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26|『太陽の衣を手に入れ隊 ②』

 ダイナセフラ地方。

 星礼街=テイルソニアの午後――。


 陽光が都市を包み込み、

 歩道の石畳に柔らかな影を落としていた。

 

 キロシュタイン、ノア、ツキナの三人は、

 人の波を縫うようにして通りを歩いている。

 

 街並みは壮麗で、

 過去と未来が共存するかのような神秘的な調和を成していた。

 

 ゴシック建築の尖塔が空を貫き、彫刻を施されたバロック様式の壁面が、時の流れを超えて輝いている。その一方で、鋼とガラスが織りなす未来的な建築が、まるで都市の意志によって統制されたかのように、違和感なく街に溶け込んでいた。

 

 歩道の脇には、石造りの階段や歩道橋が複雑に絡み合い、路地裏には聖なる光を宿したステンドグラスがはめ込まれた店が軒を連ねている。浮遊する灯籠が微かな魔力を帯びながら、柔らかな光で街を照らしていた。


 通りには活気が溢れている。


 貴族風の衣装を纏った男が、細身の杖を掲げながら優雅に歩き、露店の前では商人たちが客と交渉を繰り広げていた。街路樹のベンチには学生たちが集まり、魔道書を片手に議論を交わしている。


 キロシュタインたちの歩く車道の向こうには、

 浮遊地区へと続く高架の車道が広がっていた。


 天空へと延びるような橋を、無数の車両が行き交い、

 遠くには鉄道が音を立てて線路を駆け上がっていく。

 その先には、空中に浮かぶプラットフォームがあり、

 浮遊する駅に向かって列車が滑り込んでいく。


「すごいねぇー。さっすが、テイルソニアっ!! 世界一!!」

 

 ノアが、大きく手を広げてくるくると回る。


 そんなノアを見ながら、キロシュタインは言う。


「危ないわよ、ノア」


「……、……ほぉ~」


 ツキナは、見るもの全てが新しく面白いのか、

 小さく感嘆の声を漏らしていた。


 そうこうしているうちに、

 三人は目的地であるホテル・テイルソニアの前へと辿り着いた。

 

 街並みに溶け込むようにして建てられたクラシカルな高級ホテル。

 

 ファサードには細やかな彫刻が施され、

 大理石の柱が正面のエントランスを支えている。


 黄金色の看板に、流れるような筆記体で

 「Hotel Talesonia」と記されていた。

 

 扉の前に立つと、磨かれたガラスが三人の姿を映し出した。

 

 入り口は重厚な回転扉。

 ノアが先に歩を進めると、扉がゆっくりと回り始める。


「くるくるくる~~~」


 キロシュタインとツキナも続いて中へと入り、

 ホテルの温かな空気が三人を包み込んだ。

   


   26.『太陽の衣を手に入れ隊 ②』



 室内へ足を踏み入れると、そこはまるで別世界だった。


 広々とした空間には、アザーブルーのカーペットが敷かれ、

 天井には優雅なシャンデリアが輝いている。


 壁には古典的な額縁に収められた風景画が飾られ、

 煌びやかな装飾が施された金縁の鏡が空間を広く見せていた。

 

 中央には、ふかふかのクッションを備えたベルベットのソファが置かれ、

 その前には、彫刻が施された黒檀のテーブルが静かに佇んでいる。


 テーブルの上には、銀のティーセットと、

 ホテル特製の果実が盛られたプレートが用意されていた。

 

 窓際には大きなアーチ型の窓があり、

 テイルソニアの街並みを一望できる。

 

 薄いカーテンが風に揺れ、午後の光がやわらかく室内を包み込んでいた。

 

 さらに奥へ進むと、三人が泊まる寝室には、

 天蓋付きのベッドが二つ並んでいる。

 シルクのシーツと刺繍入りのクッションが並べられ、

 寝心地の良さを物語っていた。

 

 部屋の一角には、

 専用の浴室――。

 

 扉を開けると、

 そこには白大理石で造られた豪奢な露天風呂が広がっていた。


 天然温泉が湛えられた浴槽には、

 魔法の仕掛けが施され、湯の温度を常に最適に保っている。

 浴室の壁には花の彫刻が施され、天井には夜空が描かれていた。



 ◇



 アニハとの謁見は明日の午前7時。

 太陽の衣の競りは、今夜22時――。


 現在時刻は午後16時。


 三人は、アサンが予約してくれた部屋で、

 思い思いの時間を過ごしていた。


 ツキナは、アルスタの初期設定に苦労している。

 

 ノアは、ポリプと一緒に「魔法のホウキ」を手入れしていた。

 ここまでの旅路、ホウキを背負って歩くノアの後ろ姿は、

 まさに古典的な魔法使いそのものだった。


 キロシュタインは――



「おぉっ! これが本物の……」



 ホテルの一階、

 競りが行われる会場の大広間。


 キロシュタインは、

 特別に出品者の女性から、

 『太陽の衣』の実物を見せてもらっていた。


 それは――、

 深紅の布で作られたローブ。


 フードの縁には、炎を象った装飾。

 鮮やかな青い模様が、深紅の布地に流れるように描かれている。


 広い袖口には、神声文字で書かれた告式。


 そして、背中には、

 金色に輝く――「太陽紋」。


 このローブに書かれたすべての文字と模様が、

 一つの魔法譜を完成させる歯車の役割を果たしていた。


 キロシュタインは、

 ローブを覆うガラスケースに鼻が付きそうな距離で、

 その告式を一つ一つ解析していた。


 そんなキロシュタインを見て、

 出品者の女性がやさしく微笑む。


「うふふ。きみ、魔法が大好きなのね。」


 キロシュタインは、

 目を輝かせながら、ノートを取り出す。

 

 そして、告式と術紋、

 ローブそのものを書き写していった。


「これ、どこで手に入れたんですか?」


 キロシュタインが、ガラスケースの向こう側の女性に問いかける。


 出品者の女性は、

 皺の刻まれた穏やかな顔で微笑んだ。  


「それはね、うちにあったのよ」

「――アナ・グラって知ってるかしら?」


 その問いに、

 キロシュタインはわずかに目を見開く。


「タイヨウシング・エラの作曲者、ですよね」


「そう、正解」

「……実はわたしね、そのアナ・グラの末孫なのよ」

「アナって、熱狂的なフアンだったのよね? 聖書の、とくに太陽の王国編の」

「うちには、アナが集めた魔法の道具や衣装がたくさんあって」

「どれもが、太陽の王国編に関係するものなのよ」


 キロシュタインは、

 目の前の太陽の衣を見つめる。


 その模様、刺繍、告式、術紋――。

 すべてが、繊細に施されていた。


「わたし、聖書とか神話には疎くってね」


 出品者の女性は苦笑しながら続ける。


「価値が分かる人に持っていてほしいって思ったのよ。だから――」


 彼女の顔が、

 深いしわの中で優しく綻ぶ。

 

 キロシュタインは、含みがある言い方で女性に確認する。


「じゃあ。これは……、本当に効果があるものなんですね」


 出品者の女性は、

 再び穏やかな笑みを浮かべた。


「ええ、ちゃんと専門の告解師の方に調査を依頼したものよ」

「火の魔法の威力を倍増させるらしいけど――」

「わたしがそんなの使っても、目玉焼きを無駄に焦がすだけよ」


「うふふ」


 彼女は、淑やかに笑った。


 

 ◇



 ――21時50分。

 

 オークション会場には、

 華やかなドレスを纏った紳士淑女が集まっていた。


 キロシュタイン、ノア、ツキナの三人も、

 それぞれのイブニングドレスに身を包む。


 キロシュタインは、髪をシニヨンにまとめた清純な白のドレス。

 ノアは、海を思わせるような青のドレスにサイドテール。

 ツキナは、ゴールドチェーンのネックレスを下げた黒のドレス。


 煌びやかなホテルの大広間。

 オークション専用に設えられた会場では、

 豪華なシャンデリアが天井から光を散らし、

 壁には金と黒を基調とした装飾が施されていた。


 ホールの中央には、

 赤いベルベットのカーテンに囲まれた競売台。

 その前には、円形に並べられた入札席。


 各席には、入札用の小さなパドルが置かれ、

 参加者たちはそれを手に、競りの開始を待っていた。


 場内が静まり返る――。


 壇上に競売人が立ち、ハンマーを手に取った。


「次の出品は……!」

「伝説の秘宝、『太陽の衣』でございます!!」


 力強い声が会場に響く。


 場内がざわめき、拍手が沸き起こる。


 競売人が赤い布を引き剥がすと――

 ガラスケースの中に、深紅のローブが姿を現した。


 鮮やかな青の模様、背中には輝く「太陽紋」。

 袖口には、神声文字で刻まれた告式――。


 その圧倒的な存在感に、参加者たちは息を呑む。

 誰もが身を乗り出し、その神秘的な衣を見つめていた。


 競売人は満足げに頷くと、

 ハンマーを軽く掲げた。


「では――!」

「開札価格は、5万カザラル(500万円)から!!」


「5万カザラル!」


 最前列の紳士が、即座にパドルを掲げる。


「6万カザラル!!」

 

「7万カザラル!!」


 次々と値が上がり、

 競りは瞬く間に白熱していく。


「8万カザラル!!!」


 中年の貴族が勢いよく手を挙げる。


「8万5千カザラル!!」

「9万カザラル!!!」


 各地の名士たちが入札を繰り広げ、

 価格はあっという間に10万カザラル(1000万円)に達した。


 競売人が、再びハンマーを掲げる。


「現在、10万カザラル!!」

「他にご入札は――」


 その瞬間、

 キロシュタインが静かに立ち上がった。


 場内の視線が、一斉に彼女へと向けられる。


 キロシュタインは、澄んだ声で宣言した。


「15万カザラル」


「――15万!?!?」

 

 ざわめきが広がった。


「一気に5万カザラルの上乗せだと……?」

「大胆な……いや、それほどの価値があるということか」


 隣りの席の老紳士が、小さく唸った。

「ふむ……15万か……」と呟き、静かに考え込む。


「15万カザラル……」


 後方の貴族が、パドルを持つ手を僅かに動かす。

 逡巡するが、結局パドルを上げることはなかった。


「……ふむ、やめておこう」


 彼は隣りの友人と目配せし、小さく肩をすくめる。


 競売人は、場内の反応を確かめながら、

 慎重に口を開いた。


「15万カザラル、入りました! さぁ、他にご入札は――」


 再び沈黙。


「15万はさすがに……」

「もうここから先は、余程の覚悟がなければ……」


 誰かが小さく呟く。


 競売人は、再度ハンマーを高く掲げる。


「15万カザラル――、ラストコールです!!」


 さらに数秒の沈黙。


 誰も動かない。

 

 そして――


「落札!!」


 競売人が、ハンマーを勢いよく振り下ろした。


「15万カザラルで、『太陽の衣』の落札でございます!!!」


 場内に拍手が沸き起こる。


 キロシュタインの表情には、

 確かな満足の色が浮かんでいた。


 ――。

 拍手が静まる中、係員が慎重に太陽の衣のガラスケースを移動させていく。

 キロシュタインは椅子に腰を下ろし、静かに微笑んだ。


 隣りに座るノアが、小声で驚きを漏らす。


「ねえ、15万カザラルって――」

「キロちゃん、そんな大金もってたの?」


 ツキナもぽつりと呟く。


「……15万……獄卒の一年間の報酬よりも多い……」


 二人の視線を感じながら、

 キロシュタインはゆっくりと指先を絡め、肩をすくめた。


「……15万カザラルは破格ね」


「え?」


 ノアとツキナが、驚いたようにキロシュタインを見つめる。


「このローブの真価を知っていたら……、ってこと」

「競り落とせてラッキーだったわ」


 キロシュタインは小さく笑いながら、

 ローブに書かれていた告式や術紋を書き写したノートを開く。


 そして、二人にノートを見せながら言う。


「この太陽紋と告式、十一枝徒(シト)のイシュナダレトが書いたものよ」

「魔法譜の書き方には術者のクセや個性がでる」

「出品者さんを騙すつもりはなかったけど……一目見て気づいたってわけ」


 キロシュタインの言葉に、

 ノアが驚愕したように声を上げる。


「それって、歴史的価値がちょーあるってことだよねっ!!」

「つまり……100万カザラル……? もっと……??」


「さあね」


 キロシュタインはさらっと流す。


「ちなみに……キロちゃん? そんな大金、どうやって稼いだのかな?」


 ノアが訝しむように身を乗り出す。


 隣でツキナもうんうんと頷き、

 明らかに興味津々な様子だった。


 キロシュタインは、一つため息を吐いてから話し出す。


「半年前くらいから、フリーランスで告解師の仕事をしてるのよ」

「列車が時間通りに動くようにディアノイアの魔法譜を調整することもあれば、」

「魔法の教科書に掲載する告式、術紋、触媒のリストアップ、」

「新型の飛行艇の魔法譜を最適化したこともあったわね」


「それで、半年で19万カザラル――くらいかな?」


「……、…………」


 ノアとツキナは言葉を失った。


 そして、ただ一言。


「……なにもんですか、あなた」


 ノアがジト目でキロシュタインを見る。


「ただの魔法マニアよ」


 キロシュタインは何事もないように言い、

 手元のノートをパタンと閉じた。


 その瞬間――。



 ――バチンッ!



 会場が急に暗闇に包まれる。

 停電だ――。


「お、おい。何事だ!!」


 参加者の一人が慌てた様子で叫ぶ。


「……キロシュタインさん、気を付けてください」

「何者かがこっちに近づいてきています」


 ツキナが低く耳打ちする。


 足音はしない。

 ただ、確かに気配がする。


「…………」


 キロシュタインは口を閉じたまま、腰のホルスターに手を添える。


 そして――。

 ふいに、目の前に大きな影が現れた。


「おい、オマエ。あの太陽の衣ってやつ、そんなに価値があるもんなのか」


 低く、しゃがれた男の声。

 威圧感のある声――。

 だが、キロシュタインは何も答えない。 


「――いやいい。おい、テメエらァ!!」


 突然、男がそう叫ぶと、

 暗闇の中で幾つかの影が動き、

 そして。



 ――バリンッ!!



 ガラスが割れる音。

 同時に、会場に灯りがもどる。


「ガハハハハッ!! この『太陽の衣』っていうお宝――」

「俺たち、ハヴァロ盗賊団がいただいていくぜ!!」


 そこに立っていたのは、

 身長2メートルを超える巨大な狼男。


 鋭い牙と爪、

 逆立つ獣の毛。

 その体から発せられる、異様な圧力。  

 

 その狼男の周囲には、

 同じ制服を纏った数人の盗賊が立っていた。


「あばよォッ!!」


 狼男は豪快に笑いながら、

 太陽の衣を抱え、

 大広間の窓を突き破る!!


 ガラスが砕け散る。

 街道の向こうへと飛び去る狼男。


 それに続くように、

 団員たちも走り去っていく。


 あまりにも一瞬の出来事。

 参加者たちはその場で凍りついた。


 ただ一人、

 キロシュタインだけが熱くなっていた。 


「なによ、アイツ。――ノア、ツキナ。追うよ!!」

「わたしの15万カザラル……絶対に取り返してやる……!!」


 キロシュタインが勢いよく立ち上がる。


 その様子を見ていた、

 一人の老紳士が渋い顔をする。


「あの狼の男は、月喰いのハヴァロと呼ばれておる」

「ここらでは有名なハヴァロ盗賊団の長でな」

「悪いことは言わん。ケガをしたくなかったら諦めるんじゃ」


「ありがとう、おじいさん。でも大丈夫。絶対に取り返すから」


 キロシュタインはきっぱりと言い放った。


「キロちゃん、私部屋から道具取ってくるね!!」


「あ、私も行きます」


 ノアとツキナは、

 エレベーターへと駆けていった。


 キロシュタインは、

 一度、椅子に座り直し、

 そして、目を閉じる。


 脳内に――、

 テイルソニアの地図を思い浮かべていた。

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