさを切り取るように流れている。
「すぅ……はぁ……」
自分はようやく、深く息を吐き出した。
あたりに追手の気配はない。魔法の気配も、足音も、怒鳴り声も、悲痛な叫び声だって。
何もない。ただただ静かに風が吹いている。
それに、酷く安心した。
じわり、と目元に熱がこみ上げてきて、何かがぽつぽつと頬を伝った。
「……?なんで……」
涙だった。
理由はわからない。ただ、堰を切ったように流れ出る。止めようとしても止まらない。
怖かったのか。
生き延びたことに安心したのか。
それとも、もう“奴ら”の手が届かないところに来られたのだという、解放の証なのか。
しばらく空を見つめたままぼんやりしていたが、やがて自分に喝を入れるように小さく声を出した。
「……ふーっ。よし!」
涙を袖で拭って、震える足に力を込めて立ち上がる。
ここで止まってはいけない。安全圏まで、あと少し。
“電車”というものが使える方向へ向かって、自分は再び走り出した。
…早く。もっと、もっと遠くへ。
目的の場所に着くと、人通りはまばらだった。
暗がりにひっそりと開いていた小さな駅の窓口で、値段を何度も確認しながら、一番安い『きっぷ』を買う。
目の前には、つるりとした横長の金属の箱。これが電車というやつだろう。
自分が使った金は、職員が落としていったものだ(その時はただの紙切れだと思っていた)。
でも今は、それが自分を別の世界へ運んでくれる鍵になっている。それが、自分にはなんとも不思議に思えた。
ドアが開く音に導かれ、中へと足を踏み入れる。
座席に腰を下ろすと、ふわりとしたクッションの感触が体を包んだ。
ガタン、ゴトン。
ゆっくりと動き出した車内は、自分ひとりだけ。誰にも追われない空間。誰にも気づかれない時間。
暖かな安らぎが、胸の奥に染み込んでくる。
「……会いたいな……」
ぽつりと漏らした声は、空気にかき消されてしまった。
脱出は、確かに成功した。
薬で抑えられ続けた身体能力と魔力。その中でも、自分は少しずつ力を蓄えてきた。
誰にも見せず、誰にも知られず。それが今、ようやく実を結んだのだ。
その事実が、自分と過去の成果を認めてくれている様な気がした。
電車の揺れが心地よく、意識がゆるやかに沈んでいく。ゆったりとした眠気が自分を覆っていくような感覚がとても心地よい。徐々に瞼が重くなり、ゆっくりと閉じていく。
…このまま、ほんの少しだけ、眠ってしまいたい。
そう思えるほど、静かだった。
「次は、終点です。残っているお客様は、降車ください」
「うおっ……!」
不意に大きめのアナウンスが流れ、寝そうになっていた意識が強制的に戻される。
眠気が一気に吹き飛び、心臓がドクドクと早鐘を打つ。
けれど、すぐに気づく。これはもう「敵の声」じゃない。ただの案内放送だと。
プシューッとドアが開く音。
自分は、知らない都市へと、確かに足を踏み出した。
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