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28|『人形師見習い・ラテルベル』

 ブルクサンガの街外れ――。

 

 湖のほとりに佇むアンヘルヴェルトの工房。

 その静かな作業場に、ラテルベル・ラズライトの姿があった。


 彼女は真剣な眼差しで、

 目の前のブリキ片を慎重に磨いている。


「……ふぅ」


 アサン会長に取り寄せてもらった良質なブリキ。  


 それを適切なサイズにカットし、

 表面の汚れや酸化膜を布で乾拭きしてから、

 細かい研磨剤で軽く磨く。


 さらに、レモンの果汁を染み込ませた布で、

 スズの部分を拭っていく。


 その手つきは、

 まるで宝石を磨くかのように慎重だった。


 それから――。


 ラテルベルは釘を打ちながら、

 ただひたすらに手を動かしていた。

 時計の針は回り続け、気づけばかれこれ十時間が経過していた。

 窓の外では日が沈み、工房の中はかすかな灯りだけが残る。

 昼と夜の区別がつかぬほど集中していた。

 手のひらには汗が滲んでいたが、

 それでも彼女は一度も作業を止めることなく、

 フレームの細部を整えていく。


「……うん、これで……」


 ラテルベルは自分の手を見つめる。

 息が上がってきたことに気づいたが

 それでも作業を続ける。


 ――。

「ラテルベル、少し休憩しなさい」


 アンヘルヴェルトが静かに声をかける。


「もう少しで……」


 ラテルベルは手を止める気配を見せない。


「もう十時間だ」アンヘルヴェルトがやや強い口調で言う。


「いい加減、休まないと指が動かなくなる」

「その状態で作業を続けるのは、危険だ」


 ラテルベルは手を止めかけるが――。


 それでも、

 彼女の指はまだ金属に触れていた。


 だが――

 次の瞬間、アンヘルヴェルトが義手を机に置いた音が響く。


 コトン。


 その音が、

 ラテルベルの集中を強制的に解いた。


 彼女はゆっくりと視線を上げ、

 ようやく、

 アンヘルヴェルトの顔をまともに見た。


 そこには――。

 彼女を心配する、厳しくも優しい眼差しがあった。



   28.『人形師見習い・ラテルベル』



 ――夜。


 日が沈んだ湖は、

 月光を浴びて蒼く輝いていた。


 工房の前に置かれた丸テーブル。

 その椅子に、

 ラテルベルとアンヘルヴェルトは向かい合って座っていた。


 テーブルの上には――。


 アンヘルヴェルトが用意した、

 ドライフルーツとナッツの入ったパン、

 そしてブラックコーヒー。

 

 アンヘルヴェルトが、ラテルベルの目を見ながら言う。


「……学校は、どうだ」


 ぶっきらぼうな言い方だったが、

 その言葉には確かな気遣いが滲んでいた。


「あっ――も、問題ないです!」


 少し慌てた様子で答えるラテルベル。  


「……最近は仲のいい友達ができて」


 彼女はコーヒーを飲みながら言った。


 その言葉を聞いたアンヘルヴェルトは、

 わずかに相好を崩す。


「……そうか。よかったな」


「ッ――は、はい。すごく良い人たちです……」


 ラテルベルは、なぜか急に面映ゆくなって、

 視線をテーブルの端へ落とした。


「……アンヘルさん」


 彼女はぽつりと呟く。  


造花体(ドール)とブリキ人形、」

「……ホムンクルスの違いはなんだと思いますか?」


 その問いに、

 アンヘルヴェルトは少し思案し、

 そしてゆっくりと口を開いた。


「そうだな。……まず、定義として言えば、」

「造花体は、人形塑躰術という魔法で創られるヒトを模した人形――」

「ブリキ人形は……、リンネホープを埋め込んだブリキの心臓で動く人形――」

「ホムンクルスは、祖式錬金術を使って創られる、泥の心臓をもつ生命体――」


「造花体とホムンクルスには感情があるが、ブリキ人形にはそれがない」

「……だが、それは『違い』ではないだろう」


 アンヘルヴェルトは、義手の指を動かしながら、

 パンを掴み、一口かじった。


「それは……、『個性』だ」

「ならば、君の質問の答えとしては、違いはない、と私は考える」


 ラテルベルは、夜空を見上げながら、

 アンヘルヴェルトの言葉を噛み締めるように繰り返した。


「――違いじゃなくて、個性……か」


 頭上には、

 夜を彩る無数の星々が瞬いていた。


「そういえば……エメラルドは?」


 ラテルベルは、

 いつもこの椅子でノートに絵を書いていた彼のことを思い出す。


「エメラルドは、アルミナのところに行くって言ってたな」


 アンヘルヴェルトは、

 静かにコーヒーを飲みながら答えた。


 湖面に映る月が、ゆらゆらと揺れている。

 風はほとんどなく、夜の湖畔は驚くほど静かだった。

 ふと耳を澄ませば、遠くで水鳥の鳴き声が微かに響く――。




 ◇




 ――同時刻、ローゼンシルデ・サナトリウムの三階。


 静かな病室。

 カーテン越しに淡い月明かりが差し込み、

 白いシーツの上にぼんやりとした影を落としている。


 ベッドに横たわるアルミナ・ラズライト。

 その隣で、丸椅子に腰掛けるエメラルド・スターシーカー。


 二人は、

 昔話に花を咲かせていた。


 主に、フラトレスで過ごした日々のこと。

 それは、まるで遠い過去のように語られる思い出。


 アルミナは、ベッドの机にノートを広げて、

 箇条書きで何かを書いていた。


「それは?」


 エメラルドが、気になって尋ねる。


「ん……?」


 アルミナはノートの端を撫でながら答えた。


「死ぬまでにやりたいことリスト――かな」

「キロシュタインさんに、書けって言われてさ」


 彼は笑いながら、

 さらさらとペンを走らせる。


「行きたい場所を思いつくまま書いたり、」

「竜を見てみたいとか、錆の魔女を倒したい、とか……」


 アルミナのペンの動きが一瞬止まる。


「――キロシュタインさん。ぜんぶ叶えてくれるらしいけど、」

「……さすがに無理だよね」


 彼は苦笑しながら、ノートを軽く閉じる。


「ふっ、それはそうだね」

 

 エメラルドは穏やかに笑った。


「神さまでも、お手上げだよ」


 そして――。

 エメラルドはちらりとアルミナを見て、尋ねる。


「……あのさ」

「キロシュタインさんって、どんな人なの?」


 アルミナは、

 エメラルドの言葉に少し目を伏せる。


「うーん。どんな人……そうだね、不思議な人だよ」

「いつも何かを諦めたような目をしていて……ちょっと怖い――」


 そう言ったあと、

 アルミナはふっと微笑んだ。


「でも、本当はすごく優しくて、聞き上手」


 エメラルドは黙って頷き、

 彼の言葉を真剣に聞いていた。


「あっ、あとはね」


 アルミナは突然、思い出したように言う。


「魔法がすごく大好きなんだよ、キロシュタインさん」


 エメラルドの瞳がわずかに輝く。

「ラテルベルから聞いた話だと、

 魔法のことになると人が変わるんだってさ」


「……まるで、星の話をしている時の君みたいじゃない?」


 アルミナが楽しげに微笑む。


 エメラルドは、

 もじゃもじゃの髪をかきながら、苦笑した。


「……だね」

「仲良くなれそうな気がするよ。キロシュタインさんと」


「ははっ」


 アルミナがくすっと笑う。


「君とキロシュタインさんの会話、たぶん常人には理解できないだろうなぁ」


 その言葉に、

 エメラルドも笑みをこぼした。


「君は、どこか行きたい場所とかないの?」


 アルミナがふと問いかける。


 エメラルドは少しだけ考えてから、静かに口を開いた。


「……アン・キ・ゲーシェ天文台」


 アルミナが興味深そうに首を傾げる。


「世界最大の天体望遠鏡がある天文台」

「……その望遠鏡から宇宙を見てみたい」


 エメラルドは、

 まるでその光景を思い描いているかのように、

 静かに天井を見上げた。


 アルミナは、

 彼の夢見るような表情をじっと見つめ――。


 そして、

 ゆっくりと微笑む。


「……、……いいね。」


 二人の会話は――

 夜が明けるまで、続いた。

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