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34|『メフィスト・ワルツ|第3番』Bパート

 逆さまの街、ブルクサンガの裏側――。


 ヴァルプルギスの夜。

 シロユリが咲き乱れる太陽の丘に、一人の男が佇んでいた。


 サンタキエロ。


 彼は丘を舞う頭のない子供たちのそばに膝をつき、

 その小さな身体を撫でながら、静かに微笑む。


 まるで、慈愛に満ちた父のように。


 そこへ、一人の男が歩み寄る。


 ――プホラ・フラスコ。


 プホラは、手にした黒革のケースを開き、

 サンタキエロに恭しく差し出した。


「サンタキエロ様。持ってまいりました」


 ケースの中に並ぶのは、

 七彩煌玉(シチサイコウギョク)の宝石――大量のリンネホープ・ジェム。


 サンタキエロはそのうちの一つを摘まみ上げ、

 光を透かしながら、陶酔するように呟いた。


「あぁ……なんと美しい……!」

「ありがとう、プホラくん。これさえあれば――」


 言葉を区切り、

 彼は丘の上の何もない空間に手をかざした。


 ――宙に、一筋の線を描く。


 瞬間、辺りを眩い光が包み込んだ。


 次の瞬間、そこに一枚の白いドアが現れる。


 サンタキエロは静かにドアノブを握り、

 ゆっくりと引いた。


 ドアが開くと、そこから暖かな風が吹き込み、

 微かに子供たちの笑い声が聞こえた。


 その先に広がる光景は、まるで異なる世界だった。


 高層ビル群が天を貫き、

 広大な大通りがその中心を貫いている。


 黄金期の旧世界――。

 豊かさと秩序に満ちた、完璧なる理想都市。


 しかし、そこに生きる者たちの中に、

 大人の姿は一人もなかった。


 通りを行き交うのは、

 幼い子供たちだけ。


 太陽の丘を舞う頭のない子供たちとは異なり、

 彼らの瞳には確かな意志が宿っていた。


 ――自我を持ち、思考し、

 完璧に創り上げられた人間たちだ。




   34.『メフィスト・ワルツ|第3番』Bパート




「――セット・セイル!!」


 鋼鉄の巨影が蠢く。

 空中戦艦の心臓部――カルディア格納庫。


 赤と青の警告灯が交互に明滅し、

 油圧シリンダーの駆動音が低く響く。


 天井のランプが煌々と機体を照らし、

 多重装甲が鈍く光を反射する。


 その中央にそびえ立つは――。



 O2‐VEiL:THE SUN。



 聖鉄の巨躯。

 眠れる戦士のごとく、堂々と佇んでいた。


 シートに深く腰掛けるラテルベルの視界に、

 ホログラムの情報が次々と展開される。


 戦闘態勢への移行を告げる無機質なアナウンスが格納庫に響く。

 操縦パネルに触れるラテルベルの指先が、冷たい光の下でわずかに動く。



 ――空母の中央レールが閃光を走らせる。



 O2の巨体が、わずかに浮き上がる。



 ――カタパルト・システム起動。



 巨体がゆっくりと前へと押し出され、

 出撃プロセスが開始される。


 空中戦艦の側面が大きく開かれる――。


 鋼鉄の壁が解き放たれた瞬間、

 眼前には、広大な空が広がった。


 表側のブルクサンガ。

 昼の青空の下、遥か下方に赤レンガの街並みが広がる。


 しかし、視線を上げれば――、

 そこには。


 裏側のブルクサンガ――

 逆さまになったもう一つの街「ヴァルプルギスの夜」。

 夜と宇宙の闇に呑まれながら漂う、影の世界。


 二つの世界を隔てる境界線。


 そこは白い光の閃きとともに揺らめき、

 まるで、空そのものがひび割れているかのようだった。


 ラテルベルの脳裏に、一瞬だけ迷いがよぎる。


 だが――操縦パネルの感触が、

 彼女の決意を再び固めた。


「O2、出撃!!」


 メカニックリーダーの声が響く。



「――カタパルト、リリース!!」



 圧倒的なGが機体を包み込む。


 ――次の瞬間、

 O2は空母から弾き出された。


 黒鉄の城塞から解き放たれた巨影。

 それは空へと投げ出され――重力に引かれるように急降下する。


 ラテルベルは息を飲む。


 目の前に迫る、空の境界線。



太陽の王国(タイヨウシング・エラ)、展開――!!」



 ラテルベルの声がコックピットに響いた瞬間。


 O2の背部から、

 光を纏った円形の翼が展開。


 灼熱の輝きを帯びた、その姿はまさに太陽。



 ――ガシャァァン!!



 螺旋状に広がる二対の円環。

 黄金の光を放ちながら、高速回転を開始。


 膨大な魔力の奔流が、機体を包み込む。



 ――O2、宙を舞う。



 重力を振り払い、O2は境界線を滑るように上昇。

 昼と夜の世界を結ぶかのように飛翔する。


 深紅のカルディアは、

 空を切り裂き、蒼穹へと飛び立った――!!



 ◇



 …………、


 ……、


 振り返れば、逃げてばかりの人生だった。

 振り返れば――誰かに守られてばかりの人生だった。


 あの日、お母さんが、

 お父さんに銃を向けた時、


「守らなきゃ。」


 そう思った。


 だけど、わたしは一歩も動けなかった。

 ……そして、アルミナが撃たれた。


 フラトレスでの日々もそうだった。


 心のどこかで、「これは創られた幸せ」だと気づいていながら、

 抗うこともせず、ただ甘い停滞に身を任せていた。


 ――。


 キロさんは、学校でいじめられていたわたしを、守ってくれた。

 ……あれは、たしか、去年の十月のこと。


 魔法がうまく使えないわたしは、

 いつものようにクラスのいじめっ子たちに囲まれて、

 悪口を言われ、クラヴィスに落書きをされていた。


 その時。


 どこからともなく、キロさんが現れて、

 上級生相手にもまったく臆することなく、言い放った。


「あのさ、不愉快だからやめてほしいんだけど」

「そうやってクラヴィスに落書きされんの、ほんと……一番ムカつくから」


 その日から、

 わたしがいじめられていると、

 キロさんは必ず颯爽と現れて、助けてくれた。


 それが、まるでヒーローみたいで――。


「すごく、カッコよかった」


 だから――、

 わたしもキロさんみたいになりたい。


 キロさんに、憧れてしまったから。

 キロさんに、教えてもらったから。


「魔法が使えなくても、戦うことはできる」って――。


 わたしは、両手の拳を強く握りしめる。


「みんな――今度はわたしが守るから……!!」


 その瞬間。


 O2が、わたしの決意に応えるように、

 コックピットのホログラムを赤く点滅させた。



 ◇



 旧市街の上空――。


 轟音。


 赤と紫の装甲を纏ったカルディアが、

 空を裂くように滞空していた。


 その巨影は、まるでコウモリのような翼を広げ、

 手にしたトーチから灼熱の魔法火弾を撒き散らしている。


 ――爆発。


 火が街を焼く。

 瓦屋根を砕き、石畳を穿ち、


 “あの地獄”――

 ソルトマグナの悪夢が、いま再現される。


「……ッ!!」


 ラテルベルの眼が鋭く光る。


「――紅蓮の剣(フレイゼイ)!!」


 詠唱と同時に――O2の左腕に、

 赤熱の魔法陣が浮かび上がる。



 ――ゴウッ!!



 炎が螺旋を描き、

 一本の(ツルギ)へと具現化する。

 

 それは、

 炎そのものが刃となった、

 

 “灼熱の魔剣”。


 O2が一気に加速する。


 宙を滑るようにして、

 敵機カルディアへと一直線に肉薄――!!


 大気が振動し、重低音が地上まで響く。


 先制攻撃。


 燃え上がる剣が、

 弧を描いて振り下ろされる――その刹那。


 敵機のコックピットから、女の詠唱が響いた。


「――パララ・パラララ!!」


 瞬間。


 カルディアの胸部装甲が開く――!!


 そこから、電流を纏った二本の鎖が、

 蛇の牙のように飛び出す。



 ――カシャァン!!



 鎖が、紅蓮の剣に絡みつく。


 火と雷が弾け、灼熱の刃が軋む音を立てる。

 巻きつく鎖が、炎を押し込むように締め上げる。


 O2の攻撃は、空中で受け止められた――!


 と、その時だった。



 ――ブブッ、ブブッ!!



 操縦パネルの脇にセットされた魔法起動式スマートフォン――

 アルスタが、着信を知らせるバイブ音を響かせた。


(えっ……こんな時に?)


 ラテルベルは訝しんだが、

 目の前の敵機カルディアとの戦闘に集中すべく、


 一旦はその振動を無視する。



 ――ブブッ、ブブッ!!



 だが、再び振動。

 同時に、目の前のカルディアの目が、

 まるで意志を持つかのように、二度、点滅した。


 その瞬間、

 嫌な予感がラテルベルの背筋を這い上がる。


(……まさか)


 意を決して着信を受けると、

 画面にビデオ通話の映像が映し出された。


 艶やかなブロンドのカーリーヘア。

 深紅のルージュが引かれた唇。

 クリムゾンレッドのパイロットスーツに包まれた、

 しなやかな肢体。


 スクリーン越しに微笑みを浮かべる女――。


「……メリッサ……!」


 ラテルベルの目が見開かれる。


 それは、作戦会議でアサンが写真を見せていた

 SBTAの幹部の一人――メリッサ。


 メリッサは画面越しに艶のある声で囁くように言った。


「あら、アタシのこと知ってるのね。嬉しいわ」

「でもそれって不公平じゃない?」

「あなたの名前も、教えてちょうだい?」


 ラテルベルは僅かに眉を寄せながらも、

 静かに名を告げる。


「ラテルベル。――ラテルベル・ラズライトです」


 次の瞬間、メリッサの唇が妖しく吊り上がった。


「ふふっ……それじゃ、対戦よろしくね」

「――ラテルベルちゃん」


 画面の向こうで、メリッサの口元が詠唱に移る。


「《 NERO(ネロ) THE DEVIL(ザ・デビル) 》……、詠唱開始(アンカー)!!」


 敵機カルディア――NEROが動く。


 手に持っていたトーチの先から、

 灼熱の魔法火弾が、ゼロ距離でO2に向かって叩き込まれる。


 

 ――ドガァァァァンッ!!



 左腕を鎖で繋がれていたO2は逃げられず、

 火弾をまともに受けて、装甲が赤熱する。


 コックピットにも熱が伝わり、

 操縦席の空気が焼けるように熱を帯びた。


「ッ……!!」


 唇を噛みながら、ラテルベルは右腕に魔力を集中させる。

 呼応するように、O2の右腕に流れる魔力血液が白銀色に輝き始めた。


 炎の熱を抑えるように、

 蒼い光が腕全体を包み込む。


(……アルミナ。――使わせてもらうね)


 右腕に具現化される、

 蒼炎が螺旋を描く魔法の斧。 



 ――ガキィィィン!!



 蒼き斧が、

 カルディア・NEROの鎖を一刀両断する。


 鎖は悲鳴のような金属音を立てながら火花を散らし、

 空へと弾け飛ぶ。


 自由を取り戻したO2は、機体を傾け、

 一気に距離を取る――。


 反転攻勢。


 ラテルベルは大きく息を吸い、

 太陽の衣に刻まれた魔法を解放する。


 魔力、増幅。


 アルミナから継承した魔法――、

 『フラマの木こり』の技を詠唱する。

 


「――蒼炎の雨(レ・ウィデ)ッ!!」



 O2の右腕に宿る蒼き斧が振動し、

 閃光を弾けさせながら、

 数千本の小型の斧へと分裂する。


 それは、さながら烈風に乗る驟雨。


 無数の刃が空を裂き、

 唸りを上げて敵機・NEROへと殺到する。


 それを迎え撃ちながら、

 コックピットの中、メリッサは笑っていた。


「ふふっ、いいじゃない……面白いじゃないッ!!」


 獲物を前にした肉食獣のように、

 瞳を輝かせる。


「ああ、たまらない。――この命を削り合う感じ……!」

「ヒリヒリするわぁ……!」

「これこそ、戦争ってゲームの醍醐味よねぇ?」


 通話越しに、ぞっとするような声音が響く。


 ラテルベルは唇を噛みしめた。


「……思いません!!」


 感情が噴き上がるように声を張り上げ、

 アルスタの通話を強制終了。


 その刹那――。


 無数の蒼炎の斧が、

 NEROを吞み込まんとする――。


 しかし。


「――パララ・パラララ!! エッソゥ―デ!!」

 

 メリッサが、低く、鋭く詠唱する。


 その瞬間、NEROの装甲の内側から、

 白銀色の魔力血管がイバラのように浮かび上がる。


 機体全体に奔る魔力は、稲妻となり、

 次の瞬間――


 轟音と共に、

 雷撃が解き放たれる。



 ――ゴォォォォォンッ!!



 雨を穿つ、イカヅチ――。


 雷鳴轟き、白銀の稲妻が迸る。

 それは天空を引き裂く巨大な爪。


 蒼炎の雨に、雷が降り注ぐ――!!


 バチィィンッ!!

 バチバチバチバチバチッ!!


 魔力の斧が、雷撃に撃ち抜かれる。


 無数の斧が、次々と蒸発し、

 光の霧となって四散する。


 空中に拡散する閃光。

 舞い落ちる蒼炎の粒子。


 戦場に、静寂と熱気だけが残った。



 ◇ ◆



 そこに、もう一機の影が現れた――。


 突風を巻き起こしながら、静かに近づいてくる。


 真昼の青空と、逆さの夜の街が交錯する空域において、

 その機影は異様な存在感を放っていた。


 《Pray of Color:The Chariot》


 カガルノワとエリカライトの機体である。


 漆黒と純白、相反する二つの意匠が共存する機体は、

 まるで昼と夜の狭間から生まれた幻影のようだった。


 左半身は、刃のような闇を纏う漆黒の装甲。

 鋭利なエッジと跳躍用スラスターが幾重にも走り、

 黒曜石のごとく、漆黒の輝きを放つ。


 一方、右半身は雪のように白銀の光沢を帯びた装甲。

 曲線を活かした優美な造形は、繊細な気品すら漂わせる。


 両肩の形状すら左右非対称。

 黒側は突起のように鋭く、

 白側はなめらかに広がる曲面を描いていた。


 背部には、

 二対の異なるスラスターウィングが展開されている。


 黒側は細長く鋭く伸び、

 白側は優雅に広がる。


 まるで光と闇の翼のように――。


 重力すら意に介さぬその機動性は、

 まるで黒と白の双子が空を舞うかのようだった。


 そして、その胸部――


 二つの魔法起動円盤/ディアノイアが、

 左右に並ぶように装着されている。


 黒が「破壊」を、白が「守護」を。


 相反する力が一つの機体に共存し、

 絶妙な均衡のうえに成り立っている。


 その機体が、静かに戦場へ降り立つ。


 空を割って、昼と夜の境界線をまたぎながら――

 まるで、世界の秩序そのものを体現するかのように。


 ラテルベルとメリッサの戦闘空域に、

 Pray of Color、通称「POC(ピーオーシー)」が到達した。


 戦場の均衡が、いま大きく揺れ動く――。

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