36|『黎明、//Das Ende der Nacht』
その瞬間だった。
街の鼓動が、世界の拍動と重なる。
ブルクサンガの空が、青と黒の境界で静かに揺らぎ、
そして――魔法が動き出す。
横軸――ブルクサンガ環状線。
赤レンガの街を一周するレール上に、
白銀色の神声文字と幾何学的な術紋が、
燃え上がるように浮かび上がる。
まるで町全体が惑星の軌道を描き出すかのように、
魔法陣が地上でゆっくりと回転を始めた。
縦軸――ブルクサンガ・サン。
ゼーラ川にまたがるようにそびえる大観覧車が、
魔力を帯びて軋みながら回転する。
ゴンドラの軌道をなぞるように、光の輪が幾重にも走り、
中心部から無数の告式が花火のように咲き乱れていく。
時間軸――天文時計。
旧市庁舎の壁に埋め込まれた星辰の文字盤に、
告式と術紋が滲み出す。
針を起点に円環が回転を始める。
過去から未来へ、無数の魔法陣が層をなして重なり合いながら、
時間軸の帯を描き出し、時の魔力を空間に注ぎ込んでいく。
三つの軸が交差する。
地上、空、そして時間。
三つの魔法陣は、それぞれの円環を保ちながら連動し、
ついに一点で結び合う。
――世界が回り出す。
すべての魔法陣が完成した瞬間――
重力がねじれ、光が反転する。
魔力の奔流が都市全体を包み、
巨大な球体の結界がゆっくりと浮かび上がった。
古の天球儀のように、ブルクサンガの空間全体を覆い尽くす魔法球。
その表面にはびっしりと告式と術紋が走り、
赤、青、銀、白と様々な魔力光が交錯していた。
そして――
その球体の中心から、一本の光柱が天に向かって放たれる。
それは、夜空を突き破り、裏側の世界へと達する光だった。
空に浮かぶヴァルプルギスの夜。
逆さになった街、ねじれた重力、歪んだ星々。
その中心に突き立つ一筋の光。
そして次の瞬間――
結界の中心が、音もなく破裂し、
世界が、弾けた。
ヴァルプルギスの夜が、
泡のように崩れ、光の霧となって霧散していく。
あの不気味な、反転した都市の残骸が静かに解け落ち、
闇そのものが淡く消えていく。
街を覆っていた黒い雲の渦も、
風に散らされる煤のように薄れていき
――やがて、完全に姿を消した。
表裏一体の境界線が、なくなる。
昼と夜、二つの世界の壁が、
解けて一つに混ざり合う。
そして、
空は、雲一つない青に染まっていた。
初夏の風が吹く。
その静寂は、芽吹いた草花が天に向かって歌う、
まるで夜明けの祈りのようだった。
黎明、
――世界は、ようやく目覚めた。
36.『黎明、//Das Ende der Nacht』
キロシュタインは、全身の力が抜けたように、
シアタールームの座席へと身を沈めた。
ぐったりと体重を預け、肩で息をしている。
そこに、ノアがそっと歩み寄ってくる。
「――キロちゃん。終わったよ」
「だから、もう大丈夫……大丈夫だから。ね?」
そう言って、そっと腕を回し、軽く抱きしめた。
その瞬間――
キロシュタインは
今まで溜めこんでいた感情が決壊するように、
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……!!」
泣き始めたのだった。
堰を切ったように、涙があふれ出す。
嗚咽がこぼれ、ノアの胸元に顔を埋めた。
あの夜から、ずっと――
ソルトマグナの襲撃事件から始まった、彼女の長い旅路。
その一歩目が、ようやくここで幕を下ろす。
これは、灯台守の少女が歩んだ、
はるか遠くへと続く、運命の輪を巡る物語――、
その第一幕である。
『Orde Qiska//オルデキスカ』
ACT1 メフィスト・ワルツ 編 ― 終 ―




