第十九章
暗闇のベッドの中で、オレこと高藤哲治は何かにまたがっていた。オレの部屋でもない、ホテルのような場所で息を切らしてオレは上下に動いていた。オレの足元には浅黒い肌があり、オレの体を筋肉質の両腕ががっちりと支えている。そのたくましい腕の持ち主は……。
「太一さん!?」
オレはベッドからがばっと身を起こした。
「あ……夢……?」
つい昨日会ったばかりの川上太一さんが、まさか夢でオレのセックスの相手になっているなんて。
飛び起きたオレの体は、全身汗びっしょりになっていて、心臓が痛いくらいにドキドキと弾んでいた。オレは思わず胸を押さえた。
「やば……どんな夢だよ」
起き上がろうとして股間に違和感を覚えた。触ってみると汗とは違う濡れ方をしている。まさかの夢精をしてしまった。
着替えを持って誰にも見つからないように慌てて風呂場に飛び込む。汚れたパンツをシャワーですすぎ、パジャマと一緒に洗濯機に放り込んだ。汗をかいたから着替えた、といえば誤魔化せるだろう。オレはシャワーを頭から浴びながら、あの夢についてぐるぐると考えていた。
「美波さんのことを夢に見るならともかく……太一さんだなんて」
でも正直なこと言うと、オレは昔から女子よりも男子が好きだった。小6になった頃には、男子の体を見ると興奮するようにもなっていた。
だからクラスでプール授業がある日は、楽しみであると同時に、バレないように澄ましているのが大変だった。
同級生は胸が膨らみ始めた遠くの女子のスクール水着をじろじろ眺めていたけれど、オレは近くの男子の日焼けした上半身やぴっちりした水着で見える股間やお尻の形にドギマギしていた。
唐沢なんて着替えの時タオルで体を隠しもしないから、オレはあいつのフルチン姿をばっちり覚えてしまって、ベッドの中でおかずにしていたくらいだ。唐沢には絶対ゼッタイ言えないけど!
太一さんは筋肉質でアスリートみたいな体型をしている。日焼けした浅黒い肌なこともあって、まるで黒人のモデルのようだ。目も二重で大きいし、高い鼻と厚い唇がたまらなくセクシーだ。
「それに……あの声」
オレは頭から熱いシャワーを浴びながらため息を漏らした。太一さんが彼女の相川美波さんに話しかけるときに発する、太くて柔らかい胸をくすぐるような声を思い出したからだ。するとあっという間に股間に血液が集中してしまった。
「ああ、ダメだ!」
慌ててシャワーを冷水に切り替える。心臓が痛くなるような冷たさにぶるっと身震いしながら、オレは冷静になろうと頑張った。
だってこんなことがバレたら、オレはきっと精神病院送りになってしまう。両親や妹、友だちの直樹や唐沢から
「あいつ男が好きなんだって! 気持ち悪い~」
なんて言われたら、と考えただけでぞっとする。それに何より太一さんからそんな目で見られるなんて、考えただけで胸が張り裂けそうになる。
オレはシャワーを止めた。キンキンに冷えた体とは裏腹に胸は締め付けられるようにじんじんと熱い。オレは太一さんへの恋心を忘れようと、脱衣所でバスタオルを手に取り、わざと痛くなるくらいに力を入れて、ごしごしと体を拭いた。
―そうだ、オレは変態じゃない。太一さんに「憧れた」だけなんだ。夢だからとんでもないことになっちゃったけど、しょせん夢だから仕方ないんだ。うん、忘れよう!―
自分に繰り返し言い聞かせているうちに、段々と太一さんへの切ない思いが収まってきた。
オレはふうっと深呼吸をした。よし、もう大丈夫。
Tシャツと短パン姿になってオレはリビングに向かった。まだ朝の5時だから誰も起きていない。オレは冷蔵庫から麦茶を取り出し、大きなグラスに注ぐとそれを一気に飲み干した。