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第二十五章

 「今日は命日か」


 編集部でカレンダーを見ながら高藤隆治は呟いた。8月22日。五年前の今日は父である高藤誉が亡くなった日だ。

 三回忌までは毎年22日に合わせて帰省していたが、去年からお盆に帰省して仏前に手を合わせることにした。おかげで盆明けの仕事が溜まることがなくなったのがありがたい。


 隆治は受付の女性に


 「打ち合わせに行ってくる」


と言い残して外に出た。残暑の日射しはコンクリートの照り返しでより一層ギラついている。あちこちで騒ぎ鳴くアブラゼミの声を聞きながら、隆治がぽつりとつぶやいた。


 「お盆に帰省したときは病院でまだ多少話もできたけど、あの後はあっけなかったよなあ……」


・・・

 病院で一番値が張る最上階の一人部屋で、誉は何本もの管につながれて横たわっていた。

 小三になった哲治と幼稚園年長の由美がわいわいと病室に入ってくると、あの恐ろしい男の目尻が下がり、口元に優しい微笑みが浮かぶ。少しかすれた弱弱しい声で誉が言った。


 「おお、哲治、由美、よく来たのう! さあ、こっち来い。お菓子があるぞ。おい、お前、渡してやってくれ」


 「はい、はい」


 隣に座っていた妻のいちが、笑って哲治と由美に駄菓子がぎっしりと入った袋を手渡した。


 「わー! いっぱい入ってる~!!」


 「由美は梅ミンツ食べたい!」


 「オレはココアシガレット!」


 きゃあきゃあはしゃいでいる二人を、妻の恵美が冷や冷やした様子で注意した。


 「二人とも! おじいちゃんは病気なのよ。そんなに騒がないの! ちゃんとお礼を言いなさい!」


 はっとした二人は誉のベッドの横に立つと


 「おじいちゃん、ありがとう!」


と言ってぺこりと頭を下げた。

 誉は満足そうにうなずき、


 「たくさんおあがり」


と言った。


 トントンとノックの音がして、病室の扉を東海林勝が開けた。彼は誉が世話をしている知恵遅れの男性で、もう数十年、住み込みで働いている。


 「失礼しまあふ」


 坊主頭でむちむちとした大きな体つきの男性の姿を見て、由美が怯えて恵美の後ろに隠れた。勝の方も病室の中にたくさん人がいるのに驚いたようで、扉の向こうから恐る恐る病室をのぞき込んでいる。

 いちが扉に近寄って話しかけた。


 「勝、どうしたの?」


 「ええっど……」


 どもりながら5段になった立派なお重をいちに手渡した。


 「高橋さんが持ってげって」


 「ああ、みんなのお昼を用意してくれたのね。ありがとう」


 言いながら、いちは隆治を指さした。


 「ほら、隆治が来ているわよ。久しぶりでしょう?」


 ぱっと目が合った。少し間があって、無表情だった勝の顔に満面の笑みが浮かんだ。


 「あああ! お坊ちゃん!」


 ぺこりと頭を下げた勝に、隆治も会釈を返し、


 「久しぶりだったね。元気だった?」


と尋ねた。勝は胸を張り、


 「あい!」


と元気よく答えた。何年経っても変わらない勝の懐かしい雰囲気を見て、隆治は勝に微笑み返した。


 だが残念なことに勝は処理できる情報量が極端に少ない。隆治が返した笑顔に反応することはなく、いきなり真顔に戻ると、誉といちの方を見て、


 「失礼しまあふ!」


と一礼して病室を出てしまった。


 「相変わらずだね」


と苦笑して隆治が呟くと、いちがすまなそうに言った。


 「これでも前に比べたらねえ、随分よくなったのよ」


 勝が持ってきたお重をいちが開き始めると、恵美が早速手伝い始めた。恵美にくっついていた由美も箸を並べている。

 その横ではベッドに横たわった誉が哲治の手を取って何やら話しかけ中だ。

 小さな声で聴きづらいので、隆治は哲治の隣に移動した。


 「……勝はな、知恵遅れだからと親から見捨てられた気の毒な奴なんじゃ。

 儂はこの社会から爪弾きにされた人間を放っておけん。中学を卒業して家から追い出された勝を引き取って、うちで小間使いをさせておるのよ」


 「ふーん、勝さんかわいそう」


 哲治が誉の話に相槌を打つ。

 誉はふと遠くを見るような表情になって続けた。




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