彼女を捕らえることのできる英雄
小さな金属製の銘板がテーブルの上に置かれていた。
V.
5.
刹那は銘板の向かいに座り、まるで目を離した瞬間に消えてしまうのではないかと恐れているかのように、じっと見つめていた。
彼女の傍らには、見知らぬ男が玄関先に置いていったパンが一切れあった。
誰もそれに触れた形跡はなかった。
ルシアンはランプの明かりでメモを調べた。
「明確な脅迫はないな」と彼は呟いた。「待ち合わせ場所の指示もない」
ミラは窓辺に立っていた。
「だからこそ怪しいのよ」
「私もそう思う」
レナは刹那を見た。
「彼のことを他に何か覚えている?」
刹那はためらいながら答えた。
「私より年上だった」
「どれくらい年上だったの?」
「2歳。もしかしたら3歳」
彼女の指が銘板に触れた。
「彼は黒髪だった。」左目の下に小さな傷跡があった。
彼女は目を閉じた。
一瞬、あるイメージが脳裏をよぎった。
床に座っている子供。
疲れたような微笑み。
パンの半分を差し出す手。
セツナは目を開けた。
「彼は私に食べ物の隠し方を教えてくれた。」
レナは悲しげに微笑んだ。
「彼がそんなことをしたの?」
「ええ。」
セツナは視線を落とした。
「誰かが餓死するのを見るより、一緒に飢える方がましだと言っていた。」
ミラは彼女をじっと見つめた。
それは冷酷な殺人者の特徴とはかけ離れていた。
しかし、彼がどんな人間になったのか、彼らには知る由もなかった。
ルシアンはメモをテーブルに置いた。
「考えなければならないことがある。」
セツナは顔を上げた。
「話して。」
「ナンバーファイブがまだあの組織に所属しているなら、君を誘い出そうとしているのかもしれない。」
「分かってる。」
「それに、もし彼女が本当に君を助けたいと思っているなら、これを送ったことで命を危険にさらしているのかもしれない。」
「それも分かってる。」
ルシアンはため息をついた。
「君はなかなか驚かない女だな。」
セツナは再びバッジを見た。
「いいえ。」
彼女の声は柔らかくなった。
「今日は驚きが多すぎるの。」
誰も返事をしなかった。
なぜなら、彼女がただ手紙のことを言っているのではないと、皆が理解していたからだ。
帝国騎士団
使者は正午に到着した。
彼は冒険者ギルドの制服を身にまとい、赤い蝋で封印された革製の筒を持っていた。
ルシアンは入り口で彼を出迎えた。
「どこから来たんだ?」
「地方事務所からです、ヴァレルさん。」
「何があったんだ?」
「緊急命令です。」
使者はそっと家の中を覗き込んだ。
「英雄の処刑人」と呼ばれる暗殺者に関するものです。」
ルシアンは冷静さを保った。
「承知しました。」
「受領の証として、この書類に署名が必要です。」
ルシアンは円筒を受け取った。
「下がってよい。」
男はためらった。
「閣下、それから…」
「何だ?」
「ギルドの調査員がアステリアに向かっています。」
ルシアンはわずかに眉をひそめた。
「いつ到着するのだ?」
「明日の午後頃です。」
使者は一礼して立ち去った。
ルシアンは彼が小道の奥へと消えるまで待った。
それから扉を閉めた。
封印を破った。
書類を広げた。
そして読み始めた。
彼の表情が変わった。
強制協力命令。
対象:セツナと特定された女性。
別名:英雄処刑人。
分類:高リスク脅威。
特別な手続きを経て捕獲が許可された。
ルシアンは読み続けた。
特に一つの文章が彼の注意を引いた。
「対象は評価とそれに続く特別拘禁のため、生け捕りで引き渡すことを推奨する。」
「帝国監獄」とは書かれていない。
「法廷」とも書かれていない。
「特別拘禁」と書かれている。
ルシアンはもう一度読み返した。
そして印章を調べた。
本物だった。
しかし、この命令は皇帝直筆ではなく、ギルドの事務所によって発令されていた。
そして、まるで誰かがセツナを裁判にかけさせないようにしようとしているかのような文面だった。
「興味深い…」
「何が興味深いんだ?」
ルシアンは顔を上げた。
セツナは戸口に寄りかかっていた。
彼女はいつもの黒い服を着て、ジャケットを肩にかけていた。
武器はベルトに装着されていた。
しかし、ルシアンはすぐに何かに気づいた。
彼女の右手は固く握りしめられていた。
あまりにも強く。
まるで震えを隠そうとしているかのようだった。
「休んだ方がいい。」
「それなら、私にそんなことを言うのはやめて。」
ルシアンは書類を丸めた。
セツナは手を差し出した。
「渡して。」
「読むのが辛い内容よ。」
「あなたもそうでしょう。それでもこうして話しているじゃない。」
ルシアンはくすりと笑った。
「分かった。」
彼は命令書を彼女に手渡した。
セツナは黙ってそれを読んだ。
読み終えても、彼女の表情は変わらなかった。
「私を捕らえようとしているのね。」
「ああ。」
「生け捕りで。」
「そうみたいね。」
「そして、身元が特定できない誰かに私を引き渡して。」
ルシアンは頷いた。
「その通りだ。」
セツナは顔を上げた。
「従うつもり?」
ルシアンはすぐには答えなかった。
若い女性は彼の方へ一歩近づいた。
「簡単な質問よ。」
「君が思っているほど簡単じゃない。」
セツナは書類をテーブルに置いた。
「私は複数の英雄の死に責任がある。」
「知っている。」
「ギルドが私を追っている。」
「それも知っている。」
「それに、あなたは名高い英雄だ。」
ルシアンは腕を組んだ。
「何が言いたいんだ?」
セツナは彼をまっすぐに見つめた。
「絶好の機会だと言っているのよ。」
二人の間に沈黙が流れた。
ルシアンは彼女の包帯を巻いた手首をじっと見つめた。すると彼の手が震えたロローザ。
「彼はあなたの病状につけ込んで裏切ると思いますか?」
セツナは彼の視線を受け止めた。
「もっとひどいことを、もっと少ない報酬でやった英雄を知っています。」
ルシアンは気分を害した様子はなかった。
ただ頭を下げた。
「まさにそれが心配なんです。」
気まずい会話
ルシアンはセツナを、邪魔されずに話せる小さな部屋に連れて行った。
そこには肘掛け椅子が2脚、低いテーブル、そして庭を見渡せる窓があった。
セツナは出口付近に座った。
ルシアンはそれに気づいた。
彼は何も言わなかった。
彼は紅茶を淹れた。
「砂糖は?」
「いいえ。」
「ミルクは?」
「いいえ。」
「毒は?」
セツナは片方の眉を上げた。
「どれによるかな。」
ルシアンは微笑んだ。
「君のユーモアのセンスがまだ健在で嬉しいよ。」
「冗談じゃない。」
英雄は彼女の前にカップを置いた。
そして彼は腰を下ろした。
「セツナ、君に聞きたいことがあるんだ。」
「もう聞きたいんでしょ。」
「英雄は皆、死ぬべきだと思うか?」
セツナは彼を見た。
「いいえ。」
ルシアンは驚いた様子だった。
「ずいぶん早く答えたな。」
「だって馬鹿げた質問だから。」
「説明してみろ。」
セツナはカップを手に取った。
指の間に温かさが心地よかった。
「肩書きがあるからといって、有罪とは限らない。」
ルシアンはゆっくりと頷いた。
「無罪とも限らないな?」
「その通り。」
セツナは一口飲んだ。
「ヴァルドは罪のない人々を虐殺した。ガレスは飢餓を利用して人々を支配した。二人とも、自分の名声が身を守ってくれると信じていた。」
「それで、あなたは彼らを処刑することにしたのですか?」
「調査した上で。」
ルシアンは沈黙した。
セツナは続けた。
「リストに載っているからといって、人を殺すわけではありません。」
「しかし、誰が死ぬに値するかを決めるのはあなたです。」
若い女性はカップを置いた。
「ええ。」
「そして、あなたはこれまで一度も間違ったことがないのですか?」
その問いが二人の間に重くのしかかった。
セツナは答える前にためらった。
「保証はできません。」
ルシアンは彼女をじっと見つめた。
「それは重要な質問だ。」
「後悔と勘違いしないでくれ。」
「後悔はしていません。」
ルシアンは身を乗り出した。
「しかし、あなたが間違える可能性があるからこそ、あなたの決断に疑問を投げかける人が必要なのです。」
セツナは眉をひそめた。
「あなたは自らを捧げるのですか?」
「そうかもしれません。」
「私は神父を必要としません。」
「結構です。私は神父ではありませんから。」
セツナは息を吐いた。
ルシアンはかすかに微笑んだ。
そして、彼の表情は真剣なものに変わった。
「私もすべての人を救うことはできません。」
若い女性は顔を上げた。
「何ですって?」
「私は百の祝福の英雄として知られています。人々は私がどんな傷も癒し、どんな病気も止め、誰をも守ることができると信じています。」
彼は自分の手を見つめた。
「しかし、祝福には限界があります。」
セツナは黙っていた。
「病院には私を頼りにしていた患者がいました。私が到着する前に亡くなった人もいました。私の魔法に反応しなかった人もいました。」
彼の声は硬くなった。
「そして、そういうことが起こるたびに、なぜもっとできなかったのかと聞かれるのです。」
セツナは英雄をじっと見つめた。
ルシアンがこんな風に話すのは初めてだった。
冗談も言わず、
笑顔も見せず、
「だから病院を建てたの?」
ルシアンは頷いた。
「一度人を救ったからといって、明日も生きているとは限らないということを学んだからだ。」
セツナはティーカップを見つめた。
「それが他の人とは違うところね。」
「必ずしもそうとは限らない。」
ルシアンは彼女を見た。
「僕だって間違いを犯した。情報を隠したこともある。人を守るために嘘をついたこともある。」
セツナはすぐに顔を上げた。
「行方不明の17人?」
ルシアンは頷いた。
「何人かはね。」
「まだ生きている人は何人?」
英雄はためらった。
「まだ正確な人数は言えない。」
「なぜ?」
「襲撃後、何人かが隠れ場所を変えたからだ。」
セツナはカップを置いた。
「じゃあ、彼らを見つけなきゃ。」
「ええ。」
「黒服の男たちより先に。」
「その通り。」
初めて、二人は言い争うことなく意見が一致した。
見えない傷
部屋を出ようとした時、刹那は金属がぶつかる音を聞いた。
台所の近くでバケツが落ちたのだ。
ガチャン。
彼女の体は思考よりも先に反応した。
彼女は激しく後ずさりした。
彼女の手は短剣に伸びた。
心臓が激しく鼓動し始めた。
いや。
白い部屋。
またか。
鎖。
起きろ、ナンバーセブン。
刹那は壁にもたれかかった。
彼女は息をしようとした。
しかし、空気は彼女の口から逃げていくようだった。
「刹那!」
レナが台所から現れた。
彼女は運んでいた水を少しこぼしてしまった。
「ごめんなさい!バケツを落としちゃった!」
セツナは何も答えなかった。
彼女の視線は金属製の物体に釘付けだった。
ミラがすぐに駆けつけた。
セツナの表情を見て、ミラは事情を察した。
「レナ、バケツを取って。」
「はい!」
レナは慎重にバケツを拾い上げた。
ミラはセツナに近づいた。
「彼女は家の中にいるわ。」
若い女性は歯を食いしばった。
「分かってる。」
「私たちも一緒よ。」
「分かってる…」
しかし、彼女の手はまだ震えていた。
セツナは目を閉じた。
彼女は必死に平静を取り戻そうとした。
しかし、うまくいかなかった。
ルシアンが近づいてきたが、一定の距離を保っていた。
「セツナ、聞こえるか?」
「ええ。」
「よかった。今は何もする必要はないよ。」
彼女は顔を上げた。
「子供扱いしないで。」
ルシアンは頷いた。
「わかった。」
彼は一歩後ろに下がった。
ミラは彼女のそばにいた。
セツナはゆっくりと息を吐いた。
数秒後彼女はなんとか壁から離れた。
レナは心配そうに彼女を見つめていた。
「ごめんなさい…」
セツナは首を横に振った。
「あなたは何も悪いことをしていないわ。」
「でも…」
「レナ。」
若い女性は顔を上げた。
セツナはキューブを見た。
そして彼女を見た。
「私のせいで、残りの人生を音を立てないように過ごすわけにはいかないわ。」
レナは黙っていた。
セツナは微笑もうとした。
「それに、あなたは不器用だから無理よ。」
「ちょっと!」
ミラは小さく笑った。
緊張が和らいだ。
しかし、セツナが歩こうとすると、足はまだ震えていた。
ミラは彼女に腕を差し出した。
セツナはそれを見つめた。
一瞬、断ろうとしたようだった。
そしてついに、彼女はそれを受け入れた。
ルシアンはその様子を見ていた。
そして彼は重要なことを理解した。
セツナは敵から身を守ってくれる人だけを必要としていたわけではなかった。
彼女は自分がもうあの部屋に閉じ込められていないことを悟る時間が必要だったのだ。
ルシアンの決断
その日の午後、ルシアンは病院に戻った。
建物はまだ一部が破壊されていた。
いくつかの部屋は火災で黒焦げになっていた。
作業員たちが瓦礫を片付ける中、何人かの患者は仮設施設に移送されていた。
看護師が近づいてきた。
「ヴァレル様。」
「負傷者の容態は?」
「3名はまだ重体です。他の方は容態が安定しています。」
ルシアンは頷いた。
「見に行ってきます。」
看護師はためらった。
「あなたを待っている方がいます。」
ルシアンは眉をひそめた。
「誰ですか?」
「ギルドの代表です。」
その男は、襲撃を免れたオフィスに座っていた。
彼は濃紺の制服に銀色のバッジを身につけていた。
ルシアンの姿を見ると、彼は立ち上がった。
「英雄ヴァレル様。」
「何かご用でしょうか?」
「ダリウス・ケルムと申します。ギルドの地方監察官です。」
ルシアンはバッジに目をやった。
「使者から明日到着すると伺いましたが。」
「状況が変わりました。」
ダリウスはテーブルに書類を置いた。
「英雄処刑人についてお話したいことがあります。」
ルシアンは立ったままだった。
「承知いたしました。」
「彼女がアステリアにいると考えるに足る理由があります。」
「分かりました。」
「襲撃の際、彼女があなたの近くにいたことも分かっています。」
ルシアンは何も答えなかった。
ダリウスは微笑んだ。
「あなたを責めるつもりはありません。」
「ご配慮ありがとうございます。」
警部は発言を無視した。
「セツナの捕獲が最優先事項だ。」
彼はフォルダーを開いた。
中には若い女性の肖像画が入っていた。
ルシアンはそれを見つめた。
あまりにも精巧だった。
手首の近くの小さな傷跡まで描かれていた。
ダリウスは続けた。
「協力すれば、ギルドは行方不明者に関するあらゆる不正行為を秘密裏に処理することを保証する。」
ルシアンはゆっくりと視線を上げた。
「秘密裏に?」
「君の評判を傷つけることなく。」
「では、行方不明者はどうなるのですか?」
警部はフォルダーを閉じた。
「それはもう君の心配事ではない。」
ルシアンは背筋が凍る思いがした。
「誰がその命令を出したのですか?」
ダリウスは微笑んだ。
「帝国の安定を守りたい者たちだ。」
ルシアンは沈黙した。
そして彼は尋ねた。
「もし私が拒否したら?」
警部は立ち上がった。
「百の祝福の勇者が暗殺者と関わってしまうのは、実に不運なことだ。」
ルシアンは男を見つめた。
数秒間、彼は何も言わなかった。
やがて彼はファイルフォルダーを受け取った。
彼はそれを閉じた。
そしてそれを返した。
「それでは問題だ。」
ダリウスは笑みを消した。
「何だと?」
ルシアンはドアに向かって歩き出した。
「囚人の引き渡し先を明かさない組織に、私は囚人を引き渡すつもりはない。」
「ギルドの命令に背いている。」
ルシアンは立ち止まった。
彼は肩越しに警部を一瞥した。
「ギルドと正義を混同するな。」
そして彼は去っていった。
セツナが予想していなかった会話
ルシアンが隠れ家に戻ると、庭にセツナがいた。
彼女は石のベンチに座っていた。
彼女の前には3本の小さな短剣が置かれていた。
彼女は右手でそのうちの1本を拾おうとしていた。
刃が震えた。
セツナはそれをベンチに戻した。
ルシアンは近づいた。
「訓練か?」
「試しているところだ。」
勇者は少し離れたところに腰を下ろした。
セツナは彼を見なかった。
「病院で何があったんだ?」
ルシアンは検査官の訪問について説明した。
彼女は口を挟まずに聞いていた。
ルシアンが話し終えると、セツナは尋ねた。
「脅されたのか?」
「とても丁寧に。」
「普通はもっとひどいものだ。」
「そうかもしれないと思い始めている。」
セツナは短剣を見つめた。
「こんな面倒なこと、全部避けられたはずよ。」
ルシアンは彼女を見た。
「自首すれば?」
「ええ。」
「もう話しただろう。」
「それでも、あなたの言っていることが理解できない。」
ルシアンは黙った。
セツナは続けた。
「私は無実じゃない、ルシアン。」
「君が無実だとは言っていない。」
「私は人を殺した。」
「分かっている。」
「ヴァルドのような罪を犯した奴を見つけたら、また殺すわ。」
ルシアンはため息をついた。
「それは、おそらくこれからずっと話し合うことになるだろう。」
セツナは顔を上げた。
「じゃあ、なぜまだここにいるの?」
英雄は庭を見つめた。
葉がそよ風に優しく揺れていた。
「犯罪を未然に防ぐことと、拷問するかもしれない相手に引き渡すこととは全く違うから。」
セツナは黙っていた。
ルシアンは彼女を見た。
「君のやったこと全てに賛成する必要はない。」
彼らがあなたにしたことが間違っていたと認めること。
若い女性はゆっくりと頭を下げた。
彼女の指は短剣を握りしめた。
「私…」
彼女は言葉を止めた。
ルシアンは待った。
セツナは再び口を開こうとした。
「どうしたらいいのか分からない。」
勇者は驚いて彼女を見た。
それは単純な告白だった。
しかし、セツナのような者にとって、それは武装した敵と対峙するよりも辛かったに違いない。
「私はいつも何をすべきか分かっていた」と彼女は続けた。「調査する。準備する。弱点を見つける。攻撃する。」
彼女は自分の手を見つめた。
「でも今は…」
彼女の声は小さくなった。
「記憶をコントロールできない。」
ルシアンは沈黙した。
「恐怖をコントロールできない。」
セツナは歯を食いしばった。
「そして、こんな姿を彼らに見られたくない。」
ルシアンは家のほうを見た。
窓越しに、レナがミラと夕食の準備をめぐって言い争っているのが見えた。
「二人に、あなたがこんな風にしているのを見られたくないか聞いてみた?」
セツナは顔を上げた。
「何?」
「あなたがこんな風にしているのを見られたくないってことよ。」
「聞くまでもないわ。」
「じゃあ、勝手に決めつけているだけね。」
セツナは眉をひそめた。
ルシアンはかすかに微笑んだ。
「君は、調べもせずに決めつける人が大嫌いだろう?」
若い女性は口を開いた。
そして、口を閉じた。
「ひどい言い方ね。」
「すぐに学ぶよ。」
セツナは視線を逸らした。
二人は数秒間沈黙した。
そして、彼女は尋ねた。
「私、もう二度と元には戻れないと思う?」
ルシアンは答える前にためらった。
「分からない。」
セツナは彼を見つめた。
「なんて役に立たない答えなの。」
「嘘をつかずに言えるのはこれしかないんだ。」
勇者は立ち上がった。
「でも、もしかしたら、以前のように完全に元に戻る必要はないのかもしれない。」
セツナは短剣を見つめた。
「どういう意味?」
ルシアンは微笑んだ。
「いつも一人で戦ってきた女性が、自分のために戦ってくれる人たちがいることに気づいたということだ。」
セツナは視線を落とした。
家の中から叫び声が聞こえた。
「セツナ!夕食ができたわよ!」
レナだった。
ミラがすぐ後ろに現れた。
「レナ!そんなに大声を出さなくてもいいじゃない!」
「だって、すごく遠いんだもの!」
「たった10メートルよ!」
セツナは目を閉じた。
ルシアンはくすくす笑った。
「ずいぶん騒がしい家族だね。」若い女性は黙っていた。
それから彼女は微笑んだ。
小さな微笑み。
しかし、それは偽りのない微笑みだった。
「ええ…」
彼女はゆっくりと立ち上がった。
ルシアンは彼女に手を差し伸べた。
セツナはそれを見つめた。
彼女は少しの間、その手を考えているようだった。
そしてついに、彼女は首を横に振った。
「歩けるわ。」
彼女は一歩踏み出した。
そしてまた一歩。
足はまだ痛んだ。
それでも彼女は前に進むことができた。
ルシアンは彼女に触れずに、彼女の横を歩いた。
そして二人が玄関に着くと、セツナは立ち止まった。
「ルシアン。」
「どうした?」
若い女性は家の中をちらりと見た。
ミラは食卓の準備をしていた。
レナはパンを少し焦がしていた。
四人目の少女はスープを何とかしようとしていた。
セツナは深呼吸をした。
「ありがとう。」
ルシアンは微笑んだ。
「どういたしまして。」
彼が何か言い終わる前に、彼女は中に入っていった。
夜の訪問者
避難所から遠く離れたアステリアの寂れた通りを、一人の男が歩いていた。
彼は灰色のマントを羽織り、服の下に短い剣を隠し持っていた。
黒髪は後ろに撫でつけられていた。
左目の下に小さな傷跡があった。
彼は廃墟となった噴水の前で立ち止まった。
もう一人の男が彼を待っていた。
彼は黒い服を着ていた。
「ナンバーファイブ。」
新しく来た男は何も答えなかった。
男は続けた。
「回収部隊は標的との連絡を失った。」
「分かっている。」
「上司は結果を求めている。」
ナンバーファイブは噴水の水を見つめた。
「どんな結果だ?」
「ナンバーセブンの捕獲だ。」
沈黙が長く続いた。
最後に、ナンバーファイブは尋ねた。
「もし彼が抵抗したら?」
黒服の男はためらうことなく答えた。
「彼の仲間を無力化する権限がある。」
ナンバーファイブはゆっくりと顔を上げた。
「少女たちも?」
「特に彼女たちだ。」
黒服の男は書類を取り出した。
「情報によると、標的は条件付けを妨げる感情的な絆を築いている。」
ナンバーファイブは微動だにしなかった。
エージェントは続けた。
「その絆を断ち切らなければならない。」
数秒間、沈黙が続いた。
そして、ナンバーファイブが口を開いた。
「誰が命令を下したのですか?」
「ヴァルター監督官だ。」
その名前を聞いた途端、彼の表情は険しくなった。
「分かりました。」
エージェントは書類をしまった。
「任務を遂行しますか?」
ナンバーファイブは彼を見つめた。
「もちろんです。」
男は頷いた。
「素晴らしい。」
彼は振り返った。
そして歩き始めた。
しかし、遠くへは行かなかった。
背後から手が彼を掴んだ。
彼の喉元に一枚の紙が現れた。
「だが、まず一つ確認しておきたいことがある」ナンバーファイブは囁いた。
エージェントは身動き一つしなかった。
「な、何…?」
ナンバーファイブは彼の耳元に唇を近づけた。
「次に誰かがセブンと一緒にいる者たちを殺そうとしたら…」
彼の声から温かみが消え失せた。
「ヴァルサーに、俺を通さなければならないと伝えろ」
エージェントは反応しようとした。
ナンバーファイブは彼の後頭部を殴った。
男は意識を失った。
ナンバーファイブは彼を影の中へ引きずり込んだ。
そして彼は遠くに見えるアステリアの灯りの方を見た。
彼は黒髪の少女を思い出した。
枕の下にパンを隠していた少女を。
お腹が空いていたにもかかわらず、小さな女の子が彼は半分を差し出した。
「セブン…」
彼は目を閉じた。
「今度こそ、君から奪わせない。」
彼はゆっくりと手を開いた。
手のひらに小さな金属板が乗っていた。
V。
そしてその下には、ほとんど見えないほど小さな文字で二つの言葉が刻まれていた。
プロジェクト・オリジン。
ナンバーファイブは金属板をしまい込んだ。
そして彼は影の中に消えた。
この章を読んでいただき、本当にありがとうございます!
楽しんでいただけたなら幸いです。もしよろしければ、コメント欄に感想をお寄せいただくか、星評価をいただけると大変嬉しいです。
この物語を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




