絆創膏
夜のオフィスは、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
残っているのは自分と先輩だけ。蛍光灯の白い光が机を照らし、カタカタとキーを叩く音が空間に薄く響く。
分厚い資料をめくった瞬間、薬指に鋭い痛みが走った。
「……っ」
小さな切り傷から、じわりと血がにじむ。
「大丈夫?」
先輩が声をかけてくれた。普段は落ち着いていて、感情をあまり表に出さない人なのに、そのときの声はどこか慌てていた。
先輩はポーチを開け、絆創膏を一枚取り出して差し出す。
「はい、これ」
受け取って見た瞬間、思わず固まった。
ピンク色のキャラクターが、にっこりと笑っている。
「……これですか?」
頬が熱くなる。
「嫌なの?」
先輩が小首をかしげる。
「いや……恥ずかしいですよ、こんなのつけてたら」
「何か言われてもさ、彼女からもらったって言えばいいじゃん」
さらりとした声。その軽さに、逆に胸がざわついた。
「……俺、彼女いないんで」
そう返した瞬間、言わなきゃよかったと後悔する。
先輩は目を細めて、にやりと笑った。
「へぇ〜」
それ以上は何も言わず、先輩は自分の左手に視線を落とす。
「じゃあ、恥ずかしくないようにしてあげる」
そう言うと、先輩は同じ指にぺたりとその絆創膏を貼った。
「……はい、おそろい」
子猫をあやすような甘い声が、耳に残る。
返す言葉を探して口を開くが、声にならない。
恥ずかしくなり、先輩の指に貼られた絆創膏をそっと見つめる。
ライトに照らされたキャラクターが、彼女の指先で微笑んでいる。
そして視線を上げると、同じように微笑む先輩の顔。
鼓動と連動する鈍い痛みが、静かな時間を刻んでいた。




