後日譚 ① ― 残響する。//SUMMER’S ECHO ―
病室の窓から外を見やると、ひまわりが咲き誇り、
黄金色に染まった太陽の丘が広がっていた。
アルミナはその景色を眺めながら、ぽつりと呟く。
「楽しかったなぁ……」
ベッドの傍らに置かれた小さなテーブルには、彼が「やりたいことリスト」を書き留めたノートが置かれている。――ページを開けば、そこに書かれたすべての「やりたいこと」に、丁寧なチェックマークが記されていた。
そのとき、ノートの間から一枚の写真がひらひらと落ちる。
アルミナはそれを拾い上げ、静かに笑みを浮かべた。
広がるのは、満天の星空の下。
そこには――
キロシュタイン、ノア、ラテルベル、ツキナ。
そして、カガルノワとエリカライト。エメラルド、
そして自分が、光の粒がこぼれるように散った星空の下、
肩を寄せ合い、笑っていた。
太陽の丘。ひまわりの奥で、風がそっと吹いた。
季節は、まだ、夏のままだった――。
後日譚 ①
―― 残響する。//SUMMER’S ECHO ――
7月15日。
三学期の始業式が終わった午後。
キロシュタインは、ローゼンシルデ・サナトリウムを訪れた。
静かな廊下を進み、病室の扉を開く。
その背には、ノアとラテルベル、そしてツキナの姿がある。
「え? みんなそろって……どうしたの?」
ベッドに腰掛けていたアルミナが、目をぱちくりとさせた。
突然の来訪に、戸惑いを隠せない。
キロシュタインは答える代わりに、傍のテーブルに目を向ける。
そこには、一冊のノート――アルミナの「やりたいことリスト」が置かれていた。
彼女はそれを手に取り、ページを一枚めくると、
静かに笑みを浮かべて言った。
「――これ。ぜんぶ、叶えるから」
「ほら、準備して。準備」
◇
アルミナは、みんなで撮った写真を見つめながら、
この半月で過ごした日々を静かに思い返していた。
キロシュタインが病室にやって来て、「ぜんぶ叶える」と言ってくれたあの日。
――正直なところ、流石に無理だと思っていた。
(やっぱり……あの人は、すごいなぁ)
心の中で、ぽつりとつぶやく。
言葉は声にならず、胸の奥にやさしく漂うだけだった。
「最初は、たしか――」
そう呟きながら、
アルミナはそっと指を伸ばし、「やりたいことリスト」の一項目をなぞる。
その紙面に、柔らかな筆跡で記されていたのは――
〈竜を見てみたい。〉
7月16日。
昨日、キロシュタインたちが病室に現れたあと――
一行はそのまま飛行艇に乗り込み、サルカターラ地方を目指した。
ビアンポルト地方からサルカターラへ向かうには、
世界最大の地域・ダイナセフラ地方を横断しなければならない。
飛行時間は、およそ十八時間。到着したのは、十六日の朝だった。
「うへぇ〜、あっつ〜い! ラテちゃん、火式魔法使ってない?」
「つ、使ってないですよっ!!」
「ふひひー。冗談、冗談〜」
ノアとラテルベルがそんな軽口を交わすなか、
ツキナはアルミナの車椅子を押しながら、
前方でアルスタを操作しているキロシュタインに声をかけた。
「……何か、調べているんですか?」
「ちょっとね……」
「――うん。気候は問題なさそう」
そう言うと、キロシュタインはみんなの方を振り返り、告げた。
「それでは。今日はみんなで――竜を見にいこうと思います!」
そのひと言に、一同はぽかんと口を開けて固まる。
ノアが首をかしげながら、ゆっくり問いかけた。
「えーっと、キロちゃん。それ……冗談?」
(キロシュタイン、無言で首を横に振る)
「あ、これは本当のやつだー」
ノアは楽しそうに笑いながら言った。
――
サルカターラ地方は、その大地のほとんどが砂漠に覆われている。
一行は、キロシュタインのあとに続いて砂の街を進んでいった。
やがて、道の先にひとりの男が現れる。
褐色の肌をしたその男は、手に持った看板を振ってこちらを待っていた。
掲げられた看板には、アーキ語でこう書かれている。
――〈シェルシー(ようこそ)!〉
「あの人が、案内人のダジィさん」
「――クィンランカ! 予約していたキロシュタインです」
キロシュタインが声をかけると、
男はにこりと笑みを浮かべ、明るい声で応じた。
「クィンランカ!! 待っていたよ」
そのあたたかい笑顔に続くように、ノア、ラテルベル、ツキナ、そしてアルミナも、口々に「クィンランカ(こんにちは)」と挨拶を返す。
「じゃあ、さっそく案内するね」
ダジィさんがそう言って持ってきたのは、一枚の大きな絨毯だった。
そして――
魔法の詠唱とともに、その絨毯はふわりと宙に浮かんだ。
「わーっ! すごいです。魔法の絨毯だーっ」
ラテルベルが目を輝かせて声を上げる。
「ささ、みなさん。どうぞ、乗ってください」
ダジィが手招きする。
その絨毯は驚くほど安定しており、車椅子のアルミナを乗せても揺れることはなかった。
やがて一行は、魔法の絨毯に身を任せ、
砂漠の空をすいすいと飛んでいくのだった――。
◇
十分ほどの飛行を経て、一行がたどり着いたのは――
果てしない砂の海の、まさにど真ん中だった。
そこに横たわっていたのは、都市ひとつを呑み込むほどの巨体。
それは、かつてこの世界に生きていた竜の――骨だった。
頭骨から尾骨に至るまで、ほとんど損なわれることなく残っており、
半ば砂に埋もれながらも、
その悠然たる姿は、今なお威厳と神秘を湛えていた。
アルミナは、目を輝かせながらその光景を見つめる。
「ほんとうに――本当にいたんだっ!!」
「ね、ラテルベル! あれが昔、この世界に生きてたんだよ!!」
「うん……!! うん、うん!!」
双子のきょうだいは、並んで身を乗り出しながら、喜びを分かち合う。
そしてもう一人――
「す、……すっっっごぉーい!! でかーっ!!」
ノアが子どものようにはしゃいでいた。
ツキナは言葉こそ発さなかったが、
その瞳は、いつになく強く、きらめいていた。
キロシュタインは懐から「やりたいことリスト」のノートを取り出し、アルミナに柔らかく問いかけた。
「どう? アルミナ。これで、一つは叶えられたかな?」
アルミナは力強く頷き、声を弾ませる。
「もちろんです!! ありがとう、キロシュタインさん」
「まさか本当に見られるなんて……」
その言葉に、キロシュタインはそっと微笑むと、
ノートの〈竜を見てみたい。〉の項目に、丁寧にチェックマークを記した。




