34|『メフィスト・ワルツ|第3番』Aパート
パンの香ばしい香りが鼻をくすぐる。
目の前には、あたたかな光に包まれたダイニングテーブル。
母親らしき人物が、困惑した顔でツキナを見つめている。
「どうしたの、ドロシーちゃん?」
――その名前で呼ばれ、ツキナの心臓が跳ね上がった。
慌てて自分の両手を見下ろす。
――小さい。
まるで幼い子供に戻ってしまったような、奇妙な感覚。
記憶の奥底を探ろうとするが、頭の奥が霞がかかったように鈍く、
なにかを思い出そうとすればするほど、心が囚われていく。
ふと、リビングの扉が開き、一人の男が入ってきた。
シワひとつないローブ、整えられた黒髪。
落ち着いた仕草でツキナの頭を撫で、優しく微笑む。
「じゃあ、行ってくるね」
母親らしき人物が、朗らかに手を振る。
「いってらっしゃい。あなた、気をつけてね」
穏やかで、暖かな日常。
だが――どうしても拭いきれない違和感がある。
ツキナは必死に何かを思い出そうとする。
しかし、心と脳が鎖に縛られたように重く、
思考を引き裂くかのような静寂が、彼女の内側を支配していた。
――私は、……誰??
◇
ツキナは必死に、残った理性をかき集め、
目の前の幻覚を振り払おうとする。
(……これは……夢……!!)
だが、温もりに満ちた日常の波は、
まるで潮の満ち引きのように、
絶え間なく押し寄せ、ツキナの心を絡め取る。
母親らしき人物が、優しく微笑む。
「ほら、ドロシーちゃん。いっぱい食べないと」
笑う。
笑う。
母が笑う。
――あたたかい。
――あたたかい。
これが……幸せ?
――違う。
ツキナは、声に出して否定する。
――違う!!
ツキナが、叫ぶ。
「私は――」
「私は、ツキナだ!!」
ツキナの叫びが響き渡る。
その瞬間――。
幻覚の世界が、どろどろと溶け崩れていく。
霧が晴れるように、暖かな偽りの日常が掻き消え、
現実のエレル橋が目の前に広がる。
フォルキュアスは深く息を吐き、肩をすくめる。
「なーんだ、つまんないの」
「君もぼくと同じだと思っていたのに」
ツキナは呼吸を整えながら、低く問い返した。
「……同じ?」
フォルキュアスは、
怒りと悲しみが入り混じったような目で、静かに語り始める――。
「ぼくは、サンタキエロ様に創られた造花体だ」
「サンタキエロ様は、ぼくに二つの選択肢を与えてくれた」
「一つは、人間・フォルキュアスとして生きること」
「一つは、悪魔・メフィストとして生きること」
フォルキュアスは、左胸を押さえながら続ける。
「……ぼくの、この心臓を形作ったリンネホープには、」
「ある男の子の遺志が、感情が刻まれていた」
彼の口元が引きつるように歪む。
「殺せ、壊せ、すべて否定しろ。――ハッ」
「クソみたいな感情ばっかだ」
「ぼくは、人間として、普通に生きてみたかった」
「でも、この心臓に残された前世のクソ野郎のせいで、」
「何もかもを壊したくてたまんないんだよッ!!」
言葉を吐き出すたびに、
フォルキュアスの青い瞳が深く濁っていく。
「……結局のところ、ぼくは偽物なんだ」
「生み出してくれたサンタキエロ様には感謝している」
「だけど、ぼくは……なれない」
フォルキュアスは剣を握りしめ、
震える唇で、静かに呟いた。
「……本物には」
ツキナは、
赤水晶のナイフをフォルキュアスに向け、揺るがぬ声で言い放つ。
「あなたは、ただ逃げただけよ」
「……普通に、ただ普通に、人間らしく生きることから逃げただけ」
「私は、あなたとは違う。……どれだけ苦しくても、」
「この心臓が……ドロシーが破壊を望んだとしても、」
「私は、自分の意志に従って、それを否定する!!」
ツキナの言葉に、フォルキュアスは愉快そうに笑う。
「はっ、ハハハハ!!」
「なら壊してやるよ!!」
「その意志がぜんぶ幻想だってこと、思い知らせてやるよ!!」
フォルキュアスは剣を構え、
地面を蹴り――ツキナへ向かって駆け出した。
◇
鋭い金属音が響いた。
交差した刃が火花を散らし、空気を震わせる。
フォルキュアスの剣が唸りを上げて振り下ろされる――。
ツキナはナイフを両手で握りしめ、それを受け止めた。
ガキィィンッッ!!
強烈な衝撃がツキナの腕を痺れさせる。
まるで雷が直撃したかのような重み。
「っ……!!」
ツキナは歯を食いしばりながら、地面を蹴って飛び退いた。
フォルキュアスも一歩、後ろへと跳び、両者は距離を取る。
二人の間に、緊迫した空気が張り詰めた。
「ククッ……ハハハ!!」
フォルキュアスが高笑いしながら叫ぶ。
「もっと……!! もっと面白くしてやるよ!!」
彼の肉体が変質する。
黄金色の髪が逆立ち、全身の筋肉が盛り上がり、
身体のあちこちからクロユリの花が皮膚を突き破るように咲き乱れる。
その片目からも、黒い花弁が生い茂り、
口元が裂けるように広がって、獰猛な笑みを刻む。
――そして、
フォルキュアスの腕が四本に増えた。
そのすべての手に、闇に染まる漆黒の剣が握られる。
「さァ、もっと楽しもうよ――!!!」
叫ぶと同時に、フォルキュアスが弾丸のように地面を蹴った。
石畳が爆ぜる。
四本の剣が襲いかかる。
ツキナは横に跳んでかわした――が、遅かった。
風圧だけで、橋の石畳が砕け散る。
地面に裂け目が走り、破片が舞い上がる。
さらに追撃――!!
「ハッ、ハハハハ!!!」
フォルキュアスが横薙ぎに剣を振るう。
ツキナは寸前で身を屈めたが、すぐさま別の剣が追い討ちをかける。
ツキナは回避しきれず、橋の欄干へと叩きつけられた。
「ッ――、 はっ ァ」
そして――
衝撃で鬼の面が砕け散った。
飛び散った破片が、光を反射して宙を舞う。
ツキナは静かにナイフを握り直し、
ゆっくりと立ち上がる。
冷静な瞳の奥に、激しい闘志が宿る。
「……影生」
詠唱とともに、彼女の影が揺らめいた。
その影から、もう一人のツキナが具現化される。
幻影のツキナは、橋の欄干を蹴り上げて宙返りし、
空中で詠唱する。
「――針影」
吹き矢を放つ。
狙いは、真下のフォルキュアス。
空を切り裂くように放たれた矢は、雷鳴の如き速さで一直線に落ちる。
「はッ、その程度……!!」
フォルキュアスは軽く舌を打ち、後方へと跳び退る。
次の瞬間――
ズガァァァン!!
吹き矢が橋の石畳を貫いた。
石が砕け、穴が穿たれたその跡から、細かい塵が舞い上がる。
「……休んでいる暇なんてないわよ」
その声が響くと同時に、ツキナの影が流れるように動いた。
実体のツキナは、フォルキュアスの死角へ回り込み、
振り抜いた赤水晶のナイフが、フォルキュアスの腕の一本を斬り落とす。
ザクリ――ッ!!
切断された腕が宙を舞い、血飛沫がゼーラ川へと降り注ぐ。
水面に赤い花が咲いたように、波紋が広がる。
しかし――
「くそッ――なーんてね。残念」
フォルキュアスは嘲るように笑い、
切り落とされたはずの腕を見下ろしながら、力を込める。
ぐにゃり、と肉がうねる。
千切れた断面が脈動し、そこから新たな腕が膨れ上がるように再生する。
まるで樹木が芽吹くように、皮膚が裂け、筋肉が這い、
瞬く間に元通りになった。
ツキナは、ナイフを握り直しながら言う。
「……それが悪魔・メフィストとしての力……厄介ね」
フォルキュアスは、再び剣を握り直し、
ぞっとするほど嬉しそうに笑う。
「そうさ!! これがサンタキエロ様にいただいた力ッ!!」
「所詮、泥人形の君に、このぼくを倒すことなんて不可能なのさ!!」
ツキナは、幻影のツキナと背中合わせに立つ。
破壊された鬼の面の破片を指で撫でながら、心の内で誓う。
(師匠、……キロシュタインさん。私、絶対に勝ちますから)
心臓が高鳴る。
胸の奥で、確かな「生」が鼓動する。
ツキナは、静かに詠唱した。
「……朧々」
瞬間――
黒い霧が広がり、百、千もの影がうねるように現れる。
それはすべて、ツキナと同じ姿形をした「幻影」だった。
フォルキュアスは苛立ったように叫ぶ。
「なんだよ、ただの目くらましじゃないか!!」
「こんなもの――ッッ!!」
四本の剣が唸りを上げ、闇を切り裂く。
幻影のツキナたちは、次々と霧散していく。
そして、ただ一人だけのツキナが、
霧の向こうに静かに立っていた。
「はッ! もう終わりか!!」
「幻影もいない。ならば、これで終幕としようッ!!」
フォルキュアスが駆ける。
しかし、ツキナは微動だにせず、その場に立っていた。
彼女は、僅かに唇を動かし――
「……そうね。私の負けよ」
呆気なく負けを認めるツキナ。
違和感が胸をよぎるフォルキュアス。
だが、彼の足は止まらない。
そして、漆黒の剣が縦一線に振り下ろされ――
ツキナの身体を、真っ二つに……
その瞬間、ツキナは静かに詠唱する。
「……朔」
刃が通り抜ける。
切られたツキナの身体が、霧のようにゆっくりと崩れ落ちていく。
だが、それは罠だった。
――「朔」。
それは、実体と幻体の位置を入れ替える技。
先ほど発動した「朧々」でフォルキュアスの視界を奪っている間に、
ツキナは幻影の一人をとある場所へと移動させていた。
それは――フォルキュアスの背後。
観覧車のゴンドラの上だ。
斬られる寸前、ツキナは「朔」を発動し、
ゴンドラ上に待機させていた幻影と自身を入れ替えた。
空気が揺れる。
フォルキュアスは剣を振り切った瞬間、
背筋に鋭い殺気を感じる。
ツキナは、観覧車のゴンドラから飛び降り――
逆手に構えた赤水晶のナイフを、
フォルキュアスのうなじに深く突き立てた。
ザクッ――!!
肉が裂け、鮮血が空へと舞い上がる。
◇
ツキナは、地面に横たわるフォルキュアスを見下ろしながら、
静かに息を吐いた。
うなじを切られたフォルキュアスは、
傷を再生しようと必死に喉を震わせ、
ヒュウ、ヒュウ――掠れた息が橋の上の静寂を乱す。
ツキナは赤水晶のナイフを構え、
その切っ先をフォルキュアスの胸に当てた。
フォルキュアスは、息を切らしながらも笑う。
「……フッ、はは……ははは……。ねぇ、ツキナ」
「壊せ、殺せ、否定しろ……ってさ、……この心臓がうるさいんだ」
「ねぇ……ねぇ、ツキナ。……死ぬとどうなるの?」
――その笑みの端から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
ツキナは、その涙を見つめ、一瞬だけ瞳を伏せた。
だが、すぐにその目を開き、静かに言葉を紡ぐ。
「大丈夫。……私は獄卒よ」
「ちゃんと浄化して、あの世に送ってあげる」
一拍置いてから、彼女は続けた。
「そこなら、あなたも"本物"になれるかもしれないわね」
「誰の遺志にも邪魔されず、自分の意志で、自由に生きるのよ」
刹那。
ツキナの手が、迷いなくナイフを握る。
漆黒の影が微かに揺れ、彼女の腕が鋭く振り下ろされた。
ズブリ――
赤水晶の刃が、フォルキュアスの心臓を貫く。
彼の身体が僅かに震え、
それから、ツキナの掌の中で光が脈打った。
――浄化魔法が発動する。
次の瞬間、フォルキュアスの身体は灰となり、
静かに崩れ去っていった。
そして――
カラン――。
一つの宝石が、石畳の上に転がり落ちる。
フォルキュアスのリンネホープだ。
それは、
黄金色に輝く、限りなく透明で美しい宝石だった――。
34.『メフィスト・ワルツ|第3番』Aパート
鋼鉄の巨影の中――
空中戦艦の心臓部に潜む、巨大な格納庫。
この戦艦は、数多の戦場を駆け抜けた歴戦の古強者。幾重にも折り重なった黒鉄の装甲には、砲弾の衝撃を受けた凹み、無数の弾痕、剣戟の傷が刻まれている。だが、それらの傷跡はまるで誇りの勲章のように、この鋼鉄の城塞の威厳をさらに際立たせていた。
戦艦の船底から垂れ下がる鎖や鉄骨が微かに揺れ、
機関部の低い唸りが空間に響く。
剣を交えた二人の騎士と咆哮するライオン――
戦艦の側面に刻まれた紋章が、この艦の主を示していた。
艦の中央部、圧倒的な広さを誇るカルディア専用の格納庫。
その巨大なハッチが、ゆっくりと開かれていく。
油圧機構の駆動音が重々しく格納庫内に響き、天井に取り付けられた巨大なランプが明滅する。赤と青の警告灯が交互に点滅し、整備プラットフォームやディアノイアのコンソールに淡い光と影を落とした。
格納庫の床には、機体移動用のレールが組み込まれ、随所には整備用の大型クレーンが配置されている。壁面には、無数のコンテナや補修用のパーツが積まれ、長年の戦闘の痕跡がそこかしこに刻まれていた。
そして――
その中心に、巨影がそびえ立つ。
ラテルベルの視界いっぱいに広がるのは、
圧倒的な存在感を放つ機体――。
《O2‐VEiL:THE SUN》
ラテルベルの足音が、静まり返った格納庫に響く。
彼女の目の前に立つO2は、まるで沈黙の戦士のように佇み、その赤き装甲は燦然と輝いていた。多層構造の重厚な装甲は炎の層のように折り重なり、聖鉄の輝きが機体の隅々に宿る。肩の装甲には過去の戦いの名残を刻む傷があり、それでもなお、この機体が誇り高く立ち続けてきたことを物語っていた。
中央部にそびえる王冠状の頭部ユニット。
その額には、未だ沈黙したままの魔力供給レンズが埋め込まれている。
やがて、この機体が目覚める時――、
そのレンズは紅蓮の光を宿すことになるのだろう。
ラテルベルは、思わず息をのんだ。
指先が僅かに震える。
憧れ、畏怖、期待、そして――、再会の感動。
「……久しぶり」
胸の奥から、小さな言葉がこぼれ落ちる。
O2は、静かにそこに佇んでいた。
まるで、再びその背に乗る日を待っていたかのように――。
◇
その時――!!
轟く雷鳴が空を裂き、戦艦の格納庫を震わせた。
ラテルベルは、
息を切らして駆け込んできたメカニックの男に詰め寄る。
「何があったんですか?!」
男は荒い息を整えながら、険しい顔で答えた。
「現れやがったんだよ!! カルディアが!!」
ラテルベルは男から手渡されたタブレットを受け取り、
映し出された映像に息を呑む。
そこには、
赤と紫の装甲板に覆われた一機のカルディアが映っていた。
鋭角的なシルエット、漆黒のコウモリのような翼を広げ、
大気を切り裂くように空を舞う。
その機体は、手にした巨大なトーチを振るい、
旧市街の街並みを業火で焼き尽くしていた。
家々が崩れ、瓦礫の間から炎が噴き上がる。
燃え上がる街の上空を、怪物のような影が旋回していた。
ラテルベルは即座に耳に装着した無線に手を当て、叫ぶ。
「エメラルドさん、ノアさん!! 大丈夫ですか!?」
ノアの声が、通信の向こうから軽快に響いた。
「うん、なんとかね! ――あと報告!!」
「エメラルドくんと二人でグリムを倒しましたっ!!」
アサンも続く。
「こっちもネビュラやったよぉー」
さらに、ツキナの静かな声が加わる。
「私は……フォルキュアス――」
「悪魔・メフィストと決着をつけました」
トラムの車内――、
アサンはキロシュタインの隣に腰掛け、
無線越しの会話に耳を傾ける。
「おぉおー、すごいじゃんツキナ。メフィストを倒したなら……」
「残るは幹部のメリッサ、そして大ボスのプホラとサンタキエロの三人だね」
そこに、精霊で状況を偵察していたエメラルドの声が割り込んだ。
「……こちら旧市街。カルディアが暴れて街が燃えています」
「僕はノアさんとゼロシキ商会のオフィスに隠れてるんだけど……」
ノアが苦笑しながら言う。
「ピンチだよねー、エメラルドくん」
ラテルベルは映像を見つめながら、ある可能性に思い至る。
「もしかして!! 敵の狙いは天文時計なんじゃないですか?」
「封印魔法を阻止することが目的なら――」
アサンが無線越しに同意する。
「その可能性は高いね」
「でも、カルディア相手にノアとエメラルドくんを戦わせるのは無謀だ」
ラテルベルは、唇を噛み、拳を強く握る。
そして、深く息を吸い込み、決意を固めた。
「わたしが戦いますッ!!――O2で!!」
「キロさんに任せてもらった私の役目だから……」
「……待っていてください」
「すぐに出撃します!!」
彼女はタブレットをメカニックの男に返し、
まっすぐに目を向ける。
「O2、出撃できますか?」
男は力強く頷き、ラテルベルを誘導する。
「当然です!! 行きましょう!!」
「こっちです、ラテルベルさん。ついてきてください!」
ラテルベルは決意を胸に、駆けだした――。
◇
ルビー色のパイロットスーツの上に、
キロシュタインたちが贈ってくれた太陽の衣をまといながら、
ラテルベルはO2の足元へと歩を進めた。
そこで、彼女を待っていたのは、
カガルノワとエリカライトの二人だった。
カガルノワが、じっとラテルベルの顔を見据え、
静かに問いかける。
「……戦えるの?」
ラテルベルは、一つ深く息を吸い込む。
そして、迷いを振り払うように、力強く答えた。
「――はい!!」
その返答を聞き、カガルノワは無言で頷く。
すると、エリカライトが、一冊の本をラテルベルに手渡した。
それは、魔法契約書――クラヴィスだった。
表紙には、アーキ語で『フラマの木こり』と刻まれている。
ラテルベルは驚き、思わず声を上げた。
「これって……アルミナの!」
カガルノワが腕を組みながら答える。
「あいつに預かっていたのよ」
「――あなたがもし、またカルディアに乗って戦う日が来たら渡してほしいって」
ラテルベルは、クラヴィスをそっと胸に抱きしめ、瞳を閉じる。
そして、彼女は目を開き、強く宣言する。
「……ありがとう、アルミナ」
「臆病なライオンはもうやめる……!!」
「わたしは、みんなを守るヒーローになりたい!!」
その言葉に、エリカライトは目を輝かせ、満面の笑みを浮かべる。
「ラテルベルーぅ、あんたもう立派になって……」
「うんうん。成長したねー」
そう言いながら、
彼女はラテルベルのふわふわな髪をわしゃわしゃと撫でる。
ラテルベルはくすぐったそうに笑いながら、
それでも真剣な表情で言った。
「それじゃあ、いってきます!」
――しかし、次の瞬間。
カガルノワとエリカライトは、きょとんとした表情を浮かべた。
エリカライトが、軽く肩をすくめながら言う。
「なーに言ってんのよ、ラテルベル」
「わたしたちも一緒に戦うんだよっ!」
カガルノワも、静かに言葉を続ける。
「私たちはそのために来たんだ」
◇
ラテルベルは、O2のコックピットに足を踏み入れた。
静寂に包まれた操縦席。
シートの質感が手に馴染み、鼓動が少しだけ高鳴る。
コックピットは二人乗り。
かつて並んで座った、もう一つのシートが今は空席のまま。
ラテルベルは、そこに座っていたアルミナの面影を思い出した。
――今回は、一人。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
ラテルベルは、ゆっくりと呼吸を整えながら、
二冊のクラヴィスを取り出す。
カルディア:タイプ・ジェミニ。
かつてリンネホープを燃料としていたこの機体は、
今やフロギストン・コアという魔法物質を用いた
新たな動力機関――フロギストン式へと改造されている。
だからもう、誰の命も消費することはない。
その事実が、ラテルベルの心を静かに支えていた。
操作盤を展開する。
ホログラムディスプレイが次々と浮かび上がり、
起動シークエンスが自動的に整列する。
ラテルベルは、
スロットに一冊ずつ、クラヴィスを差し込んでいく。
「――『フラマの木こり』、アンカーダウン!!」
最初に、アルミナのクラヴィスが装填される。
「――『フラマの踊り子』、アンカーダウン!!」
続けて、ラテルベル自身のクラヴィスが嵌る。
瞬間、操作パネルに淡い光が灯り、
魔法陣が浮かび上がる。
シートの背もたれが僅かに沈み、
コックピット全体に低く唸るような振動が走る。
青白い魔法光がエンジン部から吹き上がり、
巨大な機体が静かに覚醒する
ラテルベルは、深く息を吸い込んだ。
そして、確かな意志を込めて、宣言する――。
「《O2‐VEiL:THE SUN》――セット・セイル!!」




