魔力ゼロと笑われた公爵令嬢、実は千年に一人の体質でした〜婚約破棄された翌日、隣国の王太子に見初められまして〜
「エリーゼ・ヴァルナー。本日をもって、貴女との婚約を解消する」
王都の大広間に、その声は朗々と響いた。
国王陛下の御前。数十名の貴族が居並ぶ謁見の場。ヴィクター・フォルスト侯爵子息は、まるで天気の話でもするように言い放った。隣には薄桃色のドレスをまとった少女が寄り添っており、その瞳には勝利の色が滲んでいた。
エリーゼは一歩も動かなかった。
動けなかったのではない。動く必要がないと思った——否、正確には、すでにこうなることが、どこかでわかっていたのかもしれない。
「理由を聞かせていただいてよいですか、フォルスト様」
エリーゼの声は静かで、広間の誰もが息を呑んだ。婚約破棄を告げられて泣き崩れる令嬢を想像していた者には、拍子抜けだったに違いない。
ヴィクターは眉をわずかに動かしてから、ふんと鼻を鳴らした。
「聞くまでもないでしょう。貴女には魔力がない。侯爵家の跡取りとして、魔力なき妻を迎えることは家の恥になる。それだけです」
魔力なき妻。
その言葉が、広間にさざ波のように広がった。ひそひそと交わされる囁きが、エリーゼの耳にも届く。「やはりそうか」「あの欠陥令嬢では仕方ない」「それよりあの方は誰?」——最後の声は、ヴィクターの隣の少女に向けられたものだろう。
エリーゼは視線を上げ、真っ直ぐにヴィクターを見た。
この国では、魔力の多寡が貴族の格を決める。魔法が農業を支え、軍事を支え、生活の隅々にまで根を張るこの世界において、魔力は血統の証であり、家の誇りだった。公爵令嬢でありながら魔力をまったく持たないエリーゼは、生まれた瞬間から「欠陥品」だった。
ヴァルナー公爵家は表向きそれを隠し続け、七年前に結ばれた婚約もそのまま維持されてきた。けれどエリーゼはずっと知っていた。ヴィクターが自分を見る目に、温かさがないことを。
「わかりました」
「……それだけですか」
「他に何か必要でしょうか」
ヴィクターが眉をひそめた。その隣の少女が、勝ち誇ったように薄く笑った。エリーゼはその笑みを見て、ただ静かに一礼した。
その瞬間だった。
広間の端から、低く静かな声が響いた。
「失礼。一つ確認させてください」
全員の視線が、声の主へと集まった。壁際に控えていたのは、見慣れない紺の軍服をまとった青年だった。年は二十代半ばほど。端整な顔立ちに、落ち着いた銀灰色の瞳。その隣には同じく軍服の護衛が二名。
「隣国アルヴァン王国、第一王子アルノルト・アルヴァンです」
広間が、しんと静まり返った。
隣国の王太子——同盟締結のため、今日の謁見に同席していたはずの賓客が、今、立ち上がっていた。
アルノルトは国王に向かって軽く頭を下げてから、まっすぐにエリーゼへと歩いてきた。広間の貴族たちが左右に割れる。その足取りに、一切の迷いがなかった。
「貴女が、エリーゼ・ヴァルナー公爵令嬢?」
「……はい」
「一つ聞いてもよいですか。魔力がないとのことでしたが、貴女は幼い頃から一度も魔法が使えたことがないのですか」
場違いな問いだった。しかしアルノルトの目は真剣で、エリーゼを試すような色はなかった。
「はい。一度も」
「魔力測定の結果は」
「ゼロです。何度測っても、変わりません」
アルノルトは短く息を吐いた。それは落胆ではなく——むしろ何かを確信したときの、小さな吐息に聞こえた。
「では、今から私が魔法を使います。それを見ていてください」
言うが早いか、彼の右手に炎が灯った。赤く美しい、制御された魔力の炎。そしてそれを——エリーゼへと向けた。
広間が悲鳴に包まれた。
しかし炎はエリーゼに触れた瞬間、音もなく消えた。煙一つ残らず、まるで最初から存在しなかったかのように。
「……やはり」
アルノルトの目が、静かに輝いた。
「貴女には魔力がないのではありません。貴女の体は、あらゆる魔力を無効化する。それが貴女の本当の力です」
エリーゼは声を失った。二十年間、欠陥だと言われ続けてきたものが、今この瞬間、別の名前で呼ばれた。
「魔力無効化体質は、我がアルヴァンでは千年に一人の希少な資質とされています」アルノルトは続けた。「魔法攻撃が激化する現在の国際情勢において、いかなる魔法も通じない存在は——軍事的に言えば、最大の盾です」
広間が静寂に包まれた中、ヴィクターだけが一歩前に出た。
「殿下、それは——」
「フォルスト侯爵子息」アルノルトが穏やかに遮った。「貴方は今、千年に一人の令嬢を手放しました。その判断については、貴方が生涯かけて後悔されることでしょう」
ヴィクターの顔が青ざめた。その隣の少女が、きゅっと唇を噛んだ。
アルノルトはエリーゼへと向き直り、静かに言った。
「エリーゼ嬢。もしよろしければ——我がアルヴァンへ来ていただけますか」
その言葉に、広間の全員が息を呑んだ。
話はそこで終わらなかった。
アルノルトが帰国の途についたのは翌週のことで、エリーゼはその間、嵐の中に放り込まれたような日々を過ごした。
父であるヴァルナー公爵は、最初こそ「隣国へなど」と難色を示した。しかし王宮の政務官が「同盟強化の観点から」という言葉を添えて説明に来た翌朝には、表情が変わっていた。娘を厄介払いできるという安堵なのか、政治的価値に気づいた打算なのか——エリーゼにはどちらでもよかった。
母は泣いた。「せめて手紙を書きなさい」と繰り返した。それだけで十分だった。
荷造りをしながら、エリーゼは自分の部屋を見回した。七年間、婚約者のために磨いた作法も、読み込んだ礼儀書も、侯爵夫人になるための教養も——ここに全部あった。それが今は、違う場所へ持っていく荷物になっている。
不思議と悲しくはなかった。ただ、世界がくるりとひっくり返った感覚があった。
隣国アルヴァンへの道中、エリーゼはアルノルトと同じ馬車に乗ることになった。外交上の配慮と護衛の都合、ということだったが、エリーゼには本当の理由がわからなかった。
「緊張していますか」
アルノルトが馬車の揺れに合わせながら、静かに聞いた。
「……正直に申し上げれば、はい」
「何が一番怖いですか」
「知らない国に行くことではありません」エリーゼは少し考えてから答えた。「役に立てるかどうか、です。私の体質が本当に有用なのかどうか、まだ実感が持てません」
アルノルトは少し眉を動かしてから、ゆっくりと頷いた。
「正直な方だ」
「嘘をついても仕方ありませんから」
「それは美徳です」彼は窓の外を見た。「私が王宮で一番困ることは、誰も本当のことを言わないことです。利害で動き、言葉を包み、本心を隠す。それがこの十年の悩みでした」
エリーゼは少し驚いて、王子の横顔を見た。王族がそんな本音を、会って数日の令嬢に話すだろうか。
「……殿下は正直な方なのですね」
「努めてそうしています」アルノルトが視線を戻した。「貴女にだけかもしれませんが」
「なぜ私にだけ」
「貴女は私の魔法を受け止めた。あの瞬間、私は貴女を見ていました。怖いとも、驚いたとも、顔に出さなかった。ただ、じっと受け止めた」
エリーゼは記憶を辿った。確かに、怖くなかった。自分でも不思議だったが、炎が近づいてきたとき、体が怯えなかった。
「それが……正直さに繋がるのですか?」
「強い人間には、本音で話せます」
短い言葉だったが、エリーゼには何かが伝わった気がした。馬車の外を流れる景色が、いつのまにか王都の石畳から緑の野原に変わっていた。
アルヴァン王国は美しかった。
王都の街並みは白い石造りで、至るところに魔法灯が灯り、噴水が光る水を吹き上げていた。エリーゼが馬車の窓から顔を出すと、行き交う人々が手を振った。王太子の帰国を喜んでいるのだろう——そしてその隣に見知らぬ令嬢がいることに、好奇の目が向けられていた。
王宮に入ってすぐ、エリーゼはアルノルトから引き離され、侍女に案内されて客室へ通された。部屋は広く、窓からは庭園が見えた。バラが咲き乱れる庭で、一人の老人が丁寧に花の手入れをしていた。
翌日、アルノルトの説明で「魔力無効化体質」の正式な検証が行われた。
王宮魔法師の長、白髪の老魔法師レインハルト卿が次々と魔法を放ち、そのすべてがエリーゼの前で消えた。火属性、水属性、風属性、付与魔法、術式魔法——種別を問わず、エリーゼの半径一メートル以内に入った魔力はことごとく霧散した。
「これは……」レインハルト卿が白い眉を寄せた。「殿下のおっしゃる通りです。千年に一人どころか、古い文献にしか記録がない。これほど完全な無効化体質は見たことがない」
「欠陥ではないということですか」
エリーゼが静かに問うと、老魔法師は目を細めた。
「欠陥どころか、令嬢。貴女の体は魔法という力に対して、最も正直に反応しているのです。魔力とは本来、外部から干渉されるものではない。それを跳ね返す体を持つとは——自然の摂理に最も近い体質といってもよい」
エリーゼは黙って頷いた。欠陥ではない——その言葉を、二十年分の傷が静かに吸い込んでいった。
王宮での生活が始まると、エリーゼはすぐに気づいた。
アルヴァンの王宮には、エリーゼを「欠陥」だと言う人間がいない。
それは魔法が使えないことを知らないからではなく——知ったうえで、誰も気にしないからだった。王宮の騎士たちはエリーゼを見ると「無効化の令嬢」と呼んで敬意を払い、侍女たちは「お守りがわりに隣にいてほしい」と冗談交じりに笑った。
アルノルト付きの侍従長は、エリーゼに小さな金色のバッジを渡してきた。
「王宮内での身分証です。これを見せれば、どこへでも入れます」
「どこへでも、とは」
「王宮図書館、魔法実験棟、訓練場、政務室——どこでも構いません。殿下の指示です」
エリーゼは金バッジを手のひらに乗せて、しばらく見つめた。それは小さな鍵に見えた。ヴィクターの屋敷では、侯爵夫人の仕事を学ぶために行けない場所の方が多かった。
最初に訪れたのは図書館だった。
天井まで届く書架が何列も続く大図書館の中で、エリーゼは半日を過ごした。魔法の歴史、国際関係の資料、薬草学、天文——ヴァルナー公爵家では「令嬢に不要な知識」として触れさせてもらえなかった本が、ここでは自由に開けた。
「楽しそうですね」
気づくと、アルノルトが棚の陰に立っていた。
「殿下、いつから」
「少し前から。声をかけるのが惜しかった」
エリーゼは頬に熱を感じながら、膝の上の本を閉じた。
「ご用でしたか」
「いいえ。貴女がどこへ行くか、気になっただけです」アルノルトは棚から一冊を引き抜きながら言った。「軍事書と薬草学と天文を同時に読む令嬢は珍しい」
「興味があるものを順番に取っていたら、こうなりました」
「好きなのですか、本が」
「今まで、あまり読めなかったので」
アルノルトは少し眉を動かしてから、何も言わずに隣の椅子に座った。自分も本を開き、静かに読み始めた。
それが、二人の間の最初の「普通の時間」だった。王子と令嬢ではなく、ただ図書館で本を読む二人の人間として過ごした、静かな午後。
一ヶ月が経った頃、エリーゼのもとに一通の手紙が届いた。
差出人は、ヴィクター・フォルスト。
『エリーゼ、元気でいますか。あのときのことは……少し言い過ぎたかもしれません。もし貴女さえよければ、もう一度話し合う機会を』
エリーゼは手紙を静かに折り畳み、机の引き出しにしまった。返事は書かなかった。書く必要を感じなかった。
その日の夕方、中庭でアルノルトと並んで歩いているとき、エリーゼはふと問いかけた。
「殿下は、なぜ私を連れてきたのですか。本当の理由を聞いてもよいですか」
アルノルトは立ち止まった。夕日が石畳を橙色に染めている。
「最初は……正直に言えば、体質の有用性のためでした」
「やはり」
「でも」彼はエリーゼを見た。「馬車の中で変わりました」
「何が変わったのですか」
「私が本音を話したとき、貴女は驚いた顔をしたでしょう。覚えていますか」
「覚えています」
「あの顔が良かった。飾らない、素直な驚き。王宮では見たことのない顔でした」アルノルトはゆっくりと言葉を選んだ。「体質は理由でした。でも今は、別の理由があります」
「別の理由とは」
「貴女そのものが、理由です」
エリーゼは動けなかった。夕風が庭木を揺らし、バラの花びらが一枚、足元に落ちた。
「……殿下」
「答えは急ぎません」アルノルトは微笑んだ。「ただ、知っていてほしかった」
転機は三ヶ月後に訪れた。
両国の同盟を正式に締結するための晩餐会が、アルヴァン王宮で催された。ヴァルナー王国からも多数の貴族が訪れ、広間は二国の上流社会で溢れかえった。
エリーゼはその場に、アルノルトの隣に立っていた。
「王太子殿下付きの顧問令嬢」という肩書きが、いつの間にかついていた。魔力無効化体質を持つ令嬢として、外交の場での護衛的な役割を担う——それが公式の立場だったが、実際には政務の相談役としてアルノルトに意見を求められることも増えていた。
そして晩餐会の入口で、エリーゼは見知った顔と目が合った。
ヴィクター・フォルスト。
隣には、例の男爵令嬢——ではなく、別の女性が立っていた。社交的に笑う彼女の腕に、ヴィクターが緊張した様子で手を添えている。
エリーゼは驚かなかった。ただ、少し前の自分なら、この場面をどんな気持ちで見ていたかと思った。
ヴィクターの視線が、エリーゼの隣のアルノルトに気づいた瞬間、その顔が固まった。目を逸らすことも、近づくこともできずに、彼はその場に立ち尽くしていた。
エリーゼはただ、静かに微笑んだ。
怒りはなかった。憐れみもなかった。ただ——あの日、婚約を破棄されて一人で立っていた自分と、今この場所に立っている自分が、遠い場所にいるような感覚があった。
アルノルトが耳元で小さく言った。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です」エリーゼは答えた。「むしろ、ありがとうございます、と伝えたい気分です」
「あの方に?」
「婚約を破棄してくれたことに、です」
アルノルトは一瞬だけ目を細めてから、低く笑った。広間の雑踏に溶けてしまうほど小さな笑いだったが、エリーゼには聞こえた。
晩餐会は華やかに進んだ。エリーゼは多くの貴族に声をかけられ、アルヴァンの魔法師たちに「いつかご一緒しましょう」と誘われ、ヴァルナーの貴族たちには一様に目を丸くされた。「あのエリーゼ・ヴァルナーが」という囁きが耳に届いたが、今日はそれすら心地よかった。
夜半、エリーゼは広間を抜け出して、テラスに出た。夜風が涼しく、星が多かった。
「逃げてきましたか」
後ろから声がして振り向くと、アルノルトが立っていた。
「少し息が詰まりました。殿下は?」
「追いかけてきました」
率直な答えに、エリーゼは思わず笑った。
「殿下は本当に正直ですね」
「貴女の前では、そうなります」アルノルトはテラスの手すりに並んで立ちながら、夜空を見上げた。「エリーゼ」
「はい」
「一つ、聞いてもよいですか」
「何でも」
「この三ヶ月、アルヴァンはどうでしたか。辛くはありませんでしたか」
エリーゼはしばらく星を見ていた。
「最初は、怖かったです。知らない国で、知らない人たちの中で、自分が何者かわからなかった。でも」
「でも?」
「ここには、魔力のない私を欠陥と呼ぶ人がいなかった。図書館の本が自由に読めた。殿下が、本音で話してくれた」エリーゼは手すりに手を置いた。「人生でこんなに、自分らしくいられた三ヶ月はなかったと思います」
アルノルトは何も言わなかった。ただ、その手の上に、静かに自分の手を重ねた。
エリーゼは驚いたが、逃げなかった。
「もう一つ聞いてもよいですか」アルノルトが言った。
「はい」
「ここに、ずっといてくれますか」
夜風が吹いて、テラスに置かれた鉢植えの花が揺れた。遠くの広間から、弦楽の音が漏れてくる。
エリーゼは空を見上げたまま、ゆっくりと答えた。
「……殿下は、私の体質が必要だから言うのですか。それとも」
「それとも、です」
迷いのない声だった。
エリーゼは目を閉じた。二十年間、欠陥と呼ばれた記憶が、一枚一枚、剥がれていく気がした。婚約者に必要とされなかった七年間が、静かに遠ざかっていく気がした。
「では」エリーゼは目を開けた。「ここにいます」
アルノルトの手に、少しだけ力がこもった。
その後の話を、少し続けよう。
晩餐会の翌日、ヴィクター・フォルストは帰国の前にエリーゼへ会いに来た。正式な面会ではなく、廊下で偶然鉢合わせる形だったが、その目には昨夜からずっと迷っていた色があった。
「エリーゼ、その……」
「フォルスト様」エリーゼは穏やかに遮った。「ご用件はなんでしょうか」
「あのときのことを、謝りたくて」
「謝罪は不要です」
「でも」
「フォルスト様が婚約を破棄してくださらなければ、私はここにいませんでした」エリーゼは微笑んだ。「ですから、感謝はしても、怒ってはいません」
ヴィクターは何かを言おうとして、言葉を失った。
「お相手の方と、どうかお幸せに」
エリーゼはそれだけ言って、先に歩き出した。振り返らなかった。振り返る必要がなかった。
その足は、アルノルトの執務室へと向かっていた。昨日から頼まれていた資料の整理がある。魔法史の文書を読み込んで、無効化体質に関する古い記録を探す作業だった。地味で根気のいる仕事だったが、エリーゼには不思議と苦にならなかった。
執務室の扉をノックすると、すぐに「どうぞ」という声がした。
アルノルトは書類の山に埋もれており、顔を上げた瞬間に表情が柔らかくなった。それはもう、エリーゼには慣れた顔だった。
「来てくれましたか」
「資料の続きをと思いまして」
「助かります。——ところで」
「はい」
「昨夜のことは、覚えていますか」
エリーゼは少し頬を染めながら、しかし視線は逸らさずに答えた。
「覚えています」
「後悔していませんか」
「していません」
アルノルトは、今度こそ声を立てて笑った。
窓の外では、アルヴァンの王都に朝の光が満ちていた。バラの庭で老人が花に水をやり、魔法灯が一つひとつ消えていく。どこか遠くで鳥が鳴き、石畳を朝市の声が流れていく——エリーゼが、今いる場所の音だった。
二十年間、欠陥と言われた体が、この国では最も正直な体だと言われた。七年間、義務として続けた婚約が終わった日に、本当の場所が見つかった。
魔力は一粒もない。
けれど今は、それでよかったと思っている。
むしろ——あの春の大広間で、ヴィクターが「釣り合わない」と言ってくれたことに、心から感謝していた。




